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第四話 ~仮面の少女と不死身の少年~

この家にたどり着いて、一週間が経過した。

身体の方は三日目くらいに回復したのだが、ジルさんいわく俺を拾ってくれたこの家の一人娘さんが、「満足するまでここにいてもいい」と言ってくれているらしく、ありがたくご厄介になっている。


なんで同じ屋根の下にいるのに、いわくかというと……


「あ、あの、おはようございます」


「!……っ〜!」


いつも仮面をつけていて、挨拶をすると逃げてしまうし、声をかけようとしてもいつの間にか消えているのだ。

ジルさんいわく、人見知りで恥ずかしがり屋さんらしい。

そんなわけで、俺はまだあの子にだけ、俺の事情や拾ってもらったお礼を言えてない。


まあ、この話は置いといて。


無償でご厄介になるのは流石に悪いので、庭の手入れや掃除、皿洗いなどの家事のお手伝いをさせてもらいながら、俺はこの世界の情報を集めた。

この世界はおそらく俺のいた世界とあまり変わらない。

地球という星、空、海、大まかな大陸の位置などの要素は、元の世界と変わりない。

ただ、科学分野に関しては、こちらの世界はあまり進行していない。

食文化に関しても、ここの料理はどことなく味が薄い。

建物に関しても、ここはおおよそ日本にあたる位置に存在するにもかかわらず西洋的な建物が目立つ。

そして何より、魔法がある。


この世界は、魔法が発展しすぎたことにより、一度大規模な戦争が起きた。

その戦争のせいで多くの人間が死亡し、多くの国が滅亡、または統合された。

その時代の資料はあまり残されていないそうで、民衆からは“空白の戦争時代”と呼ばれている。

この戦争の中で、日本という国はおそらく消滅したのではないか、と。

俺はそう考えている。




『春輝少年、彼女がまたいるぞ……』


窓拭きをしていると、シュバルツさんに“また”声をかけられた。

振り向いて見ると、サラサラそうな金色の髪が壁の向こうからはみ出て見えている。

……またか。


「……うーん」


窓拭きを再開しつつ、思い悩む。

どうやら嫌われているわけじゃないようで、いつも何かとそばで見られているのだが、声をかけると逃げられてしまう。

……謎だ。声をかけて欲しいのかかけて欲しくないのかどっちなんだろう……?


『春輝少年、おそらく彼女は相当強い魔法使いだ。今の私達では絶対勝てん』


いや、なんで戦う気なんですか……


『従者としては、こういう報告は必要でなくともしなくてはならないものなのだよ』


ああ……お疲れ様です。ヴァイスさんは?


『館全域に蛇を配置して、絶賛監視中さ』


…………お疲れ様です。

この二匹の蛇だが、基本的にこんな感じで動いている。

シュバルツさんいわく、シュバルツさんは破壊担当、ヴァイスさんはそれ以外のことを担当しているそうだ。


……シュバルツさんの方が楽な仕事だと思えてしまうのは気のせいだそうだ。決して、サボっているわけではないそうだ。


「春輝君、窓拭きお疲れ様です」


そういいながらジルさんが近づいてきた。

もちろん、俺の後ろには気配を殺して娘さんが隠れている。


「ジルさんもお疲れ様です。農園に水やりをしてらっしゃったのでしょう?」


「……!…………なぜそれを?」


……あ、やばい。こっちはヴァイスさんを通じて知っているけれど、ジルさんからは何をしに行くか全く聞いてなかった。


「……匂いですよ。薄いですが、土の香りがしますので」


「…………鋭いのですね」


「いえ、そんなことないですよ」


苦笑しつつ、内心冷や汗をかく。

とっさに思いついた言い訳としては上出来だった。

少しだけ土の匂いがするのは本当のことだし、なんとかごまかせたようだ……

以後、気をつけるようにしなくては。


「ところでジルさん」


「はい、何でしょうか?」


「どうやったら、娘さんと話すことが出来るでしょうか……」


「はい?……ああ、なるほど」


どうやらジルさんは俺の意図を理解してくれたようだ。

察しが良くて助かります。


「ふむ……春輝君は、お嬢様と話したいのですか?」


「ええ。泊めてもらっているにも関わらず、挨拶もロクに出来ていないのは申し訳なくって……」


「なるほど…………それで、春輝君はいつも話す機会を伺っているけれど、見つからないと?」


「はい……どうにかなりませんかね?」


「ははっ、大丈夫ですよ」


笑みを浮かべながら、ジルさんはこう続けた。


「由緒正しきバルトフェルト家の娘ならば、きっとすぐに歩み寄ってくれますとも。お嬢様とて、その例外ではないでしょう」


……この人、意外と腹黒いのかな。


「そうですかね?……なら、歩み寄ってくれるのを待つのみにしましょう」


笑みを浮かべながらジルさんにそう話す。

背後の気配は、未だ残ったままだった。













「ふ〜、今日も1日、頑張ったぞ〜」


『お疲れ様だな、春輝少年』


『お疲れ様でした、春輝さん』


俺の独り言にお疲れ様を言ってくれる二人、もとい二匹。

ベッドに横たわって、少しボーッとする。


『春輝少年、このあとどうするかは、考えたか?』


……まだ、考えられてないです、ごめんなさい、シュバルツさん。


『焦ることはありません。あなたは不死なのですから、時間だけはたくさんありますもの』


そうですね、ヴァイスさん。……ですが、このあとの身の振り方を考えるのに、早いに越したことはありません。


『……春輝さん、誰か来ました』


……分かりました。この話は、また後で。

“念話”でそう伝えて、現実へ思考を戻す。

この念話という魔法は、目覚めたら自然と出来るようになっていた。

どういう原理かはまだわかっていないが、同じ魔力を持つ者に遠く離れた場所から会話できる、いわゆる電話のようなものだ。

しかし、同じ魔力を持つ存在などこの世にいるはずがないので、この魔法は開発されたまま長らく封印されていたらしい。

だが、俺とシュバルツさんとヴァイスさんは同じ魔力を持っているらしいので、この魔法が使えるらしい。

……しかし、魔力って何なんだろうな。今度聞いてみよう。


そんなことを考えていると、コンコンと、ドアをノックする音が聞こえた。

起き上がってドアを開けてみると案の定、狐の仮面をつけた金髪の少女が立っていた。


「こんばんは、エリザさん。」


「…………こんばんは」


長い間のあと、小さな声で挨拶を返してくれる少女。


「……その、ありがとうございました。助けてくれて」


「…………当然ことじゃ、気にせんでいい」


……へー。なんか古風な喋り方だな。


「あと、泊めてくれてありがとうございます。俺に、生きれる場所をくれて、美味しいご飯を、暖かいお風呂を、寝心地のいいベッドを……沢山のものを下さって、本当に、ありがとうございます」


「……どういたしまして。もっとも、それらを用意したのはジルじゃがな」


「あなたに拾われなければ、俺はきっとあのまま朽ち果てていました」


「随分大げさじゃな。……妾が助けんでも、きっと誰かが助けたに違いあるまい」


「……そうで、しょうか?」


「……うん?」


「……エリザさん、これから俺は、この世界に来てからのことを、ありのままに話します」


「……この、世界?お主、何を言うておるのじゃ?」


「……できれば、何も言わずに、聞いてもらえませんか?」


仮面をつけた少女をまっすぐ見据えて、俺はそう問う。

俺の纏う空気を敏感に感じ取ったのか、エリザさんはうなずいてくれた。

そうして、俺は今までのことをありのまま、すべて話した。

拷問のことも、逃げてきたことも、追われているかもしれないことも、蛇の力のことも、全て。

話し終えるまで何も言わずに、仮面の少女は聞いてくれた。

仮面の下の表情がどのようなものかは予想できなかったが、きっと驚愕に染まっていたに違いない。

自分の助けた人間が、不死の化物で、逃亡犯だったのだ。

きっと、追い出されてしまうだろう。

そう覚悟して、語ったのだ。悔いはない。


「……そして、俺はあなたに拾われました。エリザさん。

……だから、俺は心の底から、感謝しているのですよ。

ずっと言えなくて、ごめんなさい。俺は、死なない化物なんです。」


……ああ、本当に、ありがとう。

こんなにも、ご飯が美味しいものだと、知らなかった。

こんなにも、布団が柔らかく、疲れた体を包み込んでくれるなんて、知らなかった。

こんなにも、暖かい風呂が身にしみるとは、知らなかった。

こんなにも、優しい人達がいたなんて、知る由もなかった。

まだまだ恩は返せていない。どうしても返せる気がしない、莫大な恩が、出来てしまった。

死ねない体なら、やろうと思えば何でもなせる。

だから、彼女が望むならば、何でもしよう。

心のなかで、俺はそう決意していた。


「…………お主が囚われていた国を、教えてくれぬか?」


「え?」


「今から行って、凍りつかせてくる。そんな奴らに、生きる価値などない……!」


怒気を孕んだ声に、思わず震えてしまう。

見れば彼女の立っている床が凍りつき始め、空気も肌寒くなりはじめている。

そしてなにより、小柄な少女の出せる威圧感とは思えないものが、場を支配している。


……これは、まずくない?

え、どこに怒る要素があったんだろう?

俺の過去話、そんなに嫌だったのかな……?


「あ、あの……なんでそんなに怒ってるんですか……?」


「……お主こそ、何故にそんなに怒りを感じていないのじゃ?」


仮面越しでもわかる、静かに怒りを燃やした目で、俺を睨みつけるエリザさん。

……ぶっちゃけかなり怖いです。


「…………まあよい。お主が怒りを感じていないのならば、妾が怒っても仕方あるまい」


「……そ、そうですね」


怖ェー。エリザさんマジ怖ェー。

……しかし、なんでそんなに怒ってくれたんだろう?

うーん、不憫に思ってくれた、とか?

不死の化け物に対して?

…………いや、流石にそれは……


「……お主の事情は分かった。それを踏まえた上で、妾はお主に問いたい」


「はい、何でしょうか」


「……お主、やりたいことはあるのか?」


「…………今、必死に考えています」


「……そうか」


答えに満足したように、エリザさんは頷いた。


「それが見つかるまでは、ここにいると良い。ジルの手伝いでもしておれ」


その声に、思わず目を見開く。


「……いいん、ですか?」


「いいに決まっておろう」


「……おれは、不死の化け物ですよ?人間じゃ、無いんですよ?」


「それがどうしたのじゃ?人間であるかないかなど、どうでもよかろう?」


不思議そうな顔でそう言ってくるエリザさん。

その言葉が、胸の中で響いて。

どうしようもなく、嬉しくて。

どうしようもなく、心が暖まって。

どうしようもなく、目頭が熱くなって。


「な、な、なんで泣くのじゃ!?一体どうしたというのじゃ!?」


自然と俺は、涙を流していた。


「……あ、れ?」


とめどなく溢れる涙に、慌てる少女と呆然とする少年。

不思議だが、どこか心温まる光景が、そこにはあった。

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