初めての朝
外では少し雨が降っていた。気温も多少は上がったらしくそこまで暑いとは言えない。ただジメジメとした重い空気がとても鬱陶しい。
ユイが誘拐されて初めての朝。
朝7時に俺はリビングに行ったのだが既に父と母は起きていた。
母が朝食の用意来てくれたので席に着く。 隣の空の席を見て、夢では無かったのだと改めて思い知らされる。
警察から電話がかかってきたのは朝の8時だった。
ユイを除いた家族全員が電話の前に集まりハンズフリーのボタンを父が押した。
『はい、もしもし』
『お早うございます。桜井様のお宅でしょうか?こちら昨日のユイ様の件でお電話させていただきました平田と申します。』
話は父に任せることにした。
『はい、桜井です。ユイの件で何かありましたか?』
『はい、今から言う番号に電話をかけていただいて、担当の者が出ますのでそちらで事情をお聞きになってください』
普通なら向こうからかけてくるはずなのに。
なぜ、番号を伝えられたのか不思議だったが今は従うしかない。
父親は変わらず真剣な顔で電話をかける。
『はい、こちら長野県保護管理施設の渡辺です』
女性の声だった。
とても人当たりのいい感じの声。
『もしもし、私桜井と申します。ユイの件でお話を伺えるとお聞きしましてお電話を…』
『桜井様ですね、ただいま所長の藤本と変わりますので少々お待ちください』
そう言ってバイオリンの曲に変わる。少し経ってからガチャと音がして男性の声が聞こえた。
『もしもし、お電話変わりました所長の藤本です。ユイさんのお父様でよろしいでしょうか』
声に重さや、深みなどが感じられる。
はい、と答える父。
『お父様、ご家族を連れて長野県の___________まできてください。』
『えっと、それはどういう…』
少し間があって所長の藤本がいった。
『説明する必要がありますか桜井さん』
冷静な声だった言う藤本。その裏に皮肉が込められていることには気付かなかった。
一瞬ビクッとはしたがすぐに真剣な表情に戻る父。
俺と母は何が起こったかはわからない。
『昼の15時。15時までに来てください。では』
そう言って電話は切られた。
感情がこもっていない冷たい言葉だった。