エピローグ
とばっちり騒動の報告を終えた翌日、ヨシュアはティアラと並んでエルマを見送る。
「ヨシュアのこんな姿を見られるなんてね。これで、僕から言う事はなんにもなくなったな」
「なんだよ、それ。俺はまだまだ、いっぱいあるからな」
「へえ、例えば？」
「……こうやって、苦手を少しでも克服しようと思えるのはエルマのおかげだと思ってる。エルマが見放さないでいてくれたから、本当には女を拒絶しないで済んでるんだ。ありがとう、感謝してる」
「全く、ヨシュアはずるいな。そんな風に言われたら、今までの苦労も全部許したくなるだろ」
目元を赤くしたエルマは、優しい笑顔を残して帰って行った。
少しだけ誇らしい気持ちで見送ったヨシュアは、その足でファウストの元に向かう事にした。
「一応、現状維持の決意をしたって報告をしようかと思ってさ」
並んでついてくるティアラに、気を使って説明をしてやる。
「そんなの必要ないよ！」
妙に慌てたティアラが強く引き止めた。
「どうしてだよ」
「だって……」
俯いて黙ったっきりのティアラを辛抱強く待ってみれば、理由を告げずに謝った。
それ以上はだんまりなので、そのまま執務室を目指す。
執務室にはファウストとヘルマンが居るだけで、話がしたいと申し出ると、気を利かせて二人きりにしてくれた。
ティアラは入ってこないものの、外で待機しているつもりらしい。
「それで、話とはなんだ」
仕事の片手間に聞くつもりのファウストに関わらず、ヨシュアは決意に似合った凛々しい姿勢で立っていた。
「私はこの国に来て、自分が狭い世界にいたのだと思い知らされました。これからどうするかは未定ですが、もう少しウェイデルンセンで学びたいと考えています。勝手なのは重々承知していますが、ファウスト王、もうしばらくの滞在をお許し願えませんか」
もっと世界を広げたい、強く優しく変わりたいと、ヨシュアは心から願うようになっていた。
本来のヨシュアは、こういった真っ直ぐな性格をしている。
ところがだ。
「なんだ。お前は、まだそんな事を考えていたのか」
真剣な決意とは裏腹に、王からは明らかにバカにした口調が返ってきた。
「のんきな奴だな。叔母上がどうしてカミに会わせたと思ってる」
ここで無関係なカミが出てきて首を捻る。
「あれは国家機密だぞ。昔ならいざ知らず、この時代にアレを知られてみろ。大混乱だ。恐れてくれるならまだしも、オーヴェみたいな大国なら大手を振って退治しにやってくるかもしれん。それを知ったどころか、仲良く交流しているお前を簡単に手放すわけがないだろう」
「は？ いや、だって、王は反対なんですよね。契約だって、婚約だけだって……」
「もう諦めた。お前なら手を出す心配もないから、結婚を許可をしてやる。一生手を出さないという条件で、ティアラの専属護衛のつもりで養ってやるから安心して滞在するがいい」
「っはあ！？」
ヨシュアは懸命に考えた何もかもを木っ端微塵にされてしまった。
ぐらぐらする頭の中に、長い付き合いになりそうだと言っていたカミの言葉がぐるぐる巡る。
そんな中、とある思いつきがぽこっと浮かび上がった。
勢いよくドアを開ければ、ヘルマンと並んでティアラが待っている。
「ティアラ」
名前を呼んだだけなのに、ティアラはぎくりと体を強張らせた。
「お前、一時期、やたらとカミに会わせたがってたよな」
問い詰めると、そわそわと視線を泳ぎだす。
「やっぱり、全部わかってて会わせようとしてたんだな！」
「だから、さっき謝ったじゃない」
「はあ？！ 何が謝っただ！！」
「おい、ヨシュア。許したのは護衛としてだけだ。何、仲良くじゃれているんだ！」
廊下の騒ぎに、部屋から顔を出したファウストの怒鳴り声が飛んできた。
「うるさい！ なんでも勝手に決めやがって。そんな風にしてるなら、今にリオンに嫌われるからな」
ぶちキレたヨシュアには、王様が相手だろうと遠慮がなかった。
「そ、そんなわけあるか！」
ファウストはすぐに反論したものの、しっかりと動揺していた。
そんなやり取りの隙に逃げ出したティアラに気付いたヨシュアは、全速力で追いかける。
もはや、外面の存在はどこかに置き忘れてしまっている。
「あ、ヨシュア。って、え？ 何？？」
ヨシュアを探しに来たシモンは、真剣な形相で走る姿に驚いて、呆然と見送ってしまった。
全開になっている執務室を覗けば、頭を抱えてぶつぶつ言っている不気味なファウストがいる。
「どうしたんですか？」
シモンは一人平静なヘルマンに尋ねてみた。
「どうやら、ヨシュア殿は当分の間こちらに居てくださるようですよ」
的確に答えたヘルマンは、珍しく愉快に微笑んでいた。
おわり
