私とアルフレッド卿
二人目は近衛隊の大隊長を務めておられるアルフレッド卿です。アルフレッド卿は実力的にも年齢的にも次の騎士団長に相応しいと言われていますが、王子の愛人の取り巻きになってしまったジェレマイア様の家がこの数代、騎士団長になっていますので、その地位に着くことはないとも噂されております。
アルフレッド卿はこの国の人間らしい外見をしています。隣国人であるホアン様よりがっしりとした体格に金褐色の髪。目は濃い緑色。肌の色もホアン様のように生来褐色ではなく、日に焼けて褐色になったもの。
「レディ・ライラ」
「私は既に公爵家を追われた身。そのようにお呼びにならないでください」
伯爵以上の家に生まれた女性は生まれながらに称号を持っています。しかし、公爵家を除籍された私にその称号はありません。
「いえ、レディ・ライラ。あなたはそう呼ぶに相応しい方です。あの者たちがなんと言おうと、あなたは立派は淑女。レディ・ライラとお呼びしないわけにはいきません」
「では、アルフレッド卿と私だけの時はそう呼んでくださってもかまいませんが、この部屋から出たら呼ぶのはやめてくださいませ」
同じ部屋にコンパニオンはいますが、コンパニオンは人数に入れません。彼女は私の使用人なのですから。
「ありがとうございます、レディ・ライラ。あなたをこのような目に遭わせた団長の長男が憎らしくて仕方ありません。あなたが侮辱を受けた時にあの小僧はあなたを地面に押し付けたそうではありませんか」
「・・・はい」
あの身に覚えのない批難を受けた際に私はジェレマイア様に押さえ付けられ、つかまれた跡は数日消えませんでした。
思い出しただけで今でもあの恐怖が蘇って来ます。
震える私を見て、アルフレッド卿は頭を下げます。
「申し訳ない。淑女であるあなたがあのような真似をされたことを思い出せば、どのように感じるかわかっていたというのに、誠に申し訳ない」
「いいえ。アルフレッド卿のせいではございません。悪いのはジェレマイア様です」
「犯罪の現場でもないのに罪もない淑女を取り押さえるなど騎士の名に相応しくない行為だ」
「アルフレッド卿にそう言っていただけで、私は嬉しく思います」
「しかし、レディ・ライラ。あの小僧は仕事も鍛練もサボって、今では団長の息子だから騎士でいられるだけの代物。己の犯した罪もわからぬ愚か者の性根を叩き直さなければ、この国は終わったも同然」
「そのような真似をなさったらアルフレッド卿のほうがお咎めを受けるのではありませんか?!」
鍛練もなさらず、仕事もサボってシルベン王子の愛人の取り巻きをしているような人物が騎士団長になったら、他の騎士たちのやる気だけでなく、いざという時にも指示すら出せないでしょう。ジェレマイア様を探して指示を仰いだ時には敵は目前、などという羽目にもなりかねません。
その性根を叩き直すとおっしゃっておられますが、アルフレッド卿はジェレマイア様を鍛練場で誤って命を奪う気です。叩き直せるようなら私が批難を受ける前に既に叩き直されているでしょうし、いくら次期騎士団長と目されておられる方でも、現騎士団長の怒りを買います。
貴族の令息を中心とした近衛隊の大隊長を任せられるのですから、ご実家は伯爵以上の家柄でしょうが、騎士団長様の怒りから身を守ることはできません。
「ご案じ召さるな。団長も腹に据えかねている様子。任地からの逃亡で罰せられるよりは騎士のまま死なせてやるのがお休みとして最後にしてやれることだとおっしゃられた」
騎士団長様は決断をなされた後のようでした。
「・・・」
私は被害者ですが、これから彼らが受ける処罰を聞かされたくありません。恐ろしさで頭がクラクラしてきます。
何故、アルフレッドのは私に聞かせに来るのでしょうか?
「大丈夫ですか、レディ・ライラ? ひどい顔色だ」
この顔色は連日あなた方が愚痴という名で嬉々として語る恐ろしい計画のせいです。今、なったわけではありません。
「バーミリオン隊長、ライラ様の体調がすぐれませんのでこのへんで」
コンパニオンは席から立ち上がると、アルフレッド卿を入り口へと追い立てます
「ああ。申し訳ない、レディ・ライラ。また来ます」
「・・・」
もう来ないでください。
言葉を出すのも億劫です。
コンパニオンはアルフレッド卿を追いやると私の傍に来ます。
「ライラ様。お立ちになれますか?」
「ええ」
私はなんとか返事をして、椅子から立ち上がりました。コンパニオンが私の肩を支えて、隣りの部屋のベッドまで連れて行ってくれます。
その日の食事はベッドでとりました。