仇討ち峠
夕刻迫る峠道、一人の侍が歩みを進めていた。
日が沈む前には次の宿場町に着いておきたい。
知らずに焦り急ぎ足になっていたためか、らしくもない。
後を付ける者の存在に気付かずにいた。
「もし、そこな侍よ待たれぃ」
話しかけられて初めて付け狙われていたと知る。
男はまだ若い、町の職人といった風のいで立ちに、腰に差した小太刀だけが異様に見える。
「名浪藩が剣術指南役、牧田恵乃介で相違ないな?」
男は侍の名を知っていた。
立場上、恨みを買うことも少なからずある。
関わるは得策では無いと、
上手くはぐらかすため嘘を言うとする。
「はてな、人違いでござろう。先を急ぐゆえ失礼」
嘘は好かぬが、しかしこれも無闇な殺生を避けるためだ。仏様も許してくれよう。
が、男は小太刀を構え問答無用な佇まい。その目の奥にはギラッと怖ろしい光が宿っていた。
やれやれ、逢魔が時に合うは人であったか。
これならば妖の類のが、まだ気が楽であったわ。
男の尋常ならざる気迫に、ようやく只者でないと察した侍は、刀を抜き問う。
「いかにも、拙者が牧田恵乃介である。男よ、差し当たり仇討ちと見受けるが、
よければ理由くらい教えてもらえぬか?」
「やはり憶えてないか。侍とて何もわからず斬られるのは本望ではなかろう。
せめてもの慈悲だ。冥土の土産とするがいい」
そして男は語り出した。
あの、三年前に起こった惨劇を…!
三年前
「らっしゃーせえー!」
男は寿司屋でアルバイトをしていた。
時給は670円と低く、その日もバイトだりー超だりーと思いながら接客に励んでいた。
そして今しがた入店してきた者こそ、何を隠そう三年前の牧田その人である。
「こちらメニューになりやぁーっす!
注文決まりやーっしたらこちらーボタン押しっしゃーっす!」
「うむ。江戸に来たらば寿司を食うべしと若も言っておられたが、どれ、何がいいか……。
ほう、鍋焼きうどんか。これも一興よな」
ピコーン!
「鍋焼きうどんをいただこう」
「あざーっす!」
厨房に戻り男は慌てて親方を呼び止める。
「っべー!マジやべーっすよ親方ァ!
鍋焼きうどん注文入っちまいやしたぜ!?」
「馬鹿野郎が。メニューに書いちまってんだ。いつかこんな日が来るって覚悟はできてらぁ!そら、はやく鍋焼きうどんを作りやがれ!」
男は手早く鍋焼きうどんを作り、親方の前に置く。
ぐつぐつと煮立ち湯気をあげる鍋焼きうどん。
熱で周りが揺らぐ様ときたら、そこだけ時空が歪んでいると言ったほうが信じてしまう程だ。
親方は袖を捲り上げ、二度、三度、深呼吸ののち呟く。
「よし…、じゃあ『握る』か…!」
ここは寿司屋、いかなる理由であろうと握り以外は認めない。
もはや意地だ。プライドだ。握れるならばプリンすらも握ってみせると豪語する親方の右手が、鍋焼きうどんにズボォー!!
「ぐああああああああ!!!?!」
「お…親方ああああああ!?」
ブシャアアアア!!
あまりの熱さのためか、親方の右手から血が吹き出る!
「や、やめて下せえ親方!握らずとも、そのまま鍋焼きうどんを提供すればいいでしょ!?」
「馬鹿野郎!俺たち寿司職人の手は握るためにあるんでぃ!
ネタを切る刃物を持つためにあるんでぃ!
そんな簡単なこと、忘れちまったのか!ええオイ!?」
「でも!そこまでマジになるなんてドン引きっすよ!?」
「戦も久しくねえ時代だ…。
だったら俺たち職人は、テメエの腕に命かけなくてどうするよ!?それ以外に命張る事なんざねぇのさ!
そら一丁アガリ!!」
「親方ぁぁ…!」
親方は鍋焼きうどんを握り終え、倒れこむ。
駆け寄る男を手で制し、「オメエだって寿司職人の端くれなら、今なにをするべきかわかるだろ」と諭す。
ああ、職人の粋を見た男。
涙を振り切り鍋焼きうどんの握りを提供す!!
「お待たせしゃしゃーしたー!鍋焼きうどんん握っすー!!」
「ほほーう、これはこれは!パクッ!ううん!
なるほど!まるで鍋焼きうどんと酢飯を一緒に食べたような味だ!美味い!!」
侍が帰ったあと、すぐさま男は救急飛脚を呼んだのだ。
回想終了!
「そうかあの時の寿司屋の店員だったか。
して、その主人はどうなったのだ?」
「一命は取り留めた。だが、二度と寿司を握れない手になり…暇を持て余し…ソシャゲ廃課金プレイヤーになって…店は潰れた…!
それもこれも、全ては貴様のせいだ!!覚悟ォォオー!!」
まるで猪のような突進。脅威ではあるが、剣で飯を食う身である牧田にして見れば、あまりに単調。
ゆるりと上段に構え、男が剣域に踏み込んだと見るや、雷のように鋭い速度で振り下ろす!
しかし刀は空を切る!
なんと男は刀が振り下ろされる間際にくるりと身体を捻り一回転!
勢いそのまま小太刀を侍に突き立てようとする!
しまった!
牧田は己の油断を呪った。避けきれない…!!
ザブッッ!
「な…!」「なんと!?」
さも摩訶不思議なり!
侍に向かう筈であった小太刀が、突如虚空よりあらわれた腕に掴まれているではないか!?
刃を握り、たまらず血飛沫をあげるその腕に、男は見覚えがあった。
見間違うはずなどない、何度も見た職人の手…
「親方…!?」
『馬鹿野郎!俺たち寿司職人の手は握るためにあるんでぃ!
ネタを切る刃物を持つためにあるんでぃ!
そんな簡単なこと、忘れちまったのか!ええオイ!?』
腕から声が響く。これは…!
男は遂に理解した。あの時の鍋焼きうどんの揺らぎ。あれはまさしく時空を歪ませ、今、この時と繋がっていたのだ…!
「お離しくだせぇ親方ァ!
俺ぁどうしても、たとえ我死すとも、この侍に一太刀いれないと気が済まないんっすよ!!」
『戦も久しくねえ時代だ…。
だったら俺たち職人は、テメエの腕に命かけなくてどうするよ!?それ以外に命張る事なんざねぇのさ!
そら一丁アガリ!!』
べキィ!
親方の手が小太刀をへし折る!!
「あ…ああ…!ちくしょう!俺は仇討ちのため、そのためだけにこの三年を費やしたというのに、
こうなっては最早、何を成して生きればいいと言うのか……」
『オメエだって寿司職人の端くれなら、今なにをするべきかわかるだろ』
「!!?」
それきり、腕は虚空へ何事もなかったが如く消え去ってしまう。
その身を費やした親方の熱意に、ようやく狂気に毒された己の過ちから、男は目を覚ました!
「そうだ!俺は寿司職人だ!俺は寿司職人なんだ!!」(※バイト)
こうなれば握るしかない!っきゃない!!
だが肝心の材料が無い…?
否!忘れたか今ぞ逢魔が時だぞ!
ヒトならざる魑魅魍魎が動き出す時間ぞ!
そら、そこな茂みを見るがいい!
ガサガサと現れたるは、通りすがりの偶然にも鍋焼きうどんと酢飯を持った妖の類よ!!!!
「これそこの妖よ。すまぬが鍋焼きうどんと酢飯をわけてもらえんでござるか?」
事情を察した侍が妖怪と交渉し、材料ゲット!
ちなみに妖は見たいアニメがあると言ってすぐ帰ったで候。
「して、握ってくれるのであろうな?」
挑発的な侍の笑み。
なんと器の広いことか、
自分は斯様な武士に挑もうとしていたとはと、男は自身の命知らずを恥じた。
そうだ。男は寿司職人。
命を掛けるなら寿司にこそ!!
覚悟を決めた男の手が鍋焼きうどんにズボォー!
「ぐあああああああぁぁぁ一丁アガリィィ!!!」
ピシィ!
見事な鍋焼きうどんの握りがそこにあった。
「ほうほう、パクッ!ううーむ!なるほど三年前と同じ、
鍋焼きうどんと酢飯を一緒に食べたように美味い!!
いや、血生臭くない分こちらの方が上だ…!!」
「やりましたぜ親方…」
男は泣きそうになるも耐えたが、
星がひとつ、涙の代わりに暗くなりだしたる空にこぼれて流れた。
これにて
一 件 落 着 !!




