ユイ
ユイ視点で始まる物語です
ユイは、母がプールに行ってきたら?と言った途端、その手があったかと隙を突かれた感じになった。直ぐに2階に上がりスクール水着を出して着替えた。その上からは直ぐに脱げるようにワンピースを着た。
昔兄ハルトに、スクール水着を着たまま行こうとしたことで怒られたことがあったのだ。その時はまだ幼かったこともあり怒られている理由がよくわからなかったが今では多少の羞恥心が付いてきたので理解できる。
引き出しから1年ぶりの浮き輪を引っ張り出して去年兄がやっていたように口で空気を入れてみようと思った。しかし、いくら強く息を吹き込んでも入らない。すると後ろから兄の声がした。
『ほら貸してみろ、入れてやる』
頼もしい兄は昔から大好きだった。いつも困った時は直ぐに助けてくれる優しい性格に懐いた。
『ありがとう、おにいちゃん。大好き!』
兄の背中に抱きつく。こうしていると安心できる。一番兄が近くにいる。そう思うだけで自然と笑みがこぼれる。
兄は空気を入れるときに入れ口を少し潰していた。恐らくそれが空気を入れるコツなのだろうとユイは学習した。
兄が空気を入れ終わると先に下で待っていると伝え玄関で待つことにした。浮き輪は兄にもたせよう。
下駄箱にしまってあったビーチサンダルを取り出しそれを履いた。このサンダルはこの前兄に貰ったものでとってもお気に入りだ。
『おにいちゃーん!おそーい!』
待ちきれなくなったユイは兄を急がせる。
『はいはい、今行くから』
その時家のチャイムが鳴った。兄を呼ぼうと玄関の扉に背を向け声出そうとしたその時、とても静かな扉を開ける音がした。その後手で口を押さえられ体が浮いた。あっという間に外に連れ出されるユイ。いきなりのことで焦り何が起こっているのかよくわからなかった。暴れてイヤイヤしてみるが無駄な抵抗だった。この腕、顔は見えないが波の大人ではないことは幼いユイでもわかった。ユイは最後の抵抗として家のインターフォンを暴れ際に押した。これで兄が助けてくれるのではないかと希望を託して。
気が付いたら横になっていた。よく見ると車の中だということに気づいた。しかも椅子ではなく床の部分に。しかしやけに運転席までが遠い。
体を動かしてみようと試みたが手は後ろで手錠で拘束され足はロープのようなもので綺麗に縛られていた。声はと思ったが口の中にポールのようなものが入れられていて言葉にならない。そして背中には重りとなる男の足が置かれていた。体を動かそうとしても足でがっちりと固定される。
『お?お目覚めかい?』
気を失う直前に一発殴られたことを思い出す。恐怖で暴れそうになったが必死にこらえる。
『お嬢ちゃんは家族に捨てられたんだ。かわいそうだね〜』
そう言ってゴリゴリのと背中を踏みつける男。痛いが呻くことしかできない。
『こっから少しかかるからね、もう一眠りしてもらうよ』
その直後首筋にバチッと電流が流れ意識を失った。
バチン!という衝撃で目を覚ました。頬を叩かれたのだ。目の前には大きな男3人と1枚のガラスの向こうに女性が一人立っていた。
ガラスの奥の電気が多少入ってくる程度で部屋の中は薄暗い。床は石でできているのだろうかペタンと座っている足とお尻が冷たい。そして両手をあげた状態で拘束されている。足にはとても大きな鉄球が鎖で付いていて少しも動きそうにない。口には何も入れられていないようだ。
『お!おはようお嬢ちゃん。気分はどうだい?』
大男の一人が話しかけてくる。状況が読み込めずどうしていいかわからない。
『あ、あの…お尻が冷たいです…』
一斉に大男3人が笑った。ガラスの向こうの女性は以前無表情だ。
『笑わせてくれるなお嬢ちゃん。なら立てばいいだろう』
プルプルと強張った足を無理矢理立たせるが直ぐに崩れる。恐怖で立ち上がることもできない。さらに笑いが起こる。
『これからはここがお嬢ちゃんのお家だ。どうだ?嬉しいか!?居心地いいだろう!』
居心地がいいわけないし、嬉しいわけもない。まだ事情がよく掴めていないのに。
『こ…こは、ど…こ?』
『あ?勝手に質問してんじゃねぇぞ!』
ビンタが左頬に決まる。恐怖で涙が出てくるユイ。
『俺達が許可するまで質問は許さん』
この後男達は5.6発蹴る殴るなどの暴行を加えのち部屋を退出した。ガラスの向こうにいる女は一切の表情を変えていない。ユイを観察するように無言で見ている。
男達がいなくなってから10分が経過した時ガラスの向こうにいる女は動き出した。左の扉を開け通路を通りこちらの部屋に入りユイの前にくる。ユイにはもう話す気力などない。この女に何を言われようとされようと反応はできないだろう。
しかし女は思ってもいない言葉を発した。
『かわいそうに…….』
え?と心の中で思うユイ。あなたも私にひどいことするんじゃないの?
女はユイの拘束を解いている。そして立ち上がれなくなったユイをお姫様抱っこをして軽々持ち上げる。
部屋を出て奥へと進んでいく女。ユイはさらに辛いことが待っているのだろうと思ったがその予想は外れた。ある扉の前で立ち止まり鍵を開ける。その先に広がっていたのは脱衣所だった。その奥には風呂場だろうか。シャワーと浴槽が広がっている。まるで旅館のお風呂のようだ。女はユイの服を脱がしシャワーのまえに座らせ体を洗ってくれた。
『ごめんなさい。私には何もできないの。でも、もう少しだけ我慢して。そしたら必ず助けはくる。希望を捨てないで…』
体を洗ってくれた女は自分のスーツが濡れることを気にせずユイを浴槽へと入れてくれた。風呂の温度はユイにしては少し熱かったがそれでも体が生き返る気がした。男達に蹴られたキズがズキズキと痛む。見てみると体は痣と擦り傷が所々にあった。
その後も女はユイを担ぎ上げ脱衣所で体を拭いてくれた。ワンピースだけではやはり寒いのでスクール水着は下に着用した。意識が朦朧とする中ユイはその女に向かって質問を投げかけた。それは女の行為への質問なのだが伝わっただろうか。
『なん…で、こんなこと…するの…』
女は涙をこらえているのだろうか。唇をプルプルとさせていた。
『私も…昔ね、同じことをされたの。だから見捨てられなかった…。でも希望は捨てなかったわ。だから今まで生きてこれたの。だから信じて…。絶対に助けはくるって…』
女は脱衣所を出て再びユイがいた部屋へと戻ってきた。そこには【S_028】と書かれていた。
『あなたの名前はユイちゃんね。いい名前だわ。お母さんお父さんもかなりお気に入りの名前だと思うの』
膝をつき、ユイに再び拘束器具を付けながら話す。だがその手はプルプルと震えていた。
そして顔を近づけて耳打ちをした。
『私が脱出に加担してあげるから…』
ユイには「加担」という言葉はわからなかったがそれでも何か気持ちが和らいだ気がした。
『そういえば私の名前を言ってなかったわね…。私の名前は……』
女は立ち上がってニコっと笑って言った。
『渡辺…あなたの味方よ』
その言葉を最後に聞いたユイは壁に寄り掛かるようにして静かに眠りに落ちた。
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