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でぃんぐ どんぐ



目が覚めると、床一面に青い世界だった。


現実離れした風景に、まだ夢の中かしらと頬をつねる。痛い。

どうやら夢じゃないらしい。


つまり、部屋一面にプラレールが敷かれていた…。



「どうなってんだコレ…?」


文字通り、足の踏み場も無く敷き詰められたレール。安全地帯は自分が寝ていたベッドの上だけといった有様だ。



ガタンッ、と音がした方に目を向けると、

部屋の入り口で段ボールを落とした妹が、まるでプラレールのように顔面蒼白で立ち尽くしていた。



「お、おにいちゃ…ん。起きちゃったんだ……」



「これは、お前がやったのか?」



「ごめんねごめんね!ごめんねお兄ちゃん!

お兄ちゃんが起きる前に片付けするつもりだったの!」



「うん。何でわざわざ俺の部屋で展開する?

自分の部屋でやればいいのに」



「だ、だって…!お兄ちゃん、大学に入ってから私にあんまり構ってくれないじゃない」


拗ねたように頬を膨らます妹。

確かに、最近は大学が忙しく、まともに家族とも会話できていなかったように思う。

そういった妹の淋しさに気付けなかった、これは兄である自分の落ち度であろう。



「だからって、なんでプラレール?」



「プラレールよりNゲージのほうが良かった?」


そういう問題じゃない。


「別にここまでしなくたって、普通に遊びに誘ってくれればいいだろ?」



「言えば遊んでくれたの?嘘だよ…。今日だって日曜なのに、研究だとか言って大学に行くつもりでしょ?

それにお兄ちゃん気付いてないかもしれないけど、

お兄ちゃんとプラレールの組み合わせは最ッ高なんだよ!?

部屋一面のプラレール!立ち尽くすお兄ちゃん!ここで鉄道玩具を走らせる事を想像するだけで我が情熱(パッション)はもう…!もう…!!…んッ!」



恍惚の表情で言いながら自らの身体を抱き締め、くねらせる妹。


天国の母さん、ごめん。いつの間にか妹の性癖が変な方向にイっちゃてるみたいだよ…。



「とにかく、だ。もう気は済んだだろ?早く片付けてくれよ?」



「駄目だよ…。それは駄目、お兄ちゃん。まだ電車も走らせてないのに、片付けなんて出来ない!!」



「そうかい!ならプラレールの上を歩いて部屋から出てやる!」



「あはは!…出来るかなァ?」



「なんだと?」



「スリッパもない素足の状態で!プラレールの上を歩くぅ?

痛いよぉーぅ?絶対やめた方がいいよぉー??」



策士め…!!


ちくしょう!どうすればいい……そうだ!

確か教授が講義でこの前言っていた!

『いいかい?シュレディンガー博士は、量子力学の欠陥を浮き彫りにするためにある思想実験を提唱した。

これが有名なシュレディンガーの猫だね。

つまりプラレールを手で外しながら外に出ればいいんじゃね?』


なるほどありがとう教授!


「さーて、じゃあプラレールを分解してやるか!!」



「えっ!?なんでお兄ちゃん?

なんで…そんな非道いこと言う…の……?」


ポロ ポロ


妹の瞳から涙が溢れていた。

思わずプラレールを外そうと伸ばした手が止まる。が、

いや待てしかし!おかしいやん。これ絶対妹のほうがおかしいよね?

俺悪くないよね?そだよね?



「くくきききゃ!!一瞬でも迷ったなお兄ちゃん!隙アリぃ!!」


ウィィーン…!

遂に電車を走らせる妹!

だがそれがどうした!こんな線路解体してやんぜ!!



「い い の か な ?」


「何がだ?」


「お兄ちゃんがプラレールを外したら、この電車は脱線しちゃうよ?

乗客の人が大変…だよ?」



「人質だとぉ!?くっ!冷静になれ俺!しょせんはオモチャ、中の人などいない!

プラレールを外す!外すんだ俺ぇー!!」



「…操縦手は良守敬一、小さい頃から電車の運転手になるのが夢で、今日はやっと念願の夢が叶い初運行。


乗客の鈴本恵子、結婚し六年。もともと子供が出来にくい体質であったが、このたびめでたく懐妊。里帰りのためこの電車を利用する。


乗客の遠山健三。見に覚えのない借金からタコ部屋生活を強要され、遂には脱走。辛い思い出ばかりの故郷を捨て、先行きの目処はないが新天地を夢見るその顔は晴れやかだ。


乗客の伊東太郎。何でも願いが叶うという伝説の宝珠。

それを巡って繰り広げられる格闘大会に参加するため電車に乗り込む。宝珠には興味がない。彼の目的は、天獄点厳流こそ最強と天下に知らしめること!


乗客の藤巻サキ。遅刻しそうだったからダッシュで乗車。(駆け込み乗車はおやめください)。

もともと汗っかきで走ったものだから濡れ透け…ゴクリ。


乗客の……」



「うわあああああああヤメロぉぉおおおおー!!?!

くそ!くそ!俺がプラレールを外せば、彼らを危険に晒してしまう!

そんなの出来ない!出来ないよ!?

おのれ、そこまで設定を練り込むなんて、やり方が汚ないぞ!」



「そうよ。私は穢い女なの…。ごめんね。

こんな妹で、お兄ちゃんごめんね。ごめんね…」


「………」



妹は、ごめんごめんと泣きながらも、段ボールから次々と電車を取り出し走らせた。




結局、この日は大学に行くのを諦め、

一日中妹とプラレールで遊ぶことになってしまった。


楽しかった。





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