私と車
あの夏、彼氏が車を買ったというのでお披露目しに来ました。
コンパクトな見た目のツーシーターのオープンカーで、車に詳しくない私にも、その格好良さは伝わってきました。
思わず「乗りたい」と口から出てしまいましたが、彼氏は待ってましたとばかりに助手席のドアを開けます。
紳士然としたエスコートに、彼の育ちの良さを感じましたが、
いかんせん私が乗りたいと言ったのは運転してみたいという意味であったからして、
私は心の内で少々がっかりしてしまった事を覚えています。
さて、えいやと乗り込もうとした所で彼氏に遮られます。
何故と訝しむ私に、彼はこの車は土禁だと宣うのです。
それだけなら許せた。
しかし、「土禁土禁のドキンちゃんだよー」の余りに下らぬ洒落にキレた私は彼にアンパンチ。
ズドゴォォーン!!
そして彼は空高く吹っ飛ぶのであった。
ああっ、いけない私ったらまた!
先月にも彼氏をインド洋まで殴り飛ばして風邪をひかせたばかりというに!
また風邪をひかれては大変だ。
私は彼を追いかけるため、ツーシーターの運転席に乗り込んだ。
キュル…ドゥルルォン!
人馬一体、道ゆく者と称された、マツダが誇りし鉄馬のエンジンが唸りをあげる!
ボバババババ…!!
二速、三速、四速…
ギアを上げる毎に高まる高揚感!
オープンカーというのは風で速度をダイレクトに受信できる装置なのだ。もうたまらない!
レディオのチャンネルを回せば流れてくる馬の蹄と電子音、YMOのライディーンだ。
最高のコンディション。
私は時を忘れて車を走らせるのだ。
どれほど走ったであろうか?彼氏を追いかけ見知らぬ街を走っていたが、
やはり夜ともなると、この季節でも少々肌寒くもなる。
そろそろ何処かで晩食を頂こうと思うも、あれよあれよと車は山道に。
私は地図が読めないガールなので仕方ないと己を慰めていたその時。
ペカ!ペカ!
後続車のパッシング!
野郎、この私に勝負を挑むなんてな!
さしも峠はダウンヒル。ドライバーのテクが問われるシチュエーション。
私に土地勘はない。相手は羊の皮をかぶった狼、空の軌跡ハコスカ!
いいね、最高のコンディションだ!
ド ド ド ド ボボォーン!
アツい夜になりそうだぜ!!
ワアアアアアアアア!!
峠の終わり、深夜というに多くのギャラリーで湧く中、私は狼より鼻一つ差で先にゴールした!
「やれやれ、見ない車だと思って勝負したら、とんだ化け物だったぜ」
相手ドライバーが降りてきた。
私も車から降りた。
「お世辞でも嬉しいわ。貴方もなかなかいい腕してるわね」
「おや、こいつぁ驚いた!
まさかロードスターの運転してたのが、こんな可愛いお嬢さんだったなんてな」
「まあっ、よく見たら貴方ってイケメン!」
これがパパとの出会いだったのよ。
私と旦那との馴れ初め話に娘はキャッキャと素敵だねと喜んでいる。
車は人だけを乗せて走るんじゃない。
運命も一緒に運んでくるのよ。
ちなみに最初の彼氏はオホーツク海で風邪をひいたらしい。
完




