未知未踏
どうも、私は耳かきが下手らしい。
この間、耳かきをしたら、奥の方に転がり落ちて、三日ぐらいカサカサ言うのだった。
寝返りしたら、その音でふと目が覚めたぐらいなので、相当であろう。
さて…どうしよう。
そう思ったが、どうすればいいのかわからず、しかし、コンビニに立ち寄ったその帰り道。
『耳かき』
そう大きく書いてる看板、ヘアーサロンの看板であった。そして、簡単に説明文があり。
『当店では、耳の奥までしっかりと耳かきが出来るように、機械と技術を導入しております』
今…財布の中に、いくらあったっけ?五千円はあったよな。
そして、なかなか知らない店に行こうともしない俺は、勇気というものを使ってみることにした。
大丈夫、怖くない!
「いらっしゃいませ」
明るい挨拶
「す、すいません、あの~」
挙動不審な俺。
「これを!」
店内にあった表示を指差した。
「はい、耳かきですね」
冷静に見ると、カット(シャンプー・耳かき付)とあったんで。
「すいません、耳かきついてるなら、か、カットをお願いします」
「わかりました」
知らない人と話すのは、正直疲れる、…死にたくなる。
「髪はどこまで切ります?」
「お、お任せします」
「わかりました、学生さん?」
「は、はい」
「今は休み何だもんね」
ぷしゅ!
髪を濡らされる。
「お客さん、髪質いいね」
「そうですか?」
「パサパサしてないもん、ちゃんと食事取ってるね、エラいよ」
人見知りなので、外食はほとんどしない。野菜も混まないスーパーとかで買ってる。
「学生さんだと、食事粗末にしちゃうから、質よりも量だったりするじゃない?だから、一年ぐらいで、髪が悪くなってくるし、ほら、安いところ行くでしょう?だから、こういう話もしないしね」
丁寧に、ブラシをかけてくれて、髪も、顔の形に合うように切ってくれる。鏡を見て、こういうヘアースタイルになったことがないから、驚いてるが、悪くない、むしろいい。
「サイドのボリュームは、ない方が頭の形がすっきりするんだよ」
あれ、この人、物凄く上手いのか? 「ではこちらにどうぞ」
シャンプー台に移動。
「イス倒します」
ガタン
そして、顔の上に布が乗せられて、頭の上辺りから、シャワーからお湯が出てる音がした。
「お湯熱くないですか?」
「ないです」
チュゥゥ
髪の上に、まんべんなくシャンプーがかけられて、理容師さんの長い指が髪の中に入ってくる。
ゴシゴシ
髪を洗ってくれるというより、頭皮を洗ってくれてるのかなというタッチ、もう少し強くゴシゴシしてもいいのかなと思ったが、何往復かしてるうちに、あれ?これは気持ちよくないか?と気がつき始める。
力は本当に弱い、物足りないぐらいしかしそれが程よく気持ちいいのだ。
「頭皮が凝ってるみたいなので、ちょっとほぐします、お痒いところありましたら、おっしゃってください」
理容師さんは、頭皮の凝ってるところ、はってるところを、これでもかと言わんばかりにマッサージしながら、洗ってくれた。
「それで流します」
もうされるがままである。
「イス戻します」
といった際に。
「これはシャンプーではなく、ヘッドスパというものではないですかね?」
もちろん、やってもらったことはないので、推測である。この世には、ヘッドスパという名の天国があり、その天国は金がある物にしか、行けないという。
「天国は割と身近にあるものです」
「なんということだ!!」
とりあえず叫んでから。
「…すいません」
「いえいえ、初めて勤めた先が激戦区だったものですからね、その癖が今も抜けないんですよ、お客さんの髪を切る、シャンプーする、耳かきをするも、みんな試験がありました」
「大変ですね、それ」
「最初はね、いやでしたけど、今はいい思い出になってますね、自分でもよくやめなかったなと」
笑いながら、切り落とされた髪を掃除し、本日のメインディッシュ耳かきの準備をする。
ガチャン
機械が出てきた。
「内視鏡?」
医療機器のような形をしたそれの、率直な感想。
「ダ・ヴィンチとまではいきませんがね」
「ダ・ヴィンチって、眼の手術とかに使うあれですか?」
三億ぐらいします。
「これで耳の中を覗きながら、作業します」
理容師はキラリと目を輝かせた。
スコープを覗きながら、金属製の細い耳かきは、俺の耳を外側から綺麗にしていく。
ペリ
勘ではなく、目測なので丁寧な作業が可能である。
コリコリ
耳かきされて、初めて鳥肌というものがでた。そして、腰が浮くような感覚があった。
「大体この辺が耳のツボなんですよ、気持ちいいでしょう」
気持ちいいなんてものではない、それ越えてるので、鳥肌である。
「この辺までは耳かき出来てますけど、奥の方は溜まってますね、これですよ、痒いの、ここが痒いから、耳かきをしたくなってしまう、一回で取れるかな」
ズルズルぅ!
引き抜かれた音がした。
「とれましたね」
そういってディッシュに乗せたのを見せてくれたが、濃い肌色のかさぶたのように堅くなっていた、ちょっと長めの耳かき。
「これだとね、普通の耳かきだと、触れるけど、取れないかな、ピンセットとかで挟めばいいのかもしれないけど、耳の穴がまっすぐじゃないから、取りにくいかな」
「えっ、じゃあ、今、どうやって取ったんですか?」
「細い耳かきが二本耳の中に入っていって、挟んで引き抜いたの」
湾曲してる耳の中で、プロの技が冴えた。
「奥の方には落ちてはないけど、これがしばらくすると、耳鼻科のお世話だったかもね、詰まると聞こえなくなるし」
そういって、残ったのも、取れるところまでぎりぎり取ってくれた。
「じゃあ、次は今の耳に、床屋の技で耳かきだね」
「えっ、今ので終わりでなくて」
「いやいや、うちはそこまでやるよ!」
やだ、この人男前!
耳の中がどういう状態になってるのか、初めての耳には、最新の注意を払って、あのカメラらしい。
カメラの時よりも、耳かきが耳の中に強く触ってる感じがする、それはさっきまでの金属製のものから、竹製に変わったせいかもしれない。
ガザ
こびりついた耳垢は、許さないとまでにすくいあげられる。
まずは下から、日頃たまった垢を片付けることから初め、その後、側面をカリカリと、落としていき。頂を丁寧円をかくように、耳かきを動かされる。
耳かきを耳から取り出したときに、その獲物の状態を見ながら、思わずニヤリとした笑みを浮かべる、そう、これは間違ってないのだ。
かつて、このやり方を考えたとき。
「そういうのは、自分が店を持ったときにしろよ」
といった先輩の言葉を思い出す、あの先輩は理容師は儲からないから、今は別の仕事をしてるという。
(確かにて…儲からないといってましたけどね)
お客様を虜にする技は、最初タオルの使い方で気がついた。シャンプー後に、タオルを肩に掛けるそのタイミング、そこでお客様の心を鷲掴みしてることに気がついた。いったん気がつけば、努力の方向性は決まった。
面白いように、理容メニューの練習に熱が入り、研究していった。
耳かきもだ、耳かき専門店が有名になると、色んなお店が技術を導入しないかと、宣伝をだしてきた。
今までの経験+新しい技術が、自分の新しい武器としての耳かきに成長させることができたのだ。
耳かきを他の人にされたことない人に、耳かきの素晴らしさを味わってもらう。
未知の耳かき、未踏の耳かき、そこでリラックスしてもらったら、もはや夢心地である。
「耳かき、終わりましたよ」
「えっ?今寝てた?」
人見知りという性質を、耳かきという技で越えられてしまいました。
「気持ちよかったですか?」
「普段は緊張して、寝るタイプじゃないんだけどね」
「やはりそういってくれると、嬉しいですかね」
なんかもう、今日は帰って寝る、他のこと考えれなくなった。
その日はすぐに寝た、多分寝返りうって、カサカサ音がしても起きないぐらい深い眠りだったんだと思うが、耳かきってすごいもんだな、いや、あの熱血の理容師さんがすごいんだろう。
またきちんと耳垢を溜め込んで、あの店に行きたいと思います。
三日後
「溜めようと思ったのに」
結局、我慢できずに耳かきしちゃったよ…