割かれる絆
家に戻った俺達はまず家の中が嵐にでもあったかのようにメチャクチャにされている光景を目にした。しかし今頃そんなことで驚くわけない。これは国の嫌がらせだ。少なからず予想はしていた。
玄関で立ち止まった3人は呆然と立ち尽くす。カッターのような刃物で切り刻まれている小さいサンダルはできるだけ目に入らないようにする。
怒りはもう飽きた。もう一生分の涙だって流したような気もする。
『ごめん…』
しかし、父が発した一言で俺の怒りパラメータが再び振り切った。
気づいた時には俺は父親を床に叩きつけるように押し倒していた。胸ぐらをつかむというよりも拳で少しでも痛みを与えるように。母が止めに入るが突き飛ばし邪魔だと一声する。
元はと言えばこいつのせいだ。こいつさえいなければユイがあんな目に会うこともなかったのに。ふざけるな。ユイがどんな目にあっているかこいつは直接見ていない。さらに怒りがこみ上げてくる。
大人とは言え高校生にもなる男を簡単に振り解けるわけがない。父は抵抗をやめただただ受け止める。俺が何発も馬乗りになって殴ってはいるが罪を償うように一切の抵抗はしなかった。
もっとも静まり返る深夜。引き裂かれたベットでは寝る気にはなれず倒された家具などを少しでもはじに寄せ自分の部屋で寝ていた。怒りや悲しみなどで疲れた体は体を横にした途端一気に睡魔によって支配された。親はやはり自分達の寝室で寝るらしい。あの件以来顔を合わせて話していない。
夢の中では同じことが永遠に繰り返されてた。ユイと楽しく遊ぶ夢。遊んでいるとユイが崖に落ちたり、車に轢かれたり、後ろから包丁で刺されたり。そして必ず現れる藤本。その度に目をさます。10回ほど同じ夢を見た時不意に眠れなくなった。夢を見るのに恐怖を抱いているのだろうか。いくら目を閉じても眠れない。
外は未だに漆黒の闇で包まれている。起きているとユイのことを思い出してしまうためつらい。真夜中の街にカラスの鳴き声が響く。まるでこれから起こる不吉なことを予感しているように。
気が付いたら空は明るかった。いつの間にか寝てしまっていたようだ。リビングに人の気配がないためまだ誰も起きていないだろうと思った。軽く掛けていた毛布をたたみ散らかった部屋を抜けリビングに出る。
喉が渇いたので隣接しているキッチンに行く。冷蔵庫を開けお茶を取り出しコップに注ごうとした時、べたっとしたものを踏んだことに気づいた。恐る恐る下を見るとそれは乾きかけた赤黒い血液だった。
『っ!』
その先には父が首から血を流し倒れていた。腕には包丁が握られている。肌に触ってみたが氷のように冷たかった。自殺だ。
警察の調査も済み、病院で死亡も確認された。父の遺体は今は慰安室に置かれている。母はずっと父の隣に寄り添って泣いていた。
別に悲しいとかそういう気持ちは生まれなかった。ユイを苦しめ家族を捨てたも同然の人生を歩んでいた父は俺にとっては悪だった。逆に死んでもらって少し気持ちが楽になった気がした。
父も耐えられなかったのだろう。自分のせいで自分の娘を国に誘拐され、さらに俺のトドメが効いたのだろう。もし父の心に出頭したくないという気持ちがあったのならば俺は死んでいる父にでも包丁を向けるだろう。
慰安室に母を呼びに行くことにした。
母は冷たくなった父の横で静かにうつむいていた。孤独な背中に少し虚しさを覚える。
『母さん…』
呼びかけるが反応はない。まさかと思って近くまで行くがしっかり目は開いていた。しかし、揺すっても何度呼びかけても微かな反応しかせず、終いには大声をあげて怒鳴られた。今はあまり関わらないほうがいいと思い静かに外に出る。
喉が渇いたので自動販売機を探していた。すると後ろから不意に肩を叩かれた。そこに立っていたのは若い女だった。どこかで見たような顔だったが思い出した。施設にいた渡辺という女性だ。
『ハルトくんね』
静かな声で話しかけてくる。
『なんであんたがこの病院にいるんだ。俺たちの監視なら見つかったらまずいんじゃないか?もしかして父に何か用なのか?生憎だが、あいつは…』
俺の言葉を遮るように渡辺はポケットから一枚の封筒を取り出しそれを俺に押し付けた。
『なんだこれ…まだ何か要求するのか?これ以上何かするようなら…マジで殺すからな。女一人くらい、今の俺なら余裕で殺れるぞ』
渡辺は首を振る。「開けて」と一言だけ残して去って行った。なんなんだあの女は。S_028の部屋の時もそうだったがあいつは謎が多すぎる。
封筒を開けると中に一枚の手紙と施設内の地図が入っていた。
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ユイさんはあれから何度か藤本の好きなように遊ばれています。鞭で打たれたり、殴られたり、蹴られたり、体を好きなように使われたり…。それは想像を絶するような拷問が行われました。
今のユイさんに人権がないことは知っていますね。落ち着いて読んでいただきたいのですが…
ユイさんが奴隷として海外に売られることになりました。
2日後海外のお得意様とあの施設で値段の交渉をするそうです。ユイさんが海外に売られる前までにユイさんを救出してください。脱出経路などは………
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俺はその手紙を雑にたたみもう一枚の施設の地図を見た。ユイ部屋から出口まで蛍光ペンで線が引いてある。ここを行けば抜けられるのか。
一瞬罠ではと考えたが封筒から一枚のセキュリティカードと指紋のようなものが書いてある粘着フィルムが床にポトリと落ちた時、その考えは捨てた。
でも何故渡辺は俺に加担する?あいつは敵ではないのか?考えれば考えるだけ謎は深まっていく。
『お母様はうつ病の診断が出ました。かなり重症のため危険と判断いたしました。一度こちらで入院という形になりますがよろしいですか?』
慰安室に戻った俺は母が発狂しているのを目撃した。すでに看護婦と医師が落ち着かせようとしていたが全く効果がなかったようだ。
『はい、期間はどのくらいになりそうでしょうか?』
『短くて一週間長くて半年になりそうです』
ユイのタイムリミットまで2日。残念ながら母に構っているわけには行かない。
『わかりました。母を宜しくお願いします。僕は大丈夫ですので』
俺は母の鞄から財布を抜き取り病院を後にした。
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