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不安全



大学を中退して何年かプラプラしていた俺だが、何とか就職に漕ぎ着ける事ができた。

入社して半年、まだまだ分からない事は多い。


例えば今、朝の朝礼で工場長が取引先の名前や材料の原価なんて話してくれているけれど、

半分くらい意味が分からないから聞き流している。


そして、何より意味がわからないのが…


「さて、諸君の頑張りのおかげで上半期も無事に乗り越えられた。

したがって特に社に貢献してくれた者に安全ピンの贈呈を行う」


そうコレ。でたよ安全ピン…。

「おお…!」「今回こそ俺が!」「待ってました!」

もりあがる労働者達。


思えば、面接の時からちょっとおかしかった。

「大学中退してからの三年間は何を?」「趣味は何ですか?」「当社の志望動機は?」

「安全ピンは好きかね?」「好きな安全ピンは?」

「安全ピンで一句読んで」


まあ全部無難に答えてしまったため、俺はここに居るのだろう。

いや仕事にあまり不満はない。人間関係も付かず離れずで居心地いい。思いのほか力仕事だが、作業自体は単純でさほど頭を使わなくて済む。でも、ぶっちゃけ安全ピンのノリは付いていけない。


「木浜君、君の提案した作業ライン効率化により、時間生産数が2%も上昇した。素晴らしいことだ。

安全ピンを受け取りなさい」


「わっ、安全ピン四つも!?あ、ああああありがとうございます!!」


この春、念願のマイホームを建てて絶好調の木浜先輩が安全ピンを受け取った。

木浜先輩は社内でも上位の安全ピン保持者で、マイホームは安全ピン御殿なんて呼ばれたりしている。

意味がわからない。


安全ピンを手にした木浜先輩に、周りは拍手で祝いつつ、その目には嫉妬と妬みが隠せずにいる者ばかりだ。

そんなに羨ましけりゃ百均行って買えばいいだろうが。お前ら引くわ。


「それでは朝礼を終わる!では始業確認!

手洗い!」

「「「良し!」」」


「マスク!」

「「「良し!」」」


「機械運転準備!」

「「「良し!」」」


「安全ピン!」

「「「良し!」」」


「各自配置に付け!」

「「「良し!」」」



ベルトコンベアーから流れてくるコンセント穴のカバーケース。

このラインでのメイン製品目だ。

どう考えても安全ピン関係ねえよ。


工場では12本のラインが稼働して、それぞれ別の製品を作っているが、もちろん全部安全ピンとは無関係である。何がしたいんだこの会社は…?



「君はまだ入社して半年だったか。いつか安全ピンを貰えばその価値もわかるだろうよ」


昼休憩、タバコをふかしながら木浜先輩はそう言ってくれた。


ごめん先輩、その時が来ても理解できない自信ある。



午後、ベルト周りの機械が調子悪い気がして、ベテランの矢田部さんに見てもらった。


「よく気付いたな。うん、うん。これくらいならワシでも直せるの。

おい若いの、ちょい整備室からスパナとモンキーな。あとライン長に言って修理用の安全ピン借りてこい」


なるほど、どうやら安全ピンは機械整備に必要だったのか。

安全ピンが重要な仕事道具なら皆があれほど有り難がるのもわかる。ごめん嘘やっぱわかんねえ。



ひとっ走りして矢田部さんに工具と安全ピンを渡す。

矢田部さんは安全ピンに手を合わせて祈り、工具を使って普通に直した。

おい安全ピン使えよ!


はたで見てた木浜先輩は、矢田部さんの手際の良さと安全ピンに感心していた。

「やっぱ矢田部さんのお祈りスゲーな。安全ピンの事知り尽くしてなきゃ、こうも素早く修理なんて出来ねえ」


ねえそれマジで言ってんの?ねえ?


「整備班の奴ら点検を怠りよって。ネジが緩んでたわい。

機械は常に正常に動作するようにしとかなきゃイカン。

指を詰めたりはまだ良いが、万一にも安全ピンが巻き込まれて潰れてしまったら一大事じゃからな」


それ逆じゃね?


なのに矢田部さんの言葉に木浜さんや工場長、うんうんと深く頷く。


壁に目をやれば既に見慣れた『安全ピン第一』の大きな看板。

なるほどね。どうやらここでは、安全ピンは人の命よりも重いらしい。



意味がわからない。




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