天才の不在証明
「さて、そろそろこの目隠しを解いてくれると嬉しいのだがね」
彼、モズライズ博士は、そこに居るであろう誘拐犯に語りかけた。
手足を拘束され椅子に縛られた状態だ。
視覚くらいは自由にしていたいのだろう。
「いいや駄目だ。俺の顔を見られる訳にはいかねえからな」
「くっくっくっ、ならば君が覆面でも被れば済む話だろう。
それに、ボイスチェンジャーを使ってないのは注意不足だな。その声帯で君の容姿の大体は想像できる。どれ、嘘だと思うなら紙とペンを貸しなさい。
目隠ししたまま君の似顔絵を描いてあげよう。おや、手を縛られていては描く事もままならんか。残念残念」
似顔絵に興味を持った誘拐犯は、危うく紐を解いてしまう所であった。
状況は誘拐犯に分がある筈だが、気付けば手玉に取られている。
やはり本当に天才なのか。
誘拐犯はモズライズ博士の輝かしい頭脳に、関心と期待を抑えきれずにいた。
「まあいい。博士、確かにあんたの言うとおりだな。
目隠しは取ってやる」
ハラリと露わになるモズライズ博士の双眼。
齢60にして、その瞳はあらゆる真理を曝け出さんと言うがごとく、ギラリと光っていた。
「ふむ。物わかりがいい人間は嫌いじゃない。うちの生徒より見込みがある誘拐犯だ」
「はん、どこの生徒やら」
量子力学、心理学、医学、宇宙工学、経済学、海洋学…その他エトセトラエトセトラ。
あらゆるジャンルで多大な功績を収め、様々な講演や教室を受け持つ博士。
そこの生徒より自分が見込みがあるなど、笑えないお世辞もあったものだ。
「俺は凡人だよ。あんたみてえな天才からすりゃ周りは皆バカに見えるだろうがよ」
「おやおや、天才と呼ばれて50年近いが、未だにその呼ばれ方はこそばゆくて慣れんなあ。
ただ、自己の能力を謙遜し、低く表現するのは失礼に当たる場合もあろう。
いかにも、私モズライズは天才である。
そして君は、見た限り確かに凡人だ。バカではない。
この世には三種類の人間がいるのだと私は考えている。天才と、凡人と、バカだ。
天才は自身が天才と自覚し、凡人は己をバカと勘違いする。
バカは愚かにも自分は天才だとのたまう。
その点、凡人の君は己を正しく理解しているね。うむ、興味深い」
「俺の話はどうでもいい。要は、あんたが本当に天才であるか否かだ」
「ほう、やけにこだわるな?理由を聞いても?」
「ああ…そうだな。なあ博士。《作中に登場する天才キャラは、作者より頭が良くはなれない》って話は知っているか?」
「無論だ。なぜ作者より天才になれないか…説明は、まあ不要だろう」
「そうだな。それで…俺が言いたいのは、この…この短編集書いてる午前深夜って作者は、もしかして馬鹿なんじゃねえかって事なんだ!!」
「ほほうっ!」
モズライズ博士は、まさか誘拐犯から、このような興味深く愉快な疑問が提示された事に目を輝かせる。
「今までは、さ…。コメディーだから、だから、あえてこう、アタマ悪そうな文章を垂れ流してんだと思ってた…!
でも、もし!もしもだ!
本当に馬鹿だからアタマ悪い文章しか書けないとしたら…!
現に馬鹿だからこうしてメタネタに逃げてんじゃないかって!!?
もしそうだとしたら。あんまりにも…やり切れねえ……」
「なるほど成る程!つまり私が天才だと証明できれば君の目的は達成される訳だ!」
「証明出来なければ、俺らは皆すべからくバカって事になっちまうがな」
「くははは、安心したまえ。君の目の前にいるこの老人こそ、今世紀最大の天才、モズライズ=グランゼフその人よ!」
「よっしゃあ!じゃあ行くぜぁあああああー!」
パチン パチン パチン
ガシーン ガショーン
薄暗い部屋に照明が灯され、
博士を縛り付けていた椅子は変型し早押しクイズ台となった!
そしていつの間にか手足の拘束も解けてるゥ!
ワアアアアアアアア!!
沸き起こる会場2000人のオーディエンスの歓声!
マイクを手にした誘拐犯が叫ぶ!
「それでは問題だ!7×3=?!」
ピコポーン!即座に回答ボタンを早押す博士!
「さんしち…だから21!!」
「正解!!」
『すげえ…!九九の中でも取り分け難しい七の段を一瞬で…!』
『いや、博士は簡単な三の段に置き換えて計算していたぞ!
なんて柔軟な発想力!』
『やはり天才か…!』
どよめく観客達に見守られながら、博士は次々と九九問題を正解していく!
「ふん、九九程度、この脳細胞にしかと刻み込んでおるわ。
もっと難しい問題でなければ私を天才と証明できんぞ?」
「くっ!ならば!!」
誘拐犯と博士のクイズ合戦は俄然熱を帯びる!
「いい国つくろー?」
「鎌倉幕府!」ピコポーン
「なくようぐいす?」
「平安京!」ピコポーン
「隣の客は?」
「よく柿食う客だ!」ピコポーン
「急がば?」
「まわれ!」ピコポーン
「あずきちゃんの声優は?」
「ゆ か な !」ピコポーン
「はあ…はあ…流石モズライズ博士…全問正解(多分)だ…!」
「これで気は済んだかな?」
「ああ。アンタは天才で、俺は凡人で、午前深夜は天才だ。間違いない!」
照れるぜ!
博士を乗せた車が道路を走る。
行きと違って帰りは博士に目隠しも拘束もない。
「すまねえな。変な事に付き合わせちまって」
「なに構わんよ。強引な手段は感心せんが、興味深い実験であったのは確かじゃ。
私は君を気に入った。どうだ、本当に私の生徒になる気はないか?」
「それは願っても無いが、いや、学費が高そうだ。遠慮しとこう」
「そんなの免除じゃ免除。君のような男を凡人のまま埋もれさせるのは社会の損失になる。
どれ、では早速に授業をするとしよう。
今、時速70kmで走るこの車。行きは三時間くらいかかったな。
帰りもそのくらいとして、さあっ、私を誘拐した大学からあのクイズ会場まで、距離は何kmあるか?」
「ふふ、これじゃあさっきと立場が逆だぜ。
ええと、速さ掛ける時間だから…70掛ける3…??」
「コツはな。はじめに7×3をして、その後に10を掛けることだ。
だから正解は240km」
「やっぱアンタは天才だ!」
車は走る。
乗っているのは天才か凡人か、それとも果たして?
おしまい




