第一話 ~偽勇者~
今回、少しだけグロい(?)なシーンがあります。
あまり耐性のない方には厳しいかもしれないし、胸糞の悪い話でありますが、どうかご容赦ください。
最後まで読んでいただければ幸いです♪
白い光が収まり、やってきたのは真っ黒な世界。
まるで自分という存在が何かに飲み込まれてしまうような不思議な感覚。
光はなく、何も見えず、自分の肉体すら見ることは出来ない。
おもむろに手を伸ばそうとするけれど、腕という感覚は感じられなかった。
何かに沈み込んでいく流れを、塞き止めることはままならず、埋もれていく。
これは夢か、はたまた現実だったのか。
それは誰も知らないだろう……
「……お目覚めください。」
鈴の音のような、透き通る美しい声が聞こえた。
目をゆっくりと開けると、目の前には一人の少女がいた。
美麗というわけでもなく、かといって醜悪というわけでもない、普通のメイド服を着た少女。
どこかその美しい声とはちぐはぐさを感じたが、それは口には出さない。
そして、俺はようやく気がついた。
……ここ、どこだ?
…………まず、状況を整理しよう。
まず、俺達はさっきまで図書館にいた。
で、よくわからない本を見つけて。
その本を開いて、何も書かれていないことを確認して閉じようとしたら……
ここにいた、と。
……はっ!
「千秋っ!」
急いで自分の弟の名前を呼び、周りを見回す。
しかし、自分の周りにはおらず、あるのはやたらと綺麗で豪奢な装飾品と壁だけ。
「あ、あの!千秋はっ!」
目の前のメイドさんに聞いてみる。
すると、メイドさんはスッと目を細めて、その後にこやかな笑みを浮かべて答えてくれた。
「千秋様は、もう既に勇者として、迎え入れられています。」
そうか、無事なのか……
ほっと胸をなでおろす。
…………って、ん?
「……勇者?」
そう聞き返すと、メイドさんはまた目を細める。
しかし、今度はにこやかに微笑むことはなく、先程と同じ声とは思えないほどの鋭く冷たい声で答えてくれた。
「随分と芸達者なこと……嘘をつくのが、うまいのですね偽物さん?」
……偽物さん?
「ええっと、おっしゃってる意味が……」
「……嘘はおよしなさい?偽者さん。あなたが勇者でないことはもうわかっていましてよ?」
……はい?……えーっと、何の話だろう?
「え、えーっと……あの、何を言ってるんですか……?」
「……演技がお上手だこと。いい加減、あなたと話すのも飽きてまいりました。」
……さっきから何を言ってるんだろう?このメイドさん。
「ふふっ。その演技力があるのなら、王の影武者として雇えばよかったかも知れませんね?」
「……は、はい?王?勇者?……さっきから、マジで何を言ってるのか……」
「…………いい加減似なさいっ!」
先程までの綺麗な声からは想像もつかないほど、鋭くて怖い声が部屋に響く。
思わずビクンと硬直してしまう。
……見た目とは裏腹に怖い人なのかね?この人……。
「……で、あなたはどこの国からの間者ですか?」
「……え?」
「私の予想では隣国のセパレ王国ですが……レンドミウム帝国でしょうか?」
メイドさんの言葉をゆっくりと咀嚼し始める。
勇者、王国、王様、間者、メイドさん……現代ではほぼありえない景色だろう。
……もしかして、これはもしかしてもしかするとだけど……
「これはもしかして、異世界召喚ってヤツ?」
メイドさんに向けてそう問うと、先程までの冷たい目線がさらに鋭くなる。
「……ほんっとうに、白々しいですね……」
……白々しいも何も、嘘なんかついてないんだけど。
なんとなくだけど、状況が飲み込めてきた。
俺と千秋は勇者召喚されて。
んで、千秋は先に勇者としておもてなしを受けていて。
俺はここで……何故か疑われてる?
「先程から言っていますが、あなたが勇者でないことは判明しています。」
……え?
「あ、あの。どういうことでしょうか?」
「だから!先程から!白々しいと言っているではないですか!」
そう言って怒るメイドさん。
はっきりいって怖い。
女子って怒ると怖いもんねー。人の話聞かなくなるし。
「……えーっと、俺は勇者として異世界召喚されて、なのに勇者じゃないって言われて……どういう状況なの?これ?」
「……どうやら口を割る気はないようですね……?」
そう言うと、メイドさんは手を前に突き出し、俺の胸に手を当てる。
「“我が魔力を喰らいて大いなる雷をもたらせ”《スパーク》」
メイドさんがそう呟くと、メイドさんの手から電流が走る。
もちろん、その手は俺の胸に当てられてるわけで。
電流が俺の中に走るわけで。
「アバババババババッ!」
そんなよくわからない奇声を漏らして。
俺の意識は闇へと落ちていった。
~同時刻 アレル王国会議室にて~
「?」
……今、兄さんの声がしたような……?
「どうかされましたか?勇者様?」
僕の様子を察してか、先程王様と名乗った人物が声をかけてくる。
「いえ、兄の声が聞こえたような気がして……」
「それはないでしょう。こちらの世界に来たのはあなただけですから。」
王様がそういうと、この円卓に座っている十二人の勇者全員に目を向ける。
……そうだよね。兄さんがここにいるはずないもんね。聞き違いだよね。
「さて、勇者様方。ご理解いただけたでしょうか?この世界にあなた達を呼んだ理由。そして、あなた達が帰る方法について。」
みんなコクリと頷く。
なんか、僕の隣の子は寝てるだけな気がするけど気にしたら負けだよね。
「……要するに、魔王を倒せばいいんだろ?」
かなり筋肉質な工事現場のヘルメットをつけたおじさんが国王にそう問う。
「ええ。魔王を倒すことが出来れば、何もかもが解決し、この世界に平和が訪れるのです。ですので、どうかご助力をお願いできないでしょうか……?」
国王のお願いに、仕方ないなぁ……といった声や、ちゃんと報酬はもらうからな?という声が続く。
……兄さん、僕、異世界で勇者になりました。
頑張って魔王を倒して、急いで帰るので待っててください。
僕はそう胸の中で決意した。
……その近くで、自分の兄が地下牢まで搬送されていることを知るよしもないまま。
目を覚ますと、かなり暗い部屋にいた。
足を動かそうとすると、ジャラジャラと鎖が音がなって思うように動けない。
腕も何故か椅子に固定されているようで、動くことはままならない。
「……ここは?」
そう呟いた自分の声が想像以上にしゃがれていることに驚いた。
どうやらずいぶん長いこと気を失っていたらしく、喉は乾き、お腹がすいているようだ。
自分の置かれている状況を飲み込むために、周りを見渡す。
するとそこには……
そこら中に血痕が残されていた。
思わず息を呑む。
そしてようやく漂う鉄くさい匂いに気がつく。
吐き気を催しそうになるほど濃密な死の匂いに、悲鳴を上げる。
「……な、なんだよここ。」
呟きは静かに部屋の中に反響する。
……まるでこれじゃ……
「拷問部屋じゃないか……」
「大・正・解〜♡」
「ッ!」
呟いた言葉にまさか返答が来るとは思っておらず、身の毛もよだつような猫なで声に背筋を震わせる。
「あらぁ?何もそんなに怖がらなくてもぉ?いいのよぉ?」
気色悪いその男性特有の野太い声がする方向へ振り向く。
すると、鉄格子の先に上半身裸でその鍛え上げられた筋肉を惜しげもなく見せている大柄な男性がたっていた。
……見たこともないようなペンチのようなナニカを持って。
「ひぃっ!」
思わず情けない声を上げてしまう。
「かわいい声で鳴くのね♪そういう子、大好きよぉ?ア・タ・シ♡……だってねぇ?」
舌舐りをしたその男性の言葉に、思わず嘔吐しそうになる。
吐瀉物を無理やり飲み込みつつ、その男性に目を向けた。
「拷問のやりがいってものがあるじゃない?」
そう言ってニタリと笑う男性の顔を見て、思わず吐き出す。
ビチャビチャと吐瀉物が床に広がり、匂いが蔓延する。
男性はその匂いに顔をしかめることすらせず、笑顔で言葉を紡ぎ続ける。
「アタシの名前はジョナソン。よろしくねぇ?かわいいボ・ウ・ヤ♡」
そう言って牢屋に入ってくるジョナソン。
い、嫌だ。逃げなきゃ……逃げなきゃ、殺される!
恐怖に染まった俺の顔を見て、またしても嬉しそうに笑うジョナソン。
「大丈夫よ、怖いのは最初だけ♡……少ししたら、もう病みつきになっちゃうからぁ♡」
カチリカチリとペンチモドキを鳴らすジョナソン。
あまりの恐怖に涙がこぼれ、震えが止まらなくなり、カチカチと歯が噛み合わなくなる。
「……さて、そろそろ始めましょうか?まずは手始めに……右足から♪」
肉が無理やり立たれる音。
血が吹き出る音。
少年の悲痛な叫び。
ジョナソンの笑い声。
すべて、堅牢な地下牢から音漏れすることなく。
少年の、地獄のような日々が始まった。