榊さんは魔女である
榊さんは魔女である。
榊さんは、この穴倉アパート206号室の住人である。
人呼んで206号室の魔女である。
なんの捻りもない上にダセぇ。
僕は205号室だから、つまり隣人である。
榊さんは事あるごとに僕の部屋に遊びに来るのだが、僕にもプライベートという物があるんだ。
そう度々相手はしてらんない。
ピンポン ピンポーン
とインターホンが鳴るが、無視である。
十中八九榊さんに間違いないのである。
「お邪魔するよー」
台所から聞こえる声。彼女は魔法で壁抜けしてきたのである。
不法侵入も甚だしいが、残念ながら法の鎖は榊さんを縛るには脆弱すぎるのである。
国家権力すら裸足で逃げ出す恐ろしい魔女なのだ。
でも大丈夫。
こんな事もあろうかと、部屋の四隅に塩を盛っておいたのである。
「ちょっ!?ああ!塩なんて盛ってからに!これじゃ入れないわ!
おいコラ居るのはわかってんだ!部屋の戸を開けてお姉さんの相手をしなさーい!」
塩の効果は抜群だ。もう魔女というより悪霊の類じゃないかしら?
「開けてくれたら内臓いくつかと引き換えに私のおっぱい揉んでいいぞー?」
榊さんの貧乳では割りに合わないのである。
「君の持ってる冬目景の全画集と引き換えに、私の鎖骨に注いだ牛乳をストローで飲んでもいいぞー?」
画集はやらねえよ!
「じゃあ出血大サービスだ!魂と引き換えに私の黒パンスト脚に練乳塗りたくってもいいぞー?」
…ぅおっとぉ?!
いかんいかん、危うく戸を開けてしまう所だった…。
ここは我慢である。
こんな事で魂抜かれたら、末代までの笑い種である。
ここは血の涙を流し耐えるしかないのである。
いや待て、本当にそうなのだろうか?
榊さんの美脚黒パンスト脚に練乳を塗りたくれるかも知れない、千載一遇の大チャンスである。
黒脚に白き練乳は、さぞ美しく映えるに違いない。
スリスリと、膝裏には塗り込むように、爪先は浸すように、ああっ!
こうして書くと、食べ物を無駄にするなと訝しむ方もいるかも知れない、が、
無駄にするつもりは無い!
練乳は飲み物……あとは分かるな?
思えば黒パンスト脚に練乳を塗りたくりたいだけで生きてきた人生だった。
その夢が叶うか否かの瀬戸際…分水領!
優しい両親、温かなご近所さん、可愛い義妹、眼鏡の幼馴染、
巨乳な先輩、えっちな後輩、ヤンデレ生徒会長、やらしい女教師、高度にサイボーグ化された多脚多腕式園芸部部長、
淫乱な風紀委員、三千円で耳舐めしてくれるメイドさん、スベスベマンジュウガニ、
異世界から来た官能姫、未来から来た殺人マシーン、露出癖の転校生、恥ずかしがり屋なサキュバス、
僕の大切な人達の顔が走馬灯のように浮かんでは消える。
榊さんに魂を差し出せば、みんなと永遠にお別れになる。
それでも榊さんの黒パンスト脚に練乳を塗りたくる価値はあるのだろうか?
あるに決まっているのである!
「いらっしゃい榊さん!さあっ僕の魂を持っていき給へ!」
ガラガラガラー!
僕は塩を取り払い戸を開けた。
「ん?やだやだ冗談に決まってるじゃーん。なにマジになってんのー?
やっぱり君は面白いや」
え……?
冗談……?
そんな……そんな………
うわああああああああああああああああ?!!?!?
ショックのあまり僕は遂に、自身に刻印されていた禁呪文[ヨシハル]の封印を解除してしまった!
「ヨシハルの封印が?!ダメよ…その呪文だけは!?発動する…!!?」
ヨシハル。それは300年前の魔術師であった僕の先祖が一族に刻んだ禁呪文。
『羽生名人の名前を【善治】だと思ってる全ての者を、同質量の二酸化炭素に変える魔法』である。
発動すれば、日本にでっかいオゾンホールが形成されること間違いなしである。
「どうしよう…!こんな大呪文のキャンセルなんて私じゃあ…」
「いや、これは魔女である榊さんにしか解除できない。
うぐぐ…よ、よく聞いて…。まず…は…そこにあるバニーガール衣装に着替えて下さい…!」
「ど、どうしてバニー衣装なんかが…?」
僕が着るためだが、今は説明している時間が惜しい。
衣装は魔法素材でできているから、男女構わずフィットする筈だ。若干キツめにフィットする筈だ。
そのちょっとキツめなのが、こう、ね?
いいのである。
「早く!」
「わかったわ……これでいい?」
おお…榊さんのバニーガールである。
眼福である。
「それから、はぁ…はぁ…、タオルを水で濡らして僕を叩いて下さい!」
「わわ、わかったわ。……こうかしら?」
ぺしん、ぺしん、
「ダメだ榊さん!もっと強くッ!!」
「は、はい!」
ペシィーッン!バチィィーン!!
「その調子です!罵りながら叩いて頂けると更にGOODです!」
「へ…変態!変態!女装趣味でドMで脚フェチの度し難い変態ッ!!」
バチコォーン!ベチコォーン!
「んくぅぅううう!!!ふぁああああああああ〜!!!!」
こうして、僕らはヨシハルの解除に成功し、日本は紫外線の脅威から免れた。
しかし、僕ら人間が環境を蔑ろにすれば、オゾンホールの危険は常に隣り合わせだ。
一度開いたオゾンの穴は、簡単に閉じてはくれない。将棋のように一手一手丁寧に、人類みんなで地球のこと、環境のこと、考えていかなくちゃいけないのである。
でも、
今はただ、榊さんに濡れタオルで殴られる気持ち良さに溺れていたい…。
榊さんは魔女である。
かくいう僕はマゾである。
めでたしめでたし




