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再会

 施設内は異常な静けさに包まれていた。聞こえてくるのは滴る水の音。入り込んでくる隙間風の音。その音たちが壁に反響し虚しさを倍増させる。相変わらず重々しい雰囲気を醸し出しているこの施設。壁や床は石でできたタイル。歩くたびにコツコツと音がする。ヒンヤリとした、むしろ寒い程の冷気も漂っている。本当に8月なのだろうか。

 正面玄関からドコドコと入り込んだというのになんという事だ。前回来た時のような見回りの警官が全くいない。それどころかネズミ一匹いないのではないか。ここまで静かだと逆に怖い。もしかしたら渡辺は、この施設に誰もいない時間帯を狙って俺に侵入させてくれたのだろうか。

 特に問題は起こらず館長室の前までたどり着く事ができた。慎重に扉に近付き耳を当てる。部屋の中からは物音一つ聞こえてこない。中には誰もいないだろう。聞こえてくるのは自分の心臓の鼓動だけだった。

 俺はポケットから封筒を取り出した。中に入っているのはセキュリティカードと指紋フィルム、手紙だ。パスワードは手紙に書いてあるので、もしこれが本物ならこの先にある鉄格子を突破する事ができる。

 第二関門の鉄格子へとたどり着いた。ここを突破すればユイに一気に近くなる。藤本がここを解錠していた時の様子を思い出す。確かセキュリティカード→指紋認証→パスワードの順番だったか。俺はセンサーにカードを当てる。ピピと音がして第一認証をクリアする。次は指紋だ。封筒から指紋のフィルムを取り出した。裏表をしっかり見て人差し指に装着の後センサーにあてる。ピピと音がして第二認証をクリア。ラストはパスワード。手紙の最後に書いてあった数字は


 _______________________________________

 パスワードは以下の通りです。


【0915】【0204】

 _______________________________________


【0204】はユイのS_028の部屋のパスワードである。従ってここのパスワードは【0915】。9月15日に何かあったのだろうか。藤本の誕生日か何かだろうが、4桁のパスワードは少し手薄な気がする、と思った。ここを突破すればユイに…。俺はパスワードを入力した。無事ロックが解除された。このパスワードは本物のようだ。

 無意識に手に力がこもる。鉄格子に手を掛け開ける。順調だ。当初は警備の合間を掻い潜ってユイを助けに行く予定だったが現状がこれである。警備がザルすぎて漏れ漏れである。

 少し歩くとエレベーターが見えてきた。ここからは一方通行。逃げる事はできない。進むのみ、後退は負けを意味する。

 ボタンを押すとやはりすぐ開いた。真っ白なペンキで塗られたエレベーターの中は清潔さやを感じさせるとともに、幻想的な世界へ連れて行かれるような気もする。真っ白な手術室の中のような、普段は絶対に触れない異世界への通路。前来た時はここまで白かっただろうか。天井から光るライトも真っ白な光を発っしていた。

 ボタンは全部で2つしかない。《1、B1》の2つ。その上にいくらか空きがあるが、なんだろう。もう2つほどボタンが入るような変なスペースが空いている。俺は迷わずB1のボタンを押す。そしてエレベーターは俺を異世界へと移動させる。

 扉の外はエレベーターの中と違って真っ暗。白のライトに慣れすぎた。俺は30秒ほど目を閉じる。こうすることによって急激な明暗の変化にも少なからず対応できるのだという。目を開けると今までほとんど見えていなかった道が薄っすらと見えてきた。所々にある白熱電球は最低限の光しか放っていない。それはまるで夜の山に光る《ヤコウタケ》。愛着や温もりを感じ始めてしまう。地下の様子は言うならば洞窟。ズバリ炭鉱を少し整地したような、そんな感じだ。1階よりもずっと寒い。ユイがこんなところに監禁されているのかと思うとやりきれない気持ちでいっぱいだ。今すぐ助けてやるから待っていてくれユイ…。

 ユイの部屋は少し進んだS_028だ。パスワードは【0204】。ここでは指紋認証やセキュリティカードのタッチは不要だ。

 俺はS_028を前に深呼吸をした。俺はどんな顔で会えばいいのだろうか。誤解を招くような素振りを見せてここを出て行ってしまったことに後悔をする。ユイは受け入れてくれるだろうか。許してくれるだろうか。また俺を兄として接してくれるだろうか。俺は扉についた0〜9の10個の数字に向かってパスワードを入力した。ガチャとロックが解除される。俺は扉を開き中に入った。扉の音と重なったのだろう、同時に少し離れたところで扉が開いたことなどは気付きもしなかった。




『ユイ…、起きてくれ…』


 目の前で気を失っている俺のただ1人の妹に呼びかける。

 酷い傷だ。至る所に鞭の跡がくっきり残っている。それだけではない。確認しただけで7つの痣があった。しかし首から上には目立った外傷は無かった。歯が一つ抜けていたが乳歯だったので心配はないだろう。

 腕や足の拘束は本人には外せない構造だった。鍵は必要なく、少し力がいるが簡単に外れる。解錠には2本の腕がいる。拘束されているユイには解けなかっただろう。


『……ん、おにいちゃん?』


 弱々しい声だがユイは俺のことを兄と呼んでくれた。何もできなかった俺を許してくれとは言わない。でも兄としてはいたかった。


『もう大丈夫だ…。ここから…逃げようユイ…』


 ユイが近くにいる。ユイをまた抱きしめることのできる。またユイを…呼ぶことができる…。こんな幸せなことはない。俺はユイがどれだけ大切な存在かを改めて知った。絶対に守ってやりたい…こいつだけは。

 ユイは足首が痛いようだ。俺はユイを背負い立ち上がり通路を通りガラスの壁の向こうへ行った。その際にユイが泣き出してしまったので、一回背中から降ろして慰める。ユイは今まで溜めていたものを全て吐き出すように泣き出した。俺の胸の中でワンワンと泣くユイを見て俺も一緒に泣いてしまった。


『ダメだな…俺…泣かないって決めてたのにな…。怖かったよな、辛かったよな、痛かったよな…。うっ、ごめん…ごめんな、ユイ……。もっと早く…助けたかった…』


 情けないな、妹を慰めてたはずなのに…お兄ちゃん失格だよな…。


『ぅぅ…こわかったよ…』


 嗚咽が混ざった鳴き声が響く。俺はしっかりユイを抱きしめもう絶対に離さないと誓った。この温もり、安心感。絶対に手放したくない。ずっと一緒にいたい。ずっと守っていきたい。笑っていきたい。一緒に泣いたり悲しんだり怒ったりしていきたい。これからも愛で守っていきたい。

 俺はユイのためならどこまでだって強くなれる気がした。どんな試練だって乗り越えてやる。どんな苦痛だって乗り越えてみせる。だから絶対に幸せになってほしい。


『おにいちゃん…ありがとう…』


 少し落ち着いたユイが言った。俺は「遅れてごめん」と頭を撫でてやった。ユイは嬉しそうに泣きながら笑った。ユイも落ち着いてきた。そろそろここを脱出するかとユイを背負い立ち上がった。


 しかしその幸せな時間を壊す声が響き渡る。


『感動の再会ってやつだな、ハルトくん…』


 俺はその声を聞いた途端体が動かなくなってしまった。一番聞きたく無かった。せめてここの施設から出るまでは…。

 目の前からの唯一の出口から入ってくる男。そう、藤本だ。ポケットに手を突っ込み余裕の登場である。

 一体どこから来た。後を付けられていたのか?もしくはたまたまか。不注意だった数分前の俺を疑った。


『ひ、久し振りだな藤本…。俺とお前の感動の再会ってことか?生憎だがお前に感動するやつなんて世界中探しても1人といないんじゃないかな…』


 俺は精一杯強がった。背中にいるユイを不安にさせたく無かった。でも状況は最悪だ。出口は藤本が塞いでいる。強行突破は危険だ。俺1人なら行けたかもしれないが、なんせユイに何かあったらと考えると今は指一本動かせなかった。


『心外だなハルトくん…。感動してくれる娘ならそこにいるよ…』


 顎でユイを指す。


『何言ってんだお前?ユイがそんなこと思うわけ…』


 しかしユイは驚くことを口にした。


『か、感動しました…。ご、ごしゅ…』


『ユイっ!!』


「ひっ」と頭を抱えるユイ。一体藤本にどんな事をされていたんだ。ユイがここまで変わるとは相当な精神的苦痛だったはずだ。想像を絶するに違いない。許せない。


『ふーはっはっ。やっぱり調教した甲斐があったね。ユイちゃん、今なら許してやろう。お兄ちゃんを捨ててこちらへ来るんだ…』


 ユイはすごく怯えている。背中に伝わる振動がわかる。だが俺は決してユイの足を離さない。


『ユイ…大丈夫だから。俺が絶対に守るから…』


 震えが落ち着いてきたところで俺はユイを背中から降ろす。


『残念だけど藤本。お前に俺の妹をやるわけにはいかないんだ。もし、そこをどいてくれないなら、考えがないわけでもない、さっさとどけ!』


 しかし藤本は一歩も動かない。微かに笑みを浮かべている。

 本音を言うとここまで想定していなかった。武器となるものは何一つ持ってない。さっきの脅しで藤本が退いてくれるとも思ってはいなかった。最期の足掻きかもしれない。


『ユイ、少しの間待っててな…』


 ユイの頭をポンポンと軽く叩き俺は藤本に向き直った。


『俺はな、藤本…お前みたいなやつに幸せを壊されたくない。もしそれが国の命令だとしても俺はお前も国もどっちも許さない』


 藤本は指の関節をポキポキと鳴らし余裕たっぷりに聞いている。いつでも用意は出来ているといった感じだ。その根性がムカつくんだ。



 そして俺は声を大にして言った。



『こっから先は俺達の人生だ!誰にも邪魔はさせない!』



 叫んだ直後俺は藤本に向かって地面を蹴った。

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