チャイニーズレストランシンドローム
「いっけなーい遅刻遅刻ゥー!
そう言って朝食の蚕の蛹炒めを頬張りながら走る私の名前はマチ子!起きたら十時半だったのマジやべえ!
なにがヤバイって蚕の蛹炒め、結構美味しい。さすが中国四千年の中華料理、なんでも美味しく調理しやがるわ。感動するわムッシャムシャ!
普段遅刻なんてしない私だから、きっと今頃友人のトカミとアキラも心配しているに違いない!
きっとこんな感じで心配してると思うの!以外妄想!
トカミ:マチ子の奴まだ来てないのか。病気じゃなければいいんだけど…。
アキラ:心配ですわね。なまら心配ですわ。
トカミ:ああ心配だ!心配しすぎてお腹が減って来た!
アキラ:しからば!授業をサボって食堂に行きませんこと?
トカミ:よしきた!
ああっ、なんといふ事かしら!私が遅刻しているばかりに、親友の二人に授業をサボらせてしまったのか!?
これはいかん、いかんぞ!
そもそもこいつら食堂で何を食うつもりなんだ?
ウチの高校の食堂は銭の足しになるならば、授業中だろうと平気で料理を提供する猛者と呼ぶべき調理人集団…!
まずはアキラは分かる。彼女は親から昼ご飯代として、おこずかいとは別に毎朝500円貰えるという、破格の羨ましい家庭環境の持ち主だ。
十中八九、いつものように特食(480円)を注文するだろう。
特食とは特別メニュー、要するに日替わりメニューである。
うどん、ラーメン、カレー、アキラはそんな在り来たりの安メニューを並べる奴らの隣で、これ見よがしに特食を食べるのが至福なのだとのたまっていた!
私だって財布と相談して、月に数回食べれたらいい具合なのに、だのに!アキラときたら毎回特食なんだ!!なんだよ畜生!これが格差社会ってぇ奴なのかい!?
もういい!アキラのばかっ!もう知らない!
さーて次はトカミのオーダーだが、ふふふ。
私を舐めてもらっては困る。
知っているのだよ!彼女のおこずかい支給日が毎月25日だと!
トカミはまさしく昨日言っていた!
昨日のトカミ:あー…おこずかい前でお金がナッシングブルースだよぉー。
ってな!だから、だ!
だからマチ子の注文を予想するなんて朝飯前!蚕の蛹炒め前だわさ!
まずはライス大(160円)、トッピングにふりかけ(10円)、おかずとしてコロッケ(50円)。
この三点セット220円で構成される、誰が呼んだか貧乏丼!
味は二の次、量こそ全て!腹ペコ男子生徒と大食らい系女子アキラに絶大な支持を集める外道メニューがここに!
まずはライスにふりかけを振り掛けゆ!次に上からコロッケどぱーん!
惜しげも無くソースをダッパーンプ!(俺の行く末ひそかに暗示する人ハニー!)
ソースでひたひたになったコロッケを、ぐしぐしと潰しライスと馴染ませ……一気に掻き込む!
くぅぅぅうぅ〜!たまんねえ!
はぁ…はぁ…おこずかい前で金がないのはアタイも同じさ。今日は私も貧乏丼にすっかね!
ん?なんだいなんだい?食堂で食ってる二人に忍び寄る怪しい影……ヤッベエ!
学年主任の森脇じゃねえか!?
森脇:授業をサボって早飯とは、いい御身分だなあ?
トカミ:げえ!森脇ティーチャー!?
アキラ:お願いします見逃して下さい!先生っ!ねえ先生っ!でも先生っ!いいじゃないですか!
だって…午前深夜の短編集、ついに2000PVと1000ユニーク達成したんですから!
トカミ:そうだそうだ!それに、ブックマだって二件!二件だぜ!?二件もだぜ!!
こんな目出度い時におちおち授業なんてやって蘭ネーチャンだ!
森脇:そうか、ならばその輝かしい思い出を胸に逝け!業火灼熱陣!!
ゴアアアアアアアア!!
ああっいけない!森脇の十八番、火炎系上級魔法だ!!
トカミ:なんて熱量だ!?
森脇:スミクズにしてやる!!
ドガアアアーン!!
アキラ:キャアアアアア!?
トカミ:大丈夫かアキラ!?
アキラ:ええ、下にスク水を着込んでいたお陰で、スミクズにならずに済みましたわ!
トカミ:だけれども、これじゃあ防戦一方だ。くっ、こんな時にマチ子の奴がいてくれたら…!
森脇:マチ子?ほほう、おい友達が読んでいるぞ。出てきなさい。
森脇に呼ばれ物陰から出てきたのは…
ばかな!そ、そんな…私!?
マチ子:心配かけてごめんね。さあ私が来たことだし、皆で授業に戻りませう!
トカミ:なんだよ来てたのかよマチ子ー!
アキラ:仕方ない人ですねマチ子さん。
ま…待って二人とも!ソイツは違う!本物の私はココよ!
マチ子(くくく…無駄だよォ?)
なんだとぅぉー!
マチ子:貴様はそこで指を咥えてるがいいさ。
私が、私こそがマチ子になる!そう、貴様が私の妄想になるのだよ!!
これから貴様は在りし日の記憶だけを懐かしむ存在へと成り果てるのさ!
過去を懐古するだけの存在…蚕の蛹炒めだけになァ!!
トカミ:遅刻するマチ子なんてもう要らない。これからは彼女こそマチ子よ。
アキラ:蚕の蛹炒めなんてグロいもの食べるマチ子なんて、マチ子じゃない!!
森脇:はっはあ!結論は出たな!さあ覚悟せよマチ子だった存在よ!
存在変換炎熱波ァァー!!
ブゴアアアアアアー!!
うわああああああ!!?蚕になるゥゥウー!!?!?
?:…やめろよ。
バシュウン!
はっ!?蚕化がキャンセルされた!貴方は一体!?
?:今しがた曲がり角で君とぶつかった者だ。
君はぶつかったと気付いてなかったが、なるほど、どうやら良くない妄想をしていたのが原因のようだね。
マチ子:どうやって妄想に入り込んだか知らないけど、この世界で私に勝てると思うなよ!!
さあ行けお前たち!
トカミ:キーッ!
アキラ:キーッ!
森脇:キーッ!
ブワッ!三人がかりで彼に遅いかかる!
ああっ危ない!?
?:青椒肉絲!!!
ドゴォォー!!
見えない壁に弾かれたように吹っ飛び爆散する三人!
マチ子:そんな!?貴様、一体どんな手品を使った!
?:簡単さ。彼女は今、蚕の蛹炒めを食べながら妄想している。
ならば、他の中華料理を彼女の口に詰め込めば、自ずと貴様らは弱体化するんだよ!
そういえば、口の中にチンジャオロースの美味しさが広がっている…!
うわあ、チンジャオロースまじ旨え!
?:やれやれ、せっかくの朝飯が食べられちまったよ。
え、この人チンジャオロース食べながら外をほっつき歩いてたのん?
あっちゃー…やっべえ、イタい人だコイツ!
?:アンタだけには言われたくねえよ!
マチ子:話は終わったか?それでは、我も本気を出そうぞ!!
バサァアー!
マチ子の背から翅が現れ、顔は蛾のように変化した!
?:ようやく本性を現したな!人の心に巣食う蚕の妖怪め!!
マチ子:ニンゲン風情が!もはや形振りは構ってられん。貴様らごとこの世界を破壊してやる!!
?:僕が何も対策もせずにいるとでも?
…はあ。やっと着いた。
着いた?一体何処に?
?:ふふ、僕はね。妄想に囚われた君をずっと運んでたんだよ。何処にだと思う?
マチ子:ま…まさか貴様!!?
?:そう、学校の食堂さ!!
バアアーッッン!
食堂の扉が勢いよく開かれ、そこには見知った顔達が!
真トカミ:お待たせ!
真アキラ:私達が来たからにはもう安心ですわよ!
真森脇:全く、手のかかる生徒だぜ。
真ガブリエル:デリートする…!
真食堂のおばちゃん:さあさ!料理はアタイらが作るから、さっさとその娘に食わせてやんな!
一同:応ッッ!!
すごい…!口の中に次々と中国四千年の歴史が料理という形で刻まれてゆく…!
ホイコーロー、ギョウザ、シューマイ、ラーメン、卵スープ、肉まん、チャーハン、北京ダック、冷やし中華、麻婆豆腐、エビチリ、酢豚…おいパイナップル入れんな?!
マチ子:うぐっ!がっ!カハッ?!
あああああああ頭が割れそうだあああああああ!!?!
?:思い知ったか!これに懲りたら、もう悪さはやめるんだな!
マチ子:ギギギギ…!
いいだろう。ここは貴様らニンゲンに勝ちを譲ってやる…。
だが覚えておけ!お前らが蚕の蛹炒めを食べる時、すぐに第二第三の我が現れようぞ!!!
バッサバッサ!
蚕の妖怪は、そう捨て台詞を残して飛び去った。
やった…。勝ったんだわ私達!!
ありがとう皆!特にあなた、えっと…
?:ああ。僕は転校生の柳川だ。今日転校するはずが、遅刻して君とぶつかったのさ。
そうだったの。あ、ありがとうね。柳川君…!
真トカミ:なになに〜?早くもカップル成立かな〜?
真アキラ:マチ子さん、私がいながら浮気ですか!?
真森脇:こらこら、先生の前で不順異性交際かぁ?ヒューヒュー!
真三国無双:お主こそ一騎当千の猛将よ!
も!もーう!やめてよ皆!
柳川:ったく、誰がこんな蚕の蛹炒め女なんかと…
なにオぅ!?このチンジャオロース男!
柳川:ああん?!
わいのわいのガヤガヤと盛り上がり、ひと段落した頃。
さて、そろそろ現実に戻りますかね。
妄想もいいけど、耽りすぎは良くないって、今回の件で流石に懲りたわ。
私を思ってくれる人達がこんなにも居るんだから、やっぱり現実は素晴らしいのだ。
私は意識を持ち上げ、この妄想世界にサヨナラを告げた」
食堂のおばちゃん「おはよう。料理代、全部で一万五千円ね」
やっぱ現実ってクソだわ。
完




