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ミソロギア  作者: dusk☺︎
第一章
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三話目

ねぇ、仕事を作ってみない?……そうだなぁ、色んな人の悩みを聞いてあげるのなんてどうかな?他の国の事が聞けるかもしれないし、外に出るきっかけになる情報だって見つかるかもしれない。


帰り道、リンとイオはそんな感じの話をしていた。

魚を町のお得意先に引き渡して金に変えてきた時も、二人はその会話を続けていた。

リンは、良いかもな、と頷きつつ、簡単に言うけど色々大丈夫か、と不安を感じた。

ちなみに何処でやるのか聞いてみたところ、


「此処で!」


とリンの家を指差して言った。

……こいつ正気か。お前にとっては他人の家だぞ。

呆れや驚きを通り越して、むしろ感心を覚えたくらいだ。

てか、いつまで居座る気だ。今日だって湯を浴びたら速攻ベッド占領しやがったし。何なんだアイツほんと。

溜め息を漏らして、昨日と同じポジションに座り空を眺める。

「結局訊きそびれたし……」

イオの正体。

気持ちを振り切るように目線を上げる。

暗い夜空に広がる星が、世界を包むように覆いかぶさっていた。


暫くの間ずっと夜の星空を、じっ、と見つめていると、

後ろでカタッ、と扉の開く音がした。

「リン、此処に居たんだ」

眠そうな目を擦りながら、イオが出てきた。

ベッド占領した奴が何を言うか、と思ったが、悪気無さげなイオを見ているとその気も失せた。


「起きたのか?」

隣にちょこんと座って、リンの質問に質問で返す。

「リンこそ、眠れないの?」

「……いや、別に」

眠れない、というより。

何と無くそれが習慣だったのかもしれない、外にいると落ち着くから。理由なんて特に無かった。

「そういえばお前、何で海に居たんだ?」

何となく、訊いてみた。

「え?えぇーっと……何か、お船に乗ってて……お魚が綺麗だったから、覗いてたんだけど……そしたら、ドボンって」

……船から落下したってか。

どう反応して良いかたっぷり悩んでから、そうか、とだけ切り返した。

「てかお前、本当にこんなとこ居て大丈夫なのか?旅人でも修行でも無いなら、家族とか心配してんじゃねぇのか?」

ふと思い出したように、再びリンが問う。

今しか無いと直感で思ったのだ。


しかし。


その瞬間、イオの顔がうっすら翳ったのが解った。

しまった、まずい事言ったかな、とリンが口を噤むと、イオは少し俯いてから、ぽつりと呟いた。

「昨日、この島の事解らないって君には言ったけど……」

とても、とても小さな声だった。

「ほんとは、覚えてないんだ……何も」

「…え……?」

漏れた一言は、意識したものでは無かった。

聴こえた声が、微かに震えている。

「覚えてないんだよ。解らないのは島の事だけじゃなくて、何処から来て何処に行くべきなのかも。生まれた所も、家族も、自分だって何なのか」

イオらしくない掠れた小声が、ゆっくりと暗闇に染み渡るように響く。

いや、もしかしたら、此れが本当のイオなのかもしれないけれど。

らしくない、でなく、これが彼らしい、かもしれない。

リンは自虐的になる。

自分だって、イオの事は何も解らないのだ。

「だから帰れないし、行く当ても無いんだ」

イオが、苦々しく笑った。

垂れ目が少しだけ悲しそうに見えた。

記憶喪失か……?もしくは魔術で記憶を縛られているのか?

どちらにせよ、今の彼は不安で満たされた存在である事は明らかだった。

昨日あんなに直ぐ泣いたイオが、今目の前でひたすら笑おうと努力している。いや、泣いたら良いのか笑ったら良いのか解らない、といった感じだった。


「……」

記憶が無いとは、どんな感じなのだろう?何も知らない所で、誰だか解らない人間が存在している。帰る場所も解らなければ、頼れる相手も居ない。


……とても耐えられるものではないだろう。

「……ごめん、こんな不気味な奴と一緒に居たくないよね。ちゃんと出て行くから、安心して」

不器用な笑顔でリンに笑いかける。声だけで無く、手許も小さく震えていた。

きっと、今迄誰もが彼を突き放してきたのだろう、と思った。

記憶喪失なんて、ロクなことが無いと。不気味だと。

だからそんなことを言ったのだろう、なんて事は理解できた。

きっと彼がいつもみたいに純粋な笑顔でそう言っていれば、リンも他の人間と同じようにイオを見送った事だろう。



彼の手許を、見なかったならば。



「……お前さ、」

リンは不意にイオの片方の手首を掴んでいた。

「本当はそんな事思ってないんだろ?出て行きたいのかよ?俺と関わるのは嫌ってか?」

「そ、そうじゃないよ!でも、僕なんかといたら面倒だろうし……」

手首を握る力が強くなる。

イオが驚いてリンの目を見た。

焦り、怯えたような顔。

其の顔は、気に食わない。


「じゃあ何なんだよこの手は⁈」


イオが何かを言う前に、リンは叫んでいた。

夜だろうと知ったものか。

どうせご近所さんなど居ない。

「言葉と身体合ってねぇんじゃねえの?突き放されても仕方ないって思いながら、本心はそれは嫌だって言ってんじゃねぇのか⁈そうじゃ無いなら何で震える?俺が嫌なのか出て行きたくてしょうがないのかどっちだ⁈なぁ本当はどう思ってんだよ!言ってみろよ!!」


叫び声が、遠くに消えていく。

夜の静けさが戻ってくる。


時が止まったように感じられた空間の、その地面に、水滴が滴り落ちた。

「…ゃ……ないよ……」

握られた手首から、力が入った感覚が伝わった。

「そうじゃ、ないよ……っ」

涙声になりながら、イオはそう言っていた。

リンは黙ったまま次の言葉を待っている。


「僕は、……もう独りぼっちになるのは嫌だ…不安でいるのは……嫌だよ……!それだけなんだ……!」


いつもの純粋な言葉だった。

先程の苦々しい笑顔は何処へやら、目からは涙が溢れ、鼻を紅く染めて、彼は泣いていた。

リンは手を離して、それから控えめに、口許に笑みを浮かべてみせた。

「それが本心なんだろ?」

「うん……うん」

えぐっ、えぐっ、と涙を拭いながらイオは何度も頷いた。

「こんなとこで良いなら好きなだけ居て良いから。お前が俺に言ってくれたみたいに二人で考えようぜ?記憶探すのだって手伝わせてくれよ」

優しい言葉がゆっくりと伝わっていく。

イオは、まだ止まらない涙を拭うのをやめて、また頷いてみせた。

「……有難う」

泣き顔を覆すように、不器用に笑おうとしながら。

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