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第1章 主人と従者 2

「あ、あの……これを着なくちゃいけないんですか?」

「そうじゃ。何か不満かえ?」

「不満というか……これって女性物だと思うんですけど……」

「なんじゃおんし。心が狭いの。そんなことは気にすることないぞ。よく似合っておる」

 埃をかぶったクローゼットから一着の服を取り出したリーザは、それを楽しそうにルディに手渡した。これから彼がする格好のことを想像するだけで、自然に笑いがこみ上げてくる。ルディにもそれがわかっていたが、反論できるはずもなく言われるがままこれを着るしかなかった。

「さぁ、さっさと着替えるのじゃ」

「え、え、えっ……?」

「なんじゃ?」

「あ、あの着替えるから……出てってほしいんですけど……」

 もじもじしながら恥ずかしそうに喋るルディに、リーザは大きくため息をついた。

「おんし、それでも男か?そんな細かいことどうでもいいではないか」

「で、でも……」

「わかったわかった。それでは、わらわはしばらくこの部屋を出ているから、その間に着替えるがよい。間違っても逃げ出そうなんて考えは起さない方がよいぞ。おんしに逃げ場はないのじゃから」

 しっかり釘を刺すことを忘れずに、リーザはドレス部屋を後にした。

(ふん。人間風情がよい格好をしようと思うこと自体間違っておるのじゃ。さてさて、わらわの想像通りなら……)

 リーザは燦燦と光が差し込んでくる窓を開け放つと、ビュウ~っと、とても心地よい風が吹きこんできた。

 昨日の天気とは打って変わって、一面に青空が広がっている。陽気もポカポカしていて、こんな日は屋根の上で昼寝をすると気持ちがいい。

(今日はいい天気じゃな……久しぶりに遠出でもしてみるかの)

 遠くの方から鶯の鳴き声が聞こえてくる。ここ数日館にこもりっぱなしもあったせいか、リーザは無性に遠出がしたくなってきた。最近は退屈続きだったので、新鮮な刺激を求めてこの大空を飛びまわるのもいいかもしれない。しかし同時に、手に入れたばかりの玩具があることを思い出す。

(あやつに留守番を任せて大丈夫か?ううむ……せっかくの天気じゃというのになんてもったいない……)

 リーザは自分が出てきたドレス部屋のドアに目をやった。あれからもう、幾許かの時間が経つ。

(そろそろ着替え終わった頃じゃな……)

 リーザはきびすを返すと、ドレス部屋のドアのノブに手をかけた。

「入るぞ」

 ガチャリ、と音を立ててゆっくりとドアが開いていく。

「おおっ……」

 リーザは飛びこんできた光景を目の当たりにし、思わず感嘆のため息をつかずにはいられなかった。

 クローゼットの前に、一人の少女が恥ずかしそうに立っていた。背はリーザと同じ位で、黒いショートの髪を綺麗にまとめ、黒を基調としたメイド服を見事に着こなしている。場所が場所であったら世の男性が放っておかないであろう。

「うむうむ、わらわが思ったとおりじゃ。なかなか似合っておるぞ」

「とほほ……こんな衣装似合いたくない……」

 リーザの言葉に少女はとても暗い気分に陥る。

 実はこの少女、先ほどリーザからメイド服を手渡されて強制的に着替えをさせられたルディであった。

「そんなに落ち込むでない。おんしは顔形も声色も、女子にようにとる。とてもかわいいぞ。ま、わらわには負けるがな」

 リーザは得意そうにフフン、と胸を張る。それはルディにとって見れば屈辱以外何物でもなかった。

(くそっ!!……絶対にここから生きて脱出してやる!!)

 ルディは心にそう固く誓うのであった。

「さ、着替え終わったら、次は館の中を案内するぞ。ついて参れ」

 リーザは楽しそうに新しく手に入れた従者を従え、館の案内を始めた。

「ここが調理場じゃ。おんしは今日からここでわらわのために料理を作るのじゃ」

「はいはい。それで、材料とかは?」

「そんなもんはない」

「えっ!?」

「材料はおんしが取ってくるのじゃ。別にそんなに驚くこともなかろうに」

「えええっ!?」

「安心せい。この辺は豊富な資源に恵まれておる。近くの森に入れば木の実や野生の獣がおるし、川に行けば魚も釣れる。まぁ、嫌だというなら……」

「せ、せいいっぱい頑張らせていただきます!!」

「うむ。なかなかよい返事じゃ。では次の部屋に参るぞ」

「は、はい」

「次は……ここじゃ」

「ここは?」

「見てわからぬか?倉庫じゃ」

「倉庫、ですか……?」

「そうじゃ。ここに掃除道具一式が置いてある。おんし、しっかりとこの館を掃除するのじゃ」

「こ、この広い館を、たった一人で……?」

「なんじゃ?不満があるようじゃの?」

「そ、そんなことありません!!力のある限り頑張らせていただきます!!」

「うむ、よろしい」

「とほほ……」

「そしてここが、おんしの部屋じゃ」

「うわっ!!埃っぽい!!」

「当然じゃ。今まで誰も使ってなかったんじゃからな」

「はぁ……素敵な部屋を割り当ててくださり、ありがとうございます……」

「なんじゃ、元気がないな。次の部屋に参るぞ」

「わ、ま、まって!!」

 淡々と説明しながら足早に進むリーザに、ルディは必死になって各部屋を覚えながらついていく。

 そしていろいろと館の中を歩き回っているうちに、日は暮れていった。

「なんじゃ。もうこんな時間か?」

「そ、そうですね……」

 リーザの言葉に、非常にやつれた表情のルディは相槌を打つのがやっとだった。

「おんし、大分疲れてるようじゃが大丈夫かえ?」

「た、多分……」

 空腹と疲労がピークに達し強烈な睡魔が襲ってきているルディは、なんとか気力だけで踏みとどまっていた。それはリーザも感じとっていた。

(こやつ……なかなか根性があるではないか。気に入ったぞ)

 リーザはフフッと笑うと、急に大きな欠伸を始めた。

「ふわぁ~……なんだかわらわは急に眠くなってきたぞ。ルディよ、わらわはもう眠るから夕食はいらん。明日の朝食から用意せえ」

「え?え?」

「おんし、耳が悪いのか?」

「あ、あの、わ、わかりました!!」

「うむ、よろしく頼むぞ」

「は、はい!!」

 リーザの後姿をルディは安堵のため息をつきながら見守る。

 狩る者と狩られる者、主人と従者――吸血鬼の少女と人間の少年の奇妙な同居生活は、こうして始まった。

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