二人ぼっちの大野球
ぽーん ぽーん
夕暮れの公園。僕は一人で壁に向かってボールを投げつけていた。
みんなドッジボールやサッカーに夢中で、誰も野球をしたがらない。
なんだか、世界で野球が好きなのは僕一人だけになってしまった気分だった。
ぽーん ころころころ
跳ね返ったボールが転がる。
それを拾い上げる奴がいた。
「ヨシキ君、一人じゃ野球できないだろ?」
「トール君…」
ボールを拾った人物。クラスの人気者のトール君が、どうして僕なんかに構うのだろうか?
「実は、俺も野球好きなんだ。やろうぜ!」
「…うん!」
二人ぼっちの野球大会がはじまった。
ピッチャーマウンドに立ったトール君は、大きく振りかぶり、投げた!
ビヒョーォン!
速い…!
恐らく140キロはあろう豪速球!
だが、速いだけなら打て…
ブォン!
空振り!な…落ちた!?
フォーク…!!
スパァーン!
「スットゥラァァーッイク!!」
瞬間移動でキャッチャー位置に座ったトール君のミットにボールが吸い込まれる…!
「…やるじゃないか」
「お前もな。次も打たせねえぜ?」
なかなか言う!だがそれが僕のハートに火を付けた!
シュン!
ピッチャーマウンドに戻ったトール君が再び投げつける!
ビシュッゥン!!
先の球速に勝るとも劣らぬ鋭いボールが投げ込まれる!
だが…!
僕は心眼を発動し、ボールの軌道を未来予測……ここだァー!
カキィーン!!
ヒットの当たり!「馬鹿な!?」とトール君はたまらず外野へ瞬間移動!シュン!転がるボールを補球し、
「ファーストぉ!」シュン!
自慢の強肩から一塁への送球だ。
だが遅い…!
「トランスチーター!」
僕は叫び、自らの脚をチーターへと変化させた!
シュタタタタタ!
パスッ!
瞬間移動したファーストのトール君がボールを取るも、既に僕は一塁ベースを去った後だ!
「くっ!二塁…いや、三塁だ!」シャッ!と三塁へ送球!
へえ、なかなかナイスな判断だよトール君!
二塁を越え三塁で待ち構えるトール君!
ボールは僕の真後ろを付いてきて、追い抜き…三塁トール君のミットに!?
そのまま彼は僕の左腕にタッチした!
「これでワンナウツだな!」
勝ち誇るトール君。
いいや、まだまだだ。甘いんだよ!!!
構わず三塁を走り抜ける僕!
「何を!?確かに俺はタッチしたはず…ハゥア!!?」
その時、彼はようやく気付いた。
彼がタッチしたのは僕の左腕……切り離された左腕だということを!!
ブシャアアアアア!!
血しぶきあげる左肩を抑え、僕はホームベースを目指す!
まずは一点…!
「させると思うか…?」
トン…!
トール君が足を鳴らす。
すると、
グ…ググィー…ン!
「なっ!?ホームベースまでの距離が数キロメートル遠ざかった!!」
「空間を歪めて実際距離を引き伸ばした!ヨシキ、お前は俺を本気にさせやがったのさ!!」
ドヒューン!ドヒュン!
トール君から何発も放たれる火球!
喰らえば骨も残らず消し炭だろう。
「当たれば、だがな!」
ヴンッ!
僕の魂に封じられし妖刀《青撫蟷螂》を具現化す!
こいつは斬れ味なんて無いに等しい、が、形なき物は全て斬り伏せる魔の刀よ!
ジャキン!ジュシュン!
火球を斬り伏せる!ひとつ、ふたつ、
「そぉれ三…おのれ!?」
サッ!たまらず残った最後の火球を避ける!
野郎…火球に紛れて本物のボールも投げ込んでやがったか…なんという策士!
「はっはははぁ!よく避けた!だが…」
クンッッ!!
グイーィィン!
トール君の遠隔操作で向かい来る白球!
ドガァン!!
「ひゃはははは!当たった!当たったぞ!ヨシキこれでテメェはアウトだウッキャキャキャ!!」
「何処を見ている?」
僕はトールの視線の更に先を走ってゆく!
「まさか、質量を伴った残像か…!くくく…面白くなってきたー!!」
バサバッサァー!
漆黒の翼をはためかせ、空へと舞うトール君が呪文を唱える。
これは…大呪文!?
「哀しみの連鎖 憎悪の数珠 復讐の定めに取り憑かれし魔の覇王
闇の雷 凍れる炎 虚無なる光 その全てを持ちて
地に這う生を 智に富む君よ 血に染め給う
なにとぞ なにとぞ 我が願い 紅蓮の願いを叶え給え
覇将龍 円熱光輪黒獄波!!!!」
シャァァァ……ァン…
一瞬の静寂…そして、
ドッ!!
バドドドドドドオォオオ!!!!
天空より放たれる黒き光の破壊が大地を抉り取る!!!
「くっ…!」
いくら魔を斬る妖刀といえど、大呪文を斬るには右腕だけでは厳しい!
このままでは…
(やれやれ、我輩の力がいるようだな?)
僕の内より沸き上がる闇の声…
黙れ!お前になんか頼るものか!
(おいおい、そう冷たくすんなよ?人の好意は素直に聞いておくべきだ。
負けられねえ勝負だ。我輩とて無様に負ける主人など見たくないのだ…よ!)
ドグンッ…!
やばい、闇が…抑えきれ…ない…!!
「うああ…ああああああああああ!!!!」
ドドドドドド!
「ヨシキ…?なんだその魔力は!?なんだその…姿は!?」
闇の力を取り込んだ僕/我輩は、闇の左腕を生やし、闇の一撃を空のトールへ振りかざす!
バァーショォーギュン!ッ!!
「ぐああああああああ!?!?」
僕/我輩の一撃で、トール君は蒸発してしまった…。
ホームベースを踏む。
まただ。いつもこうして、みんな居なくなってゆく…。
ああ、結局また一人で壁とキャッチボールか…。
ぽーん ぽーん ころころころ…
転がったボールを拾う者がいた。
「おいおい、たった一点で勝ったつもりか?」
「トール君!?」
「もちろん続けるだろ?野球」
「……うんッ!!」
黄泉のチカラを手に入れたトール君がピッチャーマウンドに立つ。
これだから野球は最高なんだ!
完