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第1章 主人と従者 1

 巨大なテーブルを前に少年は座っていた。とても大きな部屋で、彼以外は誰もいない。テーブルは白いテーブルクロスがかけられており、その上にはバラの花を飾った花瓶などがおかれており、色鮮やかに装飾が施されている。

 少年はおもむろにテ-ブルの上に置かれていたベルを手に取ると、それをゆっくりと鳴らした。

 何処からともなく、黒いモーニングを着た執事風の老人が現れる。その服装には一点の乱れもない。

 老人が一礼して手をパンパンと叩くと、次々と料理が運び込まれてきた。

 少年の目の前に並べられていく料理はどれも豪華なもので、彼が一生かかっても口にすることのないと思われる代物ばかりだ。

 見た目も鮮やかで、素晴らしい芳香が鼻孔をくすぐり、食欲をそそる。

 とてもお腹が空いていた少年は、ナイフとフォークを手にとって、それらの料理をじっくり味わおうとした。

 が、途端に金縛りにあったように少年の体は動かなくなってしまった。さらに、目の前に並べていた料理の数々が次々と姿を消していく。

「ま、まってくれ!!ボクの料理!!せ、せめて一口だけ!!」

 少年は言葉にならない言葉を絶叫した。


 目を覚ました少年は、自分が汗だくになっていることに気がついた。

(なんだ……夢だったのか。でも惜しい夢だったな……もうちょっと食べられたのに……)

 少年はため息をつきながら置きあがろうとした。しかし――

(あ、あれ……?)

 少年がいくら体を起こそうとしても、体が動かない。必死になって置きあがろうとしたが、彼の意に反してピクリとも動かなかった。

(ボクはまだ夢を見ているのか?でも、夢にしては感覚がはっきりしすぎている……)

 少年は必死になって冷静さを保とうとした。このような状況の時、一番の大敵は混乱状態に陥ることである。

(落ち着け、落ち着け……)

 少年は深呼吸を何度も何度も繰り返しながら、昨日の自分の行動を振り返ろうとした。と、何処からともなく肉を焼いたようなとてもいい香りが漂ってきた。

(そういえばお腹空いたなぁ……)

 ここ数日水以外口にしていなかった少年は、途端に空腹を覚えて香りのする方に顔を向けてみた。すると、肌の色白い、黒い正装着に身を包んだ少女が、肉汁の滴り落ちるステーキを食している真っ最中だった。

「あ、あああ……」

「ん?おんし、目覚めたのか?」

 少年が目覚めたことに気がついた少女は、いったん手を休めて少年を見つめた。

「あ、あの……ここは……?どうしてボクはここに……?」

「ここはわらわの館じゃ。おんしは昨夜、わらわの館の前に倒れておったのじゃ。感謝するがよいぞ。わらわがわざわざ、ここまで運んだのじゃからな」

「そ、そうですか。それはどうもありがとうございます」

「なに、気にすることはないぞ。ルディとやら、おんしは今日からわらわの従者となって働いてもらうのじゃからな」

「えっ!?ど、どうしてボクの名前を!?」

「なんじゃ?昨夜のことは覚えとらんのかえ?わらわはあんな情熱的な体験は初めてじゃったぞ」

「えっ!?情熱的な夜!?」

 頬を赤らめてうつむく仕草を見せる少女を見て、ルディは途端に混乱状態に陥ってしまった。

(ボ、ボク……ひょっとして、とんでもないことしてしまったんじゃ……)

 ルディはうーんうーんと唸りながら、昨夜のことを必死に思い出そうとした。しかし、昨日必死の思いでこの館にたどり着いたところまでは覚えているのだが、その先の記憶はまったくなかった。

(だ、ダメだ……思い出せない……)

 ルディはすっかり困り果ててしまった。しかしそんな彼の様子を見て、少女はたまらず笑い出した。

「えっ!?あ、あの……」

「あはははははは!冗談じゃ冗談。おんし、なかなかからかいがいがあるのぅ」

 お腹を抱えながら笑い転げる少女を見て、ルディは途端に不快になった。

「変な冗談はやめて下さい!!本当にそんなことがあったと思っちゃったじゃないですか」

「いやぁ、すまぬすまぬ。最近は刺激がなくって退屈しておったもんでな」

「それで、私の身体も動かないようにしちゃったんですか?」

「身体?……ああ、太巻きにしてベッドにくくりつけたことかえ??それは、おんしが逃げないようにするためじゃ」

「逃げないようにするためって……?」

「おんしがわらわの従者になるのが嫌だと申すのなら、わらわのご馳走になるのじゃ」

 そう言って、少女は鋭い牙をちらつかせる。これを見たルディはムスッとした不快な表情から一転、サーッと血の気が引いた蒼ざめた顔色になった。

(ど、ど、ど、どうしよう!!やっぱりとんでもないところに迷い込んじゃったよ……)

 ルディは自分が知らず知らずのうちにヴァンパイアの館に迷い込んでしまったことを、心の奥底から後悔した。そして恐る恐る尋ねてみた。

「あ、あの……従者になれば、命だけは助けてもらえるんですか?」

「なにを言っておる。わらわを満足させることができなければ、当然食卓に上ってもらうことになるまでじゃ」

「ひ、ひええええええええええ!!」

 予想通りの答えが返ってきて、ルディは最早生きた心地がしなかった。少女の冷たい微笑がそれに追い討ちをかける。

「それとも、今すぐこの世から存在を消したいと言うのなら、話は別じゃが……どうするつもりじゃ?」

「わわわわわ、わかりました!!従者をやらさせて頂きます!!」

「なんじゃ?あまり嬉しそうではないようじゃが……」

「い、いえ!!そんなことはありません!!とっても嬉しいです!!」

「そうかそうか。ならば、わらわのために存分に働くがよいぞ」

 ニッコリと微笑む少女を見て、ルディはガックリと肩を落とした。

 ノーとは言えなかった。とてもではないが状況がそれを許さなかった。おそらくルディが少女の申し出を断っていれば、今ごろ彼自身が彼女の朝食となっていたであろう。それよりも申し出を受けておき、機会をうかがって脱出した方が生存できる確率は高くなる。

(ボクは運がいいんだか悪いんだか……)

 ルディは自分をこの館に導いた運命、神を呪った。しかし、そんな彼の考えなどさにあらずといった感じで、少女はニコニコしながら続けた。

「そうそう、わらわの自己紹介がまだじゃったな。わらわの名はリーザ。誇り高きヴァンパイア族の末裔じゃ。わらわのことは『リーザ様』と呼ぶがよいぞ」

「わ、わかりました。リ、リーザ様」

「うむ。苦しゅうない」

「あ、あのリーザ様……」

「なんじゃ?」

「ボ、ボクの、朝食は……」

「おんしの朝食?そんなものはない」

「えっ!?」

「これは、わらわの朝食じゃ」

 リーザは満足そうに頷くと、ルディのお腹の音をBGMに再びステーキを自分の口の中へと運んでいった。

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