誘拐
親は家にいない、どうしようか。
両親は小さい頃から俺とユイに言い聞かせていた。「知らない人が来た時は絶対にドア開けちゃダメよ?」と。
ピンポーン
申し訳ないが居留守にしようと、外に聞こえないような小さい声でユイを呼んだ。
『ユイ、上がってこい…』
………
反応がない。
まさか玄関で寝てるなんて事はないだろう。この感じは1人で留守番をしている時の静けさに似ている。
静かに階段を降りていく。
『ユイ?どうした?』
………
やはり反応はなかった。心地いい風が肌を掠めていくのを感じ、玄関の扉が開いているのに気付いた。
『ふぅ…』
胸の中にあった石がストンと抜けるような安堵感を感じた。
これはユイがよくやるイタズラだ。俺を急がせるために外に出て家のチャイムを鳴らすのだ。実は先週も買い物に行くのが遅いと言って、同じことをやられた。
『おーいユイ。またお前イタズラを』
ふと、目の前の光景が少しおかしい事に気付いた。なぜならば、ユイのお気に入りだったサンダルが靴底を上に向けて乱雑に脱ぎ散らかされているからだ。
ユイは絶対にこういう事はしないはずだ。このサンダルは先週ユイに俺がプレゼントしたもので、宝物のように扱っていたからこんなことをするはずがない。
背筋に氷を乗せられたような寒気が走る。ユイは裸足で外に出るような女の子ではない。
不思議に思いながらも急いで外に出る。眩しい太陽の光に目を細めながら徐々に見えてきた光景は想像を超えるものだった。
『んーーっ!ん!んーーーーー!』
『うっせぇぞ!静かにしろ!』
バチンと、乾いた音が鳴り響く。
家の前には黒のリムジンが止まっていた。そしてその横には…
『よし、いい子だ、ぜってぇ暴れんじゃねぇぞ』
190センチ近いだろうか。ユイを脇に抱えたスーツ姿の大男3人が立っていた。ユイを誘拐しようとしている!
頭の中が真っ白になって思うように言葉が出ない。それでも俺は自分を奮い立たせ叫ぶ。
『お、おい!何やってんだお前ら!ユイから手を離せ!』
俺1人じゃ無理だと確信した俺は近所の人に助けを求める意味も込めつつ大きな声で叫んだ。
『ちっ!ガキに気づかれた、行くぞお前ら!』
そう言って、ユイを脇に抱えたままリムジンに乗り込む。手際よくエンジンをかけている。
俺が走り出した時にはもう遅かった。黒のリムジンは俺を嘲笑うかのようなスピードで引き離していく。
(せ、せめてナンバーだけでも!)
そう思った俺は目をこらし後ろについているナンバーを見た。
【2442】