第二話 ~痛みの果てに~
前回同様、少しグロテスクな表現があります。
……牢屋に来てからおそらく6日が経過した。
曖昧だが、アイツは食後にここに来て俺に拷問している雰囲気がするから、おそらく6日だ。
……回数にして19回。
既に少しずつ恐怖も薄れ、自分がじわじわ壊れていくのが感じられてきた。
こうして壊れていくのを無作為に待っている時点でもう壊れてしまっているのだろう。
……5回目の拷問の際に持ってきた謎の薬のせいで、この拷問はさらに厳しくなった。
あの薬はアイツいわく、「不死の薬」だそうだ。
それまでは拷問の後は回復魔法でまた欠損した部位をくっつけていたのだが、その薬を飲まされて以来、傷が無かったかのように再生されるようになった。
これによって、アイツの拷問は勢いを増した。
最初の頃は腕、足、目、耳を念入りに傷つけていたのだが、その薬を使って以来容赦なく首を切ったり心臓をえぐりだしたりするようになった。
はらわたを引きずり出されたり目を抉り出されたり、それはもう思いつかないような拷問を山ほどされた。
……思い出すだけで胸が苦しくなる。
拷問される度に俺は何度も泣いたし何度も叫んだ。
だが、それがアイツの嗜虐心をそそったのだろう。
……もう嫌というほど拷問されて、俺は今こうして徐々に壊れ始めている。
……辛いと思わなくなったのは、いつからだろうか。
「……順調そうですね。」
そんな声が牢屋の前から聞こえた。
目を向けると、あの時のメイドがバケツを持って牢屋の前で俺を見ていた。
「いい加減吐けばいいじゃないですか。」
そういいながら、俺にバケツの水をかける。
一応、不潔になるのを防ぐためらしい。
……まあ、これだけ血や嘔吐物が散乱していればこんなものは意味が無いのだが。
「……あ、なるほど。もしかして、そっちに目覚めたのですか?」
そうやって口元に手を当てて上品に笑うメイド。
否定する力もなく、ただ睨みつける。
「……なんですか?その目は。」
気に入らなかったのか、再び手を前に出してあの電撃を俺に飛ばしてくる。
……もう、痛くも痒くもない。ただ、少し頭が痺れたなと思うくらいだ。
きっと身体はもっと深刻なダメージを受けているのだろうが、既に俺の神経は摩耗しすぎて痛みに鈍感になっているのかもしれない。
「……ふんっ!」
メイドは怒って外に出て行った。
……理不尽なことこの上ないのだが、もうどうだって良くなってきてしまった。
どこか、俺はこの状況を受け入れ始めているのかもしれない。
楽しかった元の世界での思い出を思い出す度に苦しくなるだけ、まだ救いがあるだろうか?
そんなことを考えていると、意識が遠のく感覚がし始めた。
……思ったよりもさっきの電撃はきいてるみたいだ。
まるで他人事のように考えながら、俺の意識は暗闇へと落ちていった。
「ふぅ、楽しかったわぁ♡今回はここまでよ、お疲れ様ぁ♡」
そう言って、ジェイソンは血塗れの俺に言葉を投げかける。
意識は掠れかけているのに、ジェイソンの声は俺の中によく響く。
「……そろそろ、あなたも限界かしら?……いくら不死身とはいえ、感度が鈍るのは良くないわねぇ……」
そういいながら、ジェイソンは牢屋の扉を閉める。
「じゃ、またね〜♡」
ジェイソンの声が遠くなっていく。
……捨てられるのか、俺は。
ありがたい、と。
そう思えてしまった。
この地獄みたいな生活の中で、何度も死にたいと思った。
死ねないと思った時、心の底から絶望した。
おそらく、アイツも俺に自害されちゃ困るから不死の薬を飲ませたんだろう。
……この不死の力を回収されれば、死ねる。
死ぬことがこんなに嬉しいだなんて、やっぱ変だな。
…………もう、死ぬことが怖くない。
きっとこれは、俺が不死になった代償なのかもな……
『……本当ニ?』
ああ。俺はもう、死ぬことなんて怖くない。
だって、今の俺はもう死んだも同然じゃないか。
『……アナタハ、本当ニ死ニタイノ?』
死ぬことが出来るなら、死にたい。
……不死になってしまった以上、死ねないがな。
まあ、ジェイソンのことだ。解除方法も持っているに違いない。
最悪、マグマの中にでも入ればずっと「死に続けられる」しな。
『……生キタクナイノ?』
……生きれるなら、生きたいさ。
自由にこの世界を謳歌したい。
元の世界に帰って、また弟と一緒に過ごすのもいいな。
……そんな日々は、もう二度と来ないだろうが。
『…………ソノネガイ、叶エテアゲヨウカ?』
……このくだらない幻聴はずいぶんとおしゃべりだな。
そうだな。叶えてくれるなら、何でもするさ。
『……ナンデモ?』
……ああ。何だってしてやるさ。
だって、今よりひどいものなんて、無いだろう?
『……ソウ。ナラ……』
その声と同時に、牢屋の隙間をぬって、二匹の蛇が俺に向かってやってきた。
片方は純白の赤い目をした美しい蛇。
もう片方は漆黒で青い目をしたこれまた美しい蛇。
二匹の蛇が俺に近寄ってくる。
『……アナタノノゾミ、カナエヨウ。』
その声が響くと同時に、俺の身体に二匹の蛇が《吸い込まれた》。
比喩などではなく、本当に吸い込まれたのだ。溶けたみたいに。
『……これで貴方は私のモノ。そして私は貴方のモノ。』
先程まで響いていたカタコトの無機質な音声と違って、艶やかで美しい声が俺の中に響く。
『…………貴方が望むなら、私は力になろう。私が望むなら、貴方は力にならなければならない。』
ポケットの中にまだ入ったままだった、図書館で拾った金色の指輪が俺の目の前まで浮かび上がる。
指輪が光り輝き、蛇と同じように俺の中に溶ける。
『これが、私と貴方の契約。』
右腕には先ほどの白い蛇と同じ色の腕輪が。
左腕には先ほどの黒い蛇と同じ色の腕輪が。
白い腕輪には、中央に赤い宝石が。
黒い腕輪には、中央に青い宝石が。
俺の身体の中から、出現した腕輪が、両腕にはまる。
『……さあ、生きなさい。貴方が望むがままに。』
その声が響くと同時に、俺の意識は少しずつ霞んでいく。
「「さあ、最初のご命令を。主様。」」
二つの腕輪から、声が聞こえた。
掠れた声で、俺はつぶやく。
「…………逃げよう……なるべく、遠くまで……」
「「了解いたしました。」」
腕輪の声と同時に、俺の心臓あたりが急激に熱くなる。
鼓動が、再び動き出したように。
頭が、再び回転し始めるように。
腕が、足が、背中が、耳が、口が、目が。
身体のすべてが、熱くなる。
『……さあ、行きなさい。貴方が望むがままに。』
その声が俺の中で響いた時。
俺の意識は途切れて。
轟音とともに、堅牢な牢屋をこじ開けて。
一匹の獣は、王城から逃げ出した。