悪夢
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『あれ?ユイ?』
俺はモヤモヤとした白い霧の中にユイらしき影を見つけた。その霧は360度全ての方角へ立ち込めていて、自分が今どこにいるのかすらわからないほどの濃霧だ。
その影は何度呼んでも振り向くことはない。ユイならば、俺の声が聞こえた瞬間に振り向くはずなのに。
俺はユイのいる方へ歩き出した。
『ユイー?どうしたんだ?』
かなり歩いたはずなのに一向に距離は縮まらない。
(あれ?おかしい…。何故距離が縮まらない?)
今度は走ってみた。しかし、結果は同じであった。いつか走ってもその影は一定の距離を保つように離れていく。
『ユイ!ユイ!逃げないでくれ!』
俺は必死にその影に呼びかける。一瞬止まりこちらを振り向いた気がしたがすぐに動き出す。
(そういえば何故ユイがいるんだ?確か何かに捕まっていたような…なんだったか…思い出せない…)
今度は俺が止まった。すると影も一緒に止まってくれた。
「ハルト君…」
俺を呼んでいるのか?でもその声はユイのではない。影の方向から聞こえてくるわけでもない。後ろでもないし左右どちらからも音源が見つからない。
「ハルト君」
どこから俺を呼んでいるのだろうか。
するといきなり影がこっちに向かって走ってきた。あぁ、確かにユイだ。その髪、その手、その顔…まぎれもなくユイだ。
しかし、その顔は必死に何かを追いかけるような顔をしている。恐怖すら感じる真剣な顔だ。
俺は逃げないよ。ずっと待ってるから、ゆっくりでいいのに。
残り数メートルでユイの伸ばす手と触れ合える。と思った次の瞬間。
俺はとてつもない力で後ろに引っ張られた。その力によって俺はユイとの距離を一気にリセットされた。
『ハルト君ハルト君ハルト君ハルト君ハルト君ハルト君ハルト君ハルト君ハルト君ハルト君ハルト君…』
あれ、この声聞いたことある。
なんだっけ?……ふ
___________藤本!
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『…ルト、ハルト…ハルト!』
母親の声が聞こえる。でもさっきの声は藤本の声だったし、近くにいるのかな…。あれ、でも藤本って誰だっけ。ユイはどこ行ったのかな…。
バチン!
俺の頬に母親のビンタが決まる。そのおかげで俺は現実世界へと引き戻される。
『ハルト!』
俺は横になっていた体を勢いよく起き上がらせる。ここは山道を走る車の中。ガタガタと激しい揺れが永遠に続くあの道。
右肩がズキズキと痛んだ。そうだったユイが藤本に…。ユイは、ユイは…。
『うわぁぁぁぁあああ!!』
俺は耐えきれなくなった気持ちを爆発させる。後部座席に一緒に座っている母親が俺をしっかりと抱きしめる。だが、それでも俺の精神が安定することはない。
『落ち着いてハルト。大丈夫、大丈夫だから…。』
優しく背中をさすってくれる母親。俺が少し落ち着くまでずっと寄り添ってくれた。
『今…時間は?』
俺は疲れ切った声で言う。今まで地下にいたため時間の感覚が狂っていた。
『夜の7時よ。あれからあなたが担がれてきて急いで帰っているところよ』
その他にもいろいろあったのだろう。母の顔はとてもげっそりとしている。
相変わらず雨が激しい。前で運転している父の顔は見えないがハンドルを握る腕には常に力が込められている。
『ユイは…どうなったの』
母は少し言うのを躊躇った後に口を開いた。
『ユイはあの施設で預かるそうなの。返して欲しければ……お父さんの出頭。それと3億のお金』
車が激しく揺れた。
『すまん少しミスった』
父親がハンドル操作を間違えたようだ。父の心の中ではお金をどうするかで悩んでいるのだろう。流石に出頭するかどうかで悩んでいるわけではあるまい。
『3億ってどうするの…』
俺はまだ子供だが、家にはそんな大金がないことくらい知っている。
『お金のことはお母さんたちに任せなさい。今はとりあえずゆっくり休むこと。無理矢理起こしちゃってごめんね』
大人の返事をする母。
でも…なんでそんな辛い顔で笑うんだよ。そんな顔じゃ子供でもわかっちまうよ。
『わかった。家に着いたら起こして』
そして俺は母の肩に寄りかかるようにして夢の中へと落ちていった。
次回話が急展開する予定です
今回は内容薄いですが桜井一家の心の不安定さを頑張って表現したつもりです。
新作も作り始めてるペンギン隊長でした。




