第三話 ~逃げた先の景色~
「……う、ん?」
目を覚ますと、天井が見えた。
全く見たことのない天井。あの拷問部屋じゃないことだけがすぐにわかった。
……あれ?俺は……どうして…………
これは……夢……?
……確か、俺は……拷問部屋に、いたはずじゃ……
「お目覚めのようですね。」
声がした方へ目を向けると、黒い執事服を着込んだ白髪の老人が、水の入った桶を持って立っていた。
……どうやらここは、拷問部屋じゃないらしい。
「……あの、……こ……こは……?」
声が掠れて、うまく声が出ない。
ろくにご飯も食べていなかったし、当たり前だろう。
思い出すと、お腹がすごくすいてきた……
「おや、自己紹介が遅れましたね。私はジルと申します。バルトフェルト家当主であるヘレナ様の執事をしております。」
老人の自己紹介を聞きながら、部屋全体を眺める。
極度の栄養失調ゆえか、体に全く力が入らない。
どうやら起き上がるのも厳しそうだ。
部屋には机や本棚などしかなく、少し殺風景に思える。
ああ、今俺が寝ているベッドもあるっけ。
「屋敷の前に倒れていたあなたを、お嬢様が見つけたんですよ。随分と憔悴しきっておられたので、こうして休んでいただいているわけです。」
……なるほど。
ということは、俺の事情を知っているわけじゃないのか。
…………拾ってもらっておいてなんだけれども、俺が犯罪者とかだったらどうするつもりだったんだか……
いや、もしかして指名手配とかされてるかもしれないし、本当に犯罪者かもしれないけれど。
「…………あ……の……、」
「どうかしましたか?」
いろいろと説明してほしいことや、俺からも言わなきゃいけないことはあるけれど。
とりあえず、このお願いだけはしておこう。
「……お、なか……すきまし…………た………」
掠れた声でそう話すと、にこやかに微笑んだジルは「少し待っていてください」と言って出ていった。
よし、いろいろ整理しよう。
まず、俺は拷問部屋にいて、よく分からないうちに「契約」をして、おそらく拷問部屋を出た。
あの二匹の蛇達にお願いした通り、おそらく真っ直ぐ逃げた……はずなんだけれど。
………どうなんだろう。追手とか殺しちゃったりしてたら、やだなぁ……
『安心しろ、少年。』
悩んでいると、頭の中にどこか聞き覚えのある声が聞こえた。
…………この声、あの時の黒い方の蛇の声……?
『ああ、私だ。名を“黒嬢”という。あの時は挨拶できなかったからな。改めて、これからよろしく頼むぞ。』
あ、うん。これからよろしく……
うん?……えーっと、シュバルツさんは、今どこにいるの?
『君の中だよ、少年。より正確に言うならば、君の魔力の中にいる。』
俺の……魔力?
…………あれ?じゃあ、白いの方の蛇さんも?
『いや、今は彼女はここにはいない。』
え?じゃあどこに……?
『なに、君を拾った人間達の監視だよ。妙なものが盛られたりしないように、チェックしているのさ。』
…………さ、さいですか。
『とりあえず、その話は置いておくとして……話そうか、君の今の状況について。』
そう言って、シュバルツさんは語り出した。
僕の今置かれている状況について、詳細に。
要約すると、僕が意識を預けた後、特に何も起きることはなく、ただまっすぐ逃げ続けたらしい。
日にちにして、5日ほど。
ずっと休まず逃げ続け、なんとかここまでたどり着いたのだそうだ。
そして、この家の前で僕の魔力が底を尽き、倒れ伏していたところを少女が見つけてくれたと。
ちなみに、ここは僕が呼ばれた王国から、国境を九つ超えたところらしい。
……ふむふむ。
とりあえず、シュバルツさんと白い方の蛇さんにもお礼を言わなくては。
ありがとう、シュバルツさん、俺のお願いを聞いてくれて。
『気にすることは無い。代価はもう貰っているさ。』
……代価?何か渡したっけ?
『それを説明するのはヴァイスが帰ってきてからにしよう。それよりも、そろそろあの老人が帰ってくるから、私は少し眠らせてもらうぞ?』
ああ、はい。お疲れ様です。
そう心の中で言いつつ、俺は意識を現実へと戻す。
……とりあえず、ちゃんと俺のこと、説明しなくては。
内心でそう決心して、俺はゆっくりとまぶたを閉じた。