プロローグ ~それは暑い夏の日の出来事~
「世界は偽物だらけだ。真実なんてどこにもない。」
昔、誰かに言われた言葉が頭の中で反響する。
実際、この世界には偽物なんて沢山ある。真実ってなんだろう?って思うことも多々ある。
この世界のありとあらゆるものが偽物だと思う人だって、いるのかも知れない。
でも、俺は。
今、俺の胸にある、この暖かくて優しく、誰かを強く想うこの気持ちは。
きっと、真実だと俺は信じたい。
いいや、信じたいじゃない。
真実の愛というものがあるのならば、この一途な心こそ、それに当てはまると俺は勝手に思う。
そう思い、すこし幸せになる。
生まれてきてよかった、この感情を知れてよかった。
そう思いながら、俺はあの人のために死ねることにまた幸福を覚える。
「愛してくれて、本当にありがとう。私は、本当に幸せ者です。」
俺は思わずそう呟いた。
そして、手から滴る血を見て呟く。
「……お嬢様、どうか、お幸せに。」
強く拳を握った。
夏は嫌いだ。
暑苦しくて過ごしにくいことこの上ない。
汗が滝のように流れて、口の中がすぐに乾いてしまう。
「……あちぃ。」
思わずそう呟く。
こんな日はやはりクーラーのよく聞いた部屋でアイスクリームを食べたい。
もしくはお風呂場で汗を洗い流してお風呂上りにフルーツ牛乳を飲みたい……。
風鈴の涼やかな音も、そうめんのあの爽快な喉越しも。
こんなくっそ暑い中だと映えるものだろう。
そんなどうでもいいことばかり考えながら歩く。
前を進む弟はずいぶんと元気だ。
……これはあれだな。
「俺も老いたか……。」
十四歳にして老いを感じるとか、どうなんだ。
自分にそんなツッコミを入れながらヨロヨロ歩く。
「兄さん、大丈夫?」
心配になったのか、千秋が振り向いて聞いてくる。
「……大丈夫ではないな。早くエアコンの効いた部屋に入りたい……。」
「もうすぐだから、頑張ろ!」
元気な弟の声に励まされながらのんびり歩く。
……やっぱり、夏は嫌いだ。冬も嫌いだけど。
「あぁ……なんとか着いた……クーラーって素晴らしい……!」
なんとか目的地である図書館に辿り着くと、自然とそんな声が出てしまった。
さて、早く要件を済ませて帰ろう。帰って冷麺でも作って食べたい気分だし。
「うわぁ!広いね〜!兄さん!」
「別にここに来るのも初めてじゃないだろ?」
「まあそうだけど、来る度にこういう反応はするべきかなと!」
「……いや、いらないと思うが…………。」
まあ確かにテンプレだけどさ、別に義務じゃないと思う。
あ、今のうちにちゃんと釘をさしておかないとな。
「……千秋、ほかの人に迷惑がかからないようにちゃんと静かにしろよ?」
「うん!わかった!」
「……その声がうるさい。もう少し小さな声で話す。いいな?」
「うん!わかった!」
「……はぁ。」
思わずそうため息をはいてしまう。
うちの弟は素直ないい子なのだが、どうも元気で素直すぎる。
まあ、元気なことは悪いことじゃないし、成長するにつれて、きっと社会のマナーやルールも学んでくれるだろ。
「兄さん!これ何?」
そう言いながらはしゃぎ回る弟を見て、ため息を吐く。
無理かもしれないなぁ……。あの子は一生あんな感じなのかもしれない……。
「千秋!図書館では静かにしろって言ってるだろ!」
そう大声を出して怒ると、図書館の貸出カウンターに座ってるお姉さんや、勉強中の学生にいっせいに睨まれた。
いや、怒るために大声出したんだしそのくらい許して欲しいんだけど……。
というか、千秋全く聞いてないっぽいし。
「はぁ……。すいません。」
そう言って頭を下げる。
理不尽なことこの上ない。
そう思いながらまた、ため息を吐いた。
「さて、千秋。」
なんとか千秋を椅子に座らせて、話を聞かせる。
「お前、今日ここに何をしに来たか、わかってるか?」
そう聞くと、千秋は元気いっぱいな笑顔で答えてくれる。
「うん!兄さんの本探しだよね!」
あれ?わかってたのか。
「そうそう。で、何の本だ?」
それがわかってないのかもしれないと思い、聞いてみる。
「……えーっと、ギ、ギネスブック?」
可愛く子首をかしげた千秋にチョップを食らわせる。
予想通りわかってなかったな。やっぱり。
というか今気がついたけど図書館に来てる時点で本探しってことはわかるよな。
「なんで叩くの!面白いんだよ?ギネスブック!」
「面白いことは認めるけど、ギネスブックじゃねぇよ。」
あれ、実は結構面白いんだよな。ギネスブック。どうでもいい世界一とか、逆に本当にすごいヤツとかあるし。
「ギリシャ神話だよ、ギリシャ神話。ちょっと調べ物のためにな。」
そう言うと、千秋は不思議そうな顔で見つめてくる。
「……北欧神話の方が面白くない?」
「面白い面白くないで探しに来たわけじゃねぇよ。ちょっと気になったことがあってな。」
「……気になったこと?」
だからその小首をかしげる動作やめろ。地味に可愛いから。あざといから。
「とりあえず探すぞ。普通に歩き回ったら見つかると思うし。」
「……結構広いよ?ここ。」
「二人で探せばそんな時間はかからないと思う。じゃ、探すぞ。」
「は〜い。三十分くらい経ったらこの席に集合で。」
「何かあったら携帯に電話な。」
「は〜い。」
……返事はいいが、不安だなぁ…。
この前だって、第一次世界大戦の資料を探してくれって言ったら、何故か図書館の歴史を持ってきたからな……。
余計なものを持ってきたらお仕置きだな。
そんなことを思いながら歩き回る。
「え〜っと、ギリシャ神話ギリシャ神話ギリシャ神話……、と。ああ、あった。」
つぶやきながら歩いていると、白い表紙に綺麗な星座が描かれたギリシャ神話の本のシリーズが見つかった。
「んー、とりあえず3巻ぐらいまで持っていくか。」
そう呟きつつ取り出す。
……意外と古いやつっぽいな。なんかところどころ汚れが目立つし。
「よし、とりあえず一旦戻るか。」
そう思って歩こうとしたら、つま先に何かが当たる感触がした。
「ん?なんだ?」
足元を見ると、綺麗な金色の指輪が落ちていた。
中心には、紫色の宝石が嵌っている。
「……店員さんに後で届けるか。」
そう呟いて、待ち合わせのテーブルに向けて歩き出した。
テーブルの近くまで行くと、ちょうど千秋も帰ってきたところだった。
「……千秋、お前それ、漫画だよな?」
「うん?ギリシャ神話を学ぶなら、「聖闘士〇矢」は外せないかな!と思って!」
……予想の斜め上を行きやがったよ、この子。
確かにギリシャ神話関連だけども。確かに俺の知りたい星座の知識も詰まってるけども。確かに面白いけども!
「確かに、チョイスは間違っちゃいないが……!」
突っ込みたい衝動を必死に抑える。
すごく叱りたいが、チョイスが間違っていない上に面白いから突っ込みづらい!
「……兄さん?どうしたの?」
心配そうに聞いてくる千秋。
「い、いや、何でもない。それより座ろうぜ、な?」
そう進めながら背中を押す。
「そんな、強引……!」とか変なことつぶやいてるけど気にしない。
バカなことを言うのはこの子のデフォルト設定だということは、12年間の付き合いでわかってる。
なんたって、唯一の肉親だしな。
「……兄さん?」
何故か不安げな目で千秋が見てくる。
「どうした?」
そう問い返すと、千秋は首を振り、「何でもない。」と返した。
テーブルに辿り着くと、一冊の本が置かれていた。
真っ黒な本で、表紙には星座が描かれている。
まるで、俺が持ってきた本と対になるように。
「なんだ、千秋。真面目な本も持ってきてたのか。」
千秋にそう言うと、千秋は笑って答える。
「そんなわけないじゃん!そんな芸のないこと、僕がするとでも?」
……うん、知ってた。
「んじゃ、誰が……?」
「兄さんが持ってきたんじゃないの?」
「いいや。」
首を横に振りつつ本を手に取る。
「誰か親切な人が置いていってくれたのか?」
「かもね〜。僕達うるさかったし、話が聞こえてたのかも。」
「誰のせいだと……」
そう言いながら本をパラリとめくる。
しかし、中身はすべて白紙だった。
「……手の込んだイタズラか?」
そう思って本を閉じようとした時、千秋がそれを止めた。
「待って、その本の最後のページ、何か書いてあるよ?」
そう言って俺の手から本を受け取る。
最後のページを開くと、そこには大量の文字が羅列していた。
「……なんて書いてあるんだ?」
「さあ……?」
不思議に思いながら、千秋が本を閉じた瞬間。
二人の視界は白く染まり、すぐに意識を失った。
そして世界から二人の存在が消えた。
後に残ったのは二人の持ってきた大量の本だけ。
黒い本も何処かへ消えてしまった。
初めましての方は初めまして、一兄@茄子推しです。
前作、『執事流異世界物語』から応援していただいている方、今作も応援していただければ幸いです。
さて、今作『蛇使いの偽勇者』は前作とは全く雰囲気の異なった作品となっています。
一応、前作の書き直しとなっていますが、もう別個の作品と思っていただいて構いません。
書き直すにいたり、今作はキャラクターの距離感に重点をおこうと思っています。
こんなへっぽこ作者ですが、応援していただければ幸いです。
最後になりましたが、この作品に興味を持ってくださったことに対して、深い感謝をさせていただきます。
更新ペースが遅れたりすることが多々あると思いますが、暖かく見守っていただければ幸いです。