種も仕掛けも届かぬ先へ
絹のようにきめ細かな白い肌
硝子細工のようにスラッと長く形の良い四肢
控えめな胸
抱きしめたら折れそうなほどに華奢な腰
立ち姿だけでも絵になる気品と美しさがあった
メイコは俺の自慢の妹だった。
幼い頃はいつも俺の後ろをついてきた。
町田家に生まれた宿命として、共に稽古に励んだ。
「いいかメイコ。こう、足を斜めにして力を溜め、腰の回転から右手を突き出す!シュバ!」
「すごーいヤズキお兄ちゃん!町田流波動竜巻昇拳をマスターしたのねー!」
思えば幸せな日々だった。
幸せだと気づく前に、その日々は幕を閉じたのだが。
妹が高校に入ってからだ。
「どうしたメイコ?今日も稽古に来なかったじゃないか?」
「あのねお兄ちゃん。私、町田流拳法はもうやらない。
私、マジシャンにーなる!」
「なんだと!?」
この事は当主である親父の耳にも入り、親父は大激怒。
「マジシャンなりと好きにすればいい!しかし、格闘家ではない者など町田家には不要!家を出て二度と町田の名を名乗るでない!!」
妹は出て行った。
あれから三年…。
俺はある会場に来ていた。今日はこの会場で今話題のマジシャン『マッスル町田』のマジックショーがある。
「くあー!あの美人マジシャンを生で拝める日が来るなんてオラ幸せだぁーよ!」
「んっでもマッスル町田さいつも仮面ば被ってらぁよ。美人かどうかわがんねよ?」
「仮面ば無くともマッスル町田ば美人に決まっとーと!オラはすっかり大ファンだーぁ」
会場から聞こえるファンの期待の声。
格闘技ばかりで他に疎い自分だが、どうやら本当に人気らしい。
「来だで!!」
マッスル町田の登場だ。
鋼のように鍛え抜かれた浅黒い肌
大木の幹のように太くたくましい四肢
盛り上がる大胸筋
大ハンマーで叩きつけてもハンマーの方が壊れそうな屈強な腰
立ち姿だけでも身のすくむような圧迫感と威圧感があった。
間違いない。仮面で顔を見なくても記憶の中のメイコと瓜二つだ!
マッスル町田のマジックショーが始まる。
「さあ皆さんこんばんはー!早速ですが、まずはこの氷柱をマジックで叩き割ってみせましょーう!
フゥー……破ァ!!」
乾坤一擲、マッスル町田の振り下ろした右拳が氷柱に突き刺さる!
氷バキバキパキャァーッン!!
「すごか!あん分厚い氷さ一撃で叩き割ったど!?」
「じゃっどん、どうせ氷に切れ目さ入れておいたに決まってらぁよ!」
そんな観客の野次が聞こえたか知らぬが、マッスル町田はショーを続ける。
「種も仕掛けもありませーん。でも、もしかしたら氷にあらかじめ切れ目が入ってたなんて疑う人がいるかもですからー。
次はコレ!550kgのバーベルをマジックで持ち上げまーす!」
どれほど重いのか説明するためか、筋骨逞しい男がバーベルを持ち上げようとするも、顔が赤くなるばかりで一ミリだって持ち上がらない。
「ほんとに重たいだぁーな。これマッスル町田さ持ち上げられっぺか!?」
「いくら何でも無理だあ!今の男なんて腕回りがマッスル町田の三分の一もあるのに、オナゴが持ち上げられるわげねーべ!」
「それでは、種も仕掛けもありませんよー…ぐおおおー…憤ッッ!!」
ジャキィィーン!!
ものの見事にバーベルを持ち上げるマッスル町田!
「こいつぁたまげた!!」
「あの屋久島の大杉のような細腕のどごにあんな力があるんだぁー!?!」
会場は熱狂の渦中。
だが、もう我慢ならなかった。
止めにかかる警備員を千切っては投げ千切っては投げ、俺はステージへと登る。
「久しぶりだなメイコ」
「お…お兄ちゃん!?」
「親父と約束したはずだ。格闘家でないのに町田を名乗ること許さんと…!」
「でも、でも、それだと本当に私たちの縁が切れてしまいそうで、だから…!」
「もはや貴様は勘当の身!今さら未練がましいわ!なればこそ、かつての兄として引導を渡してやる!」
俺は構える。
「どうしてもー…戦うしかないの?」
「ふん!お前が家族の縁が大事と言うならば、我が町田家が家訓その一を思い出せ…!」
「町田家家訓…ハッ!!?
町田家が家訓その一!『勝ったほうが正義だ』!!」
「その通り。勝てばいいのだ。だが、果たしてお前に俺が倒せるかな!?」
「なんだぁあの男!さっきがらステージで邪魔しおって!」
「いんや待で!あの男さ確か、先日町田流当主になった町田ヤズキだぁ!最強の流派町田流の中でも最強の男。人類最強の男だぁよ!」
「無茶だっぺ!オナゴに勝でる相手で無!逃げるだマッスル町田あ!」
「いいえ逃げない!私はーもう逃げない!
会場の皆さん安心して下さい。私は勝ちます!マジックのチカラを見せて差し上げまーす!」
グワァングシャラァーン!
メイコは持っていたバーベルを地面に下ろした。
それが戦闘開始の合図になった!
バギン!バギン!バギン!
町田流拳法の粋を極めた連続急所撃ち!
しかし鉄骨を殴ったかと錯覚するほど、メイコは硬く微動だにしない!?
ならば関節技!
「町田流拳法ヤマイダレ!!」
腕に飛びつき脚を相手の顔に絡め、そのまま地面に顔面を叩き付けながら腕を完全に極める。
危険な技の多い町田流の中でも、とりわけ難度が高く危険ゆえ御法度技となったヤマイダレだ!
しかし…
グシャッ!!
「ぐあっッア!?」
逆に地面に顔面から落ちたのは俺!?
「おどろいだ!飛び組まれでも、マッスル町田はそのまま腕ば強引に振りかぶって相手を叩きつけだぁよ!?」
「圧倒的筋力差でもねぇと出来ね芸当だべ!
一体どんなマジックを使ったと言うんばい!?」
「ぐうう…まだまだ…ぁ!」
ふらふら立ち上がるも、すでに妹は俺の面前に立っていた。
「ごめんねヤズキお兄ちゃん。種も仕掛けも、無いからね!!」
ブグュオォォーン!!
メイコのブローが俺のボディにめり込…ベキポキグジャラアアアアア!!!?
「グポォォオオオオー!?!?」
肋骨が折れ内臓がグチャグチャになる音を聞きながら、俺は地面を跳ねるように吹き飛ばされた!
ビターン!ビターン!ビターン!ビタビターン!
ゴポォ…!
やっと吹き飛ばされる勢いが止んだと思いきや、
まるで狙ったが如く真後ろに待ち構えたメイコが!
彼女は脚を振り上げ、、、かかと落とし!!!
ピキッ!
ガラガラガッシャゴォーン!!!
その衝撃にステージは崩壊した!
メイコのかかと落としは俺の顔のすぐ横を貫いていた…。
「なぜ……とどめを刺さぬ…?」
「だって、ヤズキお兄ちゃん死んじゃったら嫌だもん…」
「ふん…相変わらず…甘い奴だ…ぜ……
だが、お前の勝ち…だ…!なんだよ…どうやったら…そんなに強くなれ…んだよ…」
「ふふっ。種も仕掛けも無いんだもーん」
「これが…マジックのチカラってやつか……敵わねえ…なあ…
流石は…俺の自慢の妹だ…!!」
「お兄ちゃん今、私のこと妹って!!?」
兄と妹は抱き合った。
この感動の兄妹の和解に会場は割れんばかりの歓声で祝福をした。
まあ、家の事情さえ無ければ元々仲の良かった兄妹だ。
仲直りするのは必然であったとも言える。
だって、本物の二人の絆に、種も仕掛けもありはしないのだから。
完
ちなみに抱き合った時に兄の背骨は折れた。




