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狼の独争  作者: 紅崎樹
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レオン・シュノーの場合-2

9 レオン・シュノーの場合‐2

 朝、教室へ入ってみると久しぶりに隣の席が埋まっていた。

「よう」

 僕はカティリアに声をかけた。三週間以上ぶりに見る。

「ん、ああ、おはようレオン。いやあー、ずっと会いたかったぜ!」

 相変わらずテンションの高い奴だ。飛びついて来ようとするカティリアを手で払いのける。またこれから隣が騒がしくなるけれど、変わりがなくて少しだけ安心した。

「ところでカティリア、お前、この一か月何してたんだよ?」

 幾らか冗談を交わした後、僕は前からずっと気になっていたことを訊いた。先生からは家庭の事情と聞いているが、本当のところどうなのだろう。

「……そうだなー」

 あまり大っぴらに話せる内容の話ではなかったのだろう、カティリアは少し考えて、こう言った。

「お前になら話していいのかもな。今日の放課後、時間あるか?」

 特に用事もなかったので、僕は頷いた。


 放課後、僕はカティリアの家にお邪魔することとなった。カティリアとは中学からの付き合いで、こいつの家に行くのは今日が初めてだ。

「ここだ」

 そこは、第六区西側にある小さなマンションだった。制服のポケットから鍵を取り出し自分の番号の戸を開錠する仕草が、どこかぎこちなく感じた。

「ごめんな、安いとこだからちょっと狭いけど」

 入ってみると確かに全体的に狭い印象を受けた。しかし、最低限な家具しか置いてなく、部屋の中はがらんとしている。

「もしかして一人暮らし?」

 二階の一室に通された。此処はカティリアの自室に当たるのだろうが、僕の彼に対するイメージとは反してとても片付いていた。何と言うか殺風景だ。あまり生活感は感じられない。

「わかる?」

 少し遅れて入ってきたカティリアに訊いてみたら、カティリアはカハハと笑いながらそう答えた。手には、コップを二つ乗せたお盆が握られていた。どうやらお茶を淹れてくれたようだ。

「そんな気ぃ使わなくていいのに」

 勉強机の上に並べられた二つのコップ。カティリアはその片方を無造作に持ち上げると、一気に半分ほど飲み干した。

「いいんだよ、俺が喉渇いてたから。ついで」

 カティリアがそう言うので、僕も少し飲ませてもらうことにした。汲んで来てもらったからには残すわけにはいかないし。

「……さあてと。そろそろ話を始めようか。ちょっとした俺の過去話になっちまうけど」

 そして。

 一か月前、カティリアの身に起こった壮絶な出来事を聞いた。


「……で、そのワヌーム隊っていうのの本部では、事情聴取は数日で終わったんだ。俺の両親を殺したのが巷で噂の殺人鬼『レイ』だったってことも、そこで教えてもらった。まあ、俺は聞いてもピンと来なかったけどな。で、其処の人たちの提案で、社会見学ってことで、事情聴取が終わった後も暫く置いてもらえることになった。住むところもまだ決まってなかったし、まだ母さんたちの葬儀もしてなかったしな。休憩中の隊員さんの話を聞くの、すごく面白かったぜ。学校で机に向かってるよりもよっぽどためになると思ったよ」

「そっか」

 適当に相槌を打ちながら、僕は動揺を隠すので精一杯だった。

 ワヌーム隊。ぐちゃぐちゃの肉塊。殺人鬼『レイ』。

 カティリアの話の中に幾つか聞き覚えのある単語が出て来た。口の中が乾いてきたのでお茶を一口飲みながら、僕は思い出す。

(カティリアのご両親はアイツに殺されたのか……)

 アイツ――殺人鬼『レイ』のことを。


 僕の両親は、僕が五歳の時に死んでいる。カティリアの両親のように僕の両親もまた、レイに殺されたのだ。その頃はまだレイによる殺人事件は少なかったため、レイに殺されたのだというのは後になって知った。

 カティリアは、レイの姿は見ていないと言っていた。彼が気づいた時にはすでに、事は起きていたそうだ。

(カティリアは運が良かった)

 両親を殺されている時点でそんなことは言えないのかもしれないが、僕はそんな風に思ってしまう。

 何故なら僕は五歳にして、両親が無残にも切り殺される瞬間を、この目で見てしまっているから。

 それはつまり、レイの姿を見ているということだ。レイも僕のことを見ていた。

 それなら何故僕は生き残っているのか。両親のように、ぐちゃぐちゃにされずに済んだのか。

 僕は両親が殺されている間、恐怖におびえていた。せっかく僕のことを庇って、二人が命を捨てたというのに。僕は恐怖に足がすくみ、その場から動けなかった。声を上げることすらできなかった。

 レイが二人を殺し終わってこちらへ向かってきた時、「ああ、死ぬんだ」と思った。そう思うと、不思議と抵抗する気力もなくなり、恐怖もすっと消えた。

 ――お前は可愛いから、殺さないでやろう。

 レイは僕の前まで来ると、返り血でぬれた手で僕の頬を撫でながらそう言った。頬に付いた血が生温かくて、ぬめぬめしていて、とにかく気持ち悪かったのを覚えている。

 何が何だかわけがわからなかった。最後、レイと目が合った。全く温かさを感じない、まるで作り物のような瞳だった。しかし、それ故なのかとてもきれいだった。つい先ほど目の前で両親を殺した相手だというのに、不覚にも見惚れてしまった程だ。今思えば、目だけでなく顔立ちそのものが整っていたからなのだろう。

 僕はその後、ぼうっと空を見つめただその場に座り込んでいた。両親の遺体が発見されたのは、翌朝、血がカピカピに乾ききった後だった。


「……レオン?」

 気が付くと、カティリアが心配そうに僕を覗き込んでいた。

「な、何?」

 カティリアの顔が目の前にあったので吃驚して声を上げそうになったが、何とか飲み込んだ。

「いや、急に黙り込んだからさ。何か汗も掻いてるし……大丈夫か? 内容が内容だったしな、気分悪くなった?」

 言われて気づいたが、うっすらと汗を掻いていた。気持ちを落ち着かせるためにお茶を一口飲む。久しぶりにあんなことを思い出したのが良くなかったのだろう。

「大丈夫だよ」

 カティリアに心配をかけてしまい、申し訳ない気分になった。


(あの時も、家や遺体はワヌーム隊で引き取られたらしいんだよな)

 その辺の話は子供の僕が知る所ではないのだが、聞いた話だとカティリアの話と同じだった。そのワヌーム隊と言うのが、率先してレイの情報を集めているらしいのだ。

(そういえば、レイの顔って誰かに似ているような気がする)

 カティリアの家から帰る途中、ふとそんなことを思った。先程久し振りに思い出したら驚くほど鮮明に思い出せ、そしてどことなく誰かに似ている気がしたのだ。

 僕はもう一度、レイの特徴を思い出した。

 切れ長な目。すっとした鼻。後ろで無造作に束ねられた肩辺りまで伸びた髪。色素の薄い黄土に近い茶色をしていた。全体的にひょろっとした印象で、無駄な肉がついていなかった。身長は、当時の僕にとってはとても高く感じたが大人の男性にしては低く、声は少し高めだったように思う。そのことから考えて、中学生くらいだったのではないだろうか。あれが十年近く前の話だから、現在は既に成人しているだろう。

 確かに最近、似た顔をどこかで見ているのだ。

(誰に似ているんだ?)

 もう少しで思い出せそうなのに、具体的な人物が出てこなかった。

  (レオン・シュノーの場合――続)

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