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狼の独争  作者: 紅崎樹
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トーマ・タツェリオの場合-3

8 トーマ・タツェリオの場合‐3

 カナ・ギダワークとして学校に通い始めてから一週間、ウルフは学校内の情報を色々と集めていたらしい。カティリア・エンネッシュの件は見過ごせなかったようですぐに動いたが、その他の件に手を出したのは、更に数日経った頃だった。

 クラスメートのシルビア・ヴァリュースから微かに火薬の臭いがしたそうだ。調べてみたところ、彼女の両親は殺人鬼『レイ』の被害者だった。また、数年前まで彼女と同居していた親戚は貧乏で、相当苦労してきていたらしい。その人たちもまた、病気を患い他界している。

 生みの親、育ての親を亡くしているシルビアは、国を恨んでいるに違いない。ウルフはそう考え、彼女を反乱軍の一員と見たらしい。反乱軍は軍員一人一人が拳銃を所持しているので、彼女が反乱軍の一員であれば、彼女から火薬の臭いがしたというのにも合点がいく。

 ウルフは早速シルビアと接触した。その際、シルビアの親友のアンネとも接触したそうだ。

「アンネって娘は超いい奴だな。シルビアは何でか知らんが周りからシカトされてるのに、アンネだけは話しかけてんだ。その友情の強さに、こう、見てて心動かされるよ、まったく」

 毎度のことながらウルフの説明には余計な部分が多いので、それをまとめて上に報告しなければいけない俺としてはたまったものじゃない。本来ならこいつはとても頭がいいはずなのだが、その辺どうにかならないのだろうかとつくづく思う。

 シルビア達に接触を試みた日の翌日、反乱軍の襲撃があった。最近の反乱軍の行為は一般人にも危害が及ぶようなことが多々あり、ワヌーム隊も区内の警護に当たるようになった。その為、反乱軍についての情報は情報部隊の方から回ってくるのだ。俺もウルフも、その日は区内の警護に当たりパトロールをしていた。

 仕事から帰ってくると、ウルフの方が少し早かったらしい。俺が入っていくと奥の部屋から「お帰りー」という気の抜けた声が聞こえた。

「ただいま。早かったんだな。そっちの方は、どうだった?」

 因みに、俺の担当した辺りでは特に何事もなかった。

「実はな、俺、パトロールそっちのけでシルビアのことつけて回ってたんだ。これ、上には内緒な」

 舌をちらっと覗かせて頭を掻くウルフ。

 勿論、その後の報告で上にはしっかり伝えておいた。

「でさ、シルビア追っかけてたら、たまたまアンネを見かけたんだ。アンネの奴、あんな日に運悪く外を歩いてて。一応忠告しといたんだけどな、結局腹に一発バァーン! って喰らってたよ」

 わかりにくいが、つまりは反乱軍の奴に腹部を撃たれたということなのだろう。

「そんでな、俺はビビッと来たわけよ。これをシルビアが知ればどうなると思う? 俺が思うに、反乱軍に身を置き続けることはできなくなるんじゃねえかな。どちらにしろアンネは暫く入院することになるだろ? 俺が学校でそれとなくシルビアにアンネが撃たれたってことを伝えれば、シルビアはすぐにそれを信じるんじゃねえかな」

 なんてことを言い出すんだ。俺はつい呆れてしまった。いや、ウルフの言っていることは間違っていないのだろうが、仮にも同級生が銃で撃たれたというのに直ぐに仕事につなげるのはどうかと思ってしまうのだ。こんな甘い考え方をしてしまうから、俺はいつまで経っても平のままなのだろうが。

「でだ。俺はさらに考えた。反乱軍には、国を変えようと思っている奴らが大勢いる。今は悪いところばっかが目立ってっけどな。随分と規模が膨れ上がってるから正確なところはわかんねえけど、真剣に国のことを考えてる奴等の方がまだ多いんじゃねえかな。……そういう奴らの中には割と腕のいい奴がいる。アンネを撃った奴――シルビアと一緒に居たやつとかもそうだ。わざと急所を外して狙ってた。あいつは多分、アンネがどういう立場の者なのか判断しかねたんだ。で、取りあえず殺さない程度に撃っておいたってとこかな」

 さらにウルフの話は続く。

 あいつの話は長ったらしいので、簡潔にまとめるとこういうことらしい。

 襲撃の際に開かれる集会で、反乱軍を一気に捕獲してしまえばいいのではないか。その中から何人かワヌーム隊に引き入れればどうか。

 しかしその案は、本部の方でも一度検討されていた。それでもそれが実行されなかったのは、集会が行われる場所が分からなかったから。そして、その後の処理も問題とされた。

「その案は流石に通じないんじゃないか?」

 俺はそう思っていた。

 後日、ウルフは珍しく自分から本部へ連絡を入れた。勿論、例の提案をするためだ。俺は、無駄なことをと思ったが、電話を切った後のウルフの満足げな顔を見て驚いた。

「まさか、通ったのか……?」

 恐る恐る聞くと、にんまり顔で大きく頷くウルフ。俺は驚きのあまり暫く言葉が出なかった。

「どうしてあんな案が通ったんだ? 本部の方でも、提案されても結局は実現しなかったのに」

「つまりは、問題とされてた点さえどうにかすりゃあ、いい案だって話だろ?」

 ウルフは先ほどからドヤ顔をしたままである。ドヤ顔をされっぱなしというのが、これほどまでにむかつくものだとは知らなかった。

「まず集会が開かれる場所だけど、シルビアに直接聞いたんだ。教えてくれりゃあワヌーム隊に入れるって言ったら、すぐにとは言わないまでも教えてくれたぜ。で、処理の問題。要するに、捕獲した後の移動とか、どうすんのって話よな。今度の集会の場所が廃屋らしいから、まずその土地を買い取っちまう。んで、反乱軍の奴らが集まったところで建物の出入り口を封鎖。その場所をそのまま仮の施設とするんだ。そこで、雇う奴とその他の奴と、まあ逮捕する奴? とかの判別をすませる。そうすりゃ、数十人の大移動……なんてことにはなんねえじゃん。そこまで中心の方じゃねえし、そこまで土地も高くねえだろ。使い終わったら、建物を新しくするなり取り壊して更地にするなりすりゃあ、その街への貢献にもなるだろ」

 ウルフは今の内容をそっくりそのまま上に通したそうだ。すると、しばらくの沈黙の後「検討してみる」との返事が来たらしい。

「こりゃ絶対通ったぜ」

 ウルフは一人で満足げに何度も頷いていた。


 翌日、本部から連絡が入った。

『昨日ウルフに提案された件だが、採用する方向で行きたいと思うので、そのように伝えておいてくれ』

とのことだった。

 その時にはすでにウルフはカナ・ギダワークとして学校へ行っていたので、彼女が帰ってきたところで伝えた。

「ほらな?」と言いつつも、俺の言葉を聞いた途端肩の力が抜けていたから、本当は通るか不安だったのだろう。

「よし、じゃあ次の準備だ」

 ウルフは暫く浮かれていたが、そう言って自分の部屋に入っていった。今回の件に関して、いつになく張りきった様子のウルフであった。


 反乱軍の集会の日が来た。ウルフは学校へ行かなければいけないので、事前の準備などは他の奴らで進める。俺もそれに参加した。そうは言っても出来ることなどあまりない。したのは、会場の様子見と打ち合わせくらいのものだ。

 デジウカ第五区の北部にある廃屋。そこで集会は行われるらしい。もともと何かの倉庫だったようだが、なかなかに大きな建物だった。

 打ち合わせでは、第五区本拠地にて今日の流れを確認した。流れといっても本当に大雑把なものであった。ウルフの要望により、初めはウルフ一人でその場に突入する。その後、ウルフの呼び掛けがあるまで外で待機、声が掛かったら突入という流れらしい。

「ウルフ一人に任せるのですか? いくらあのウルフとは言え、数十人を相手にするのはあまりに無謀ではないでしょうか」

 どこからか声が上がる。当然の意見だ。俺も同じことを考えていた。

 しかし、ウルフ本人には何やら考えがあるようで、何を言っても意見を曲げないそうなのだ。もう決定してしまった以上、その方針で行くしかなかった。

「臨機応変な対応をとってくれ。もし危険な状態であると判断した場合は、突入してくれて一向に構わん」

 隊長もそうとしか言いようがないらしい。幾ら腕が良くても、ウルフの扱いには困るなと改めて思った。


 その後、時間になるまで暫く第五区本拠地で待機していた。夕方になるとウルフも到着し、最終確認をする。

「いいか、余計な挑発をするんじゃないぞ。幾らお前の腕が良くても、数十人が相手じゃ何があるかわからないからな」

 監視役として、俺からしっかり言い聞かせる。

「わかってらあ。任しとけって!」

 ウルフは自信満々に言った。本当にわかっているのか、不安で仕方がない。


 午後八時頃、疎らに人が集まり出した。三十分もすると人が途絶えた。どうやら全員集まったらしい。

「…………!」

 何と言っているかは分からなかったが、中から声が聞こえた。暫くしてまた同じ声が聞こえた。相変わらず何と言っているか分からないが、この声はリーダーのものだろう。恐らく説明をしているところだ。

 俺たちは物陰から出て自分の定位置に着く。

 入口の戸は閉まっていて、ウルフはその前に仁王立ちしていた。

「…………、……!」

 再び、ひときわ大きな声がして、その声は消えた。説明が終わったらしい。

 ウルフが右手を上げた。突入開始の合図だ。重たそうなスライド式の戸を静かにあけると、建物の中へと入っていった。

「皆さん、こんばんは」

 普段とは打って変わってとても穏やかな口調だ。覗き込むと中から見られてしまうので、中の様子はわからない。

「今夜は何かあるのですか? 楽しそうですねえ、私も一つ混ぜてはいただけませんか?」

 口調はあくまでも穏やかだが、聞いていてとても不快だ。ウルフの馬鹿丁寧な言葉遣いは、ただただ相手を苛立たせるだけだ。

(あいつ、わかっててわざとやってやがる)

 ――余計な挑発をするんじゃないぞ。

 俺があいつに言った言葉。それに対し、あいつは『わかってらあ』と答えた。

 何が分かっただ、全く。

 しかし、なんとなく予想はついていたので、呆れすらしなかった。

「なんだ、手前!」

「『なんだ、手前』。それは、こちらの台詞ですねえ。他人の所有地に勝手に入り込んで、一体全体何をしていたんです? 本来ならば、すぐにでも不法侵入で通報しちゃってもいいんですけど、ねえ」

 わざとらしい喋り方。そろそろ相手が切れて、襲い掛かってくるのではと心配になってくる。

「知らなかったんですか? 運が悪かったですねえ。此処、少し前に」

 そこでウルフは言葉を切り、

「ワヌーム隊が買い取ったんだっつうの!」

 叫んだ。

 その途端中が騒がしくなった。ドタバタという足音が聞こえる。

「くそっ! 開かない!」

 奥の方から誰かの声がした。裏口から出ようとしたようだ。

「残念だったな、既に施錠済みだ。もう逃げ場はねえぜ? この場に居るすべての奴等は、今日をもって反乱軍を辞めてもらう! 反乱軍は、余計な被害を出し過ぎた。有無は言わせねえ。絶対命令だ!」

 口調が普段の調子に戻った。聞きなれている身としては、やはりこちらの方がしっくりくる。

 騒がしかったのが静かになった。ウルフの口調に圧倒されているのか。なかなか順調に進んでいるように思われた。

「かつて反乱軍は、国民のことを尊重する組織だった。それが、今はどうした。ただ暴れたい奴らが反乱軍を名乗り、責任をすべて反乱軍に押し付け、反乱軍は国民を危険にさらす集団だと言われるまでに成り下がった! 生半可な覚悟の奴等が加入したことにより、反乱軍は崩壊したんだ! そんな奴が反乱軍を名乗る資格なんざねえ。そんなに暴れたいんなら、どっかのチンピラの相手でもしてやがれ!

 そして、本気で国を変えるべく反乱軍に加入した者たちに告げる。我らと共に、この国を変えようではないか! あなた方には、己の命を懸けて、己の一生を捧げる覚悟はあるか? 家族を捨てる覚悟はあるか? 国を恨み、よりよい国を目指すものは申し出よ! 勇気ある者の加入を、我らワヌーム隊は心から望んでいる」

「あの馬鹿っ!」

 俺はつい声を漏らした。そこまで大きな声は出していないので、中までは聞こえていないはずだが。

 ワヌーム隊に引き入れることを今言ってしまえば、捕まりたくない奴らまでもがワヌーム隊に入りたいと言ってくるだろう。後半の台詞は余計だった。

「うっせえんだよ」

 ふと、中から男の声が聞こえた。

「うぜえんだよ、お前。さっきから黙って聞いてりゃ、ぴーちくぱーちくほざきやがって。何様のつもりだ? 餓鬼はとっととお家に帰りな!」

 その後、銃声が聞こえた。入り口付近でカラン……という音が聞こえたので、当たっていないだろうということが分かった。

 しかし、そりゃあまあ、そうなるだろう。ついつい発砲したくなる気持ちが分かってしまう。自分よりも年下の奴にあれだけ偉そうな口を叩かれれば、誰だって苛立つ。逆に、よく今まで我慢できていたものだと誉めてやろう。

「おっと、お兄さん。発砲だなんて物騒だなあ。それに、物騒なだけで全然怖くない。それ、弾の無駄だからよした方がいいよ」

「な、何なんだよぉ!」

 拍車をかけるように生意気なことを言うウルフに更なる苛立ちを感じたのか、男は更に二発ほど発砲した。

「あれ? さっきの言葉、聞こえなかった? 今みたいなのが正に弾の無駄なんだって。まるでなってない。撃ったときに体幹がブレブレだよ?

 さて、と。そんじゃそろそろ、お仲間に登場してもらおうかな。

 長々と待たせてすんませんでしたー、突入お願いしまーす!」

 ようやく外への声が掛かった。

 待機していた俺たちは、待ってましたと言わんばかりに勢いよく入っていく。裏で待機していた奴らも、裏口の鍵を開けて入ってきていた。

(結局うまく治めちまうんだよな、あいつは……)

 毎度のことながら、俺は感心せずにはいられなかった。


 反乱軍の確保が無事終わると、もう俺たちの出る幕は無い。二人で一緒に電車に揺られながら、小一時間かけて帰宅した。

「そう言えばさ、ウルフ」

 家に着いたところで、先ほどからずっと言いたかったことをウルフに伝えた。

「お前が途中で言ってたやつ。えーと『勇気ある者の加入を、我らは歓迎する』的なセリフあったじゃん? あれ、この後のことを考えれば余計なセリフだったと思うぞ? 捕まりたくないから取りあえず隊に入りたいって言いだす奴らが増えたんじゃないか?」

 今頃、あの建物に残った隊員たちが面談をしているところだ。「ワヌーム隊に入りたい」と言っている奴等が、さぞ大勢いることだろうと思った。

「ああ? あれでよかったんだよ。俺の演説は完璧だったぜ?」

 一方、ウルフの反応はあっさりとしたものだった。まったく俺の意見を聞こうとしていない。満足げにそう言っただけだ。

(演説って……)

 少し引っかかったが、其処はあえて突っ込まないでおこう。

「大体、いくら入りたいっつったって、そいつが嘘ついてりゃ普通に入れねえだろ。俺等は仕事でやってんだぜ? そんくらいの嘘は見抜けるさ。」

 言われてしまえば、成程と頷くしかなかった。確かにそのくらいの嘘を見抜けないワヌーム隊員ではないのだ。入る前に、それなりの教育を受けてきているのだから。

「それに、入る前の教育期間で随分数も絞られるだろうぜ。つまり、生半可な覚悟じゃあ俺等の仲間にはなれねえってわけよ」

「……それもそうだな」

 結局、最後には俺が納得させられる。これもまた、いつものことであった。少し悔しい気もするが、最近ではこの結果になってしまうことに諦めがつくようになってきていた。


 後日、ウルフはアンネ・スカーレットの見舞いに行くと言って出かけていった。アンネ・スカーレットにシルビアのことを報告し、それでようやく反乱軍の件を終了とするつもりでいるらしい。

 シルビアはワヌーム隊に入ることになった。まだ教育期間に入ったばかりなので、正式に入ったとは言えないが。彼女は入る気満々で、学校も辞めた。表向きには転校という形になっているが。

「あの子はきっと、俺の良き後輩になるよ」

 何を根拠に言っているのか分からないが、この前ウルフが嬉しそうに言っていた。

 そう言えば、数日前にカティリア・エンネッシュが本部の方から戻ってきたらしい。家を押収されているのでまずは住む場所の確保から始めるそうだ。もう数日は学校へは行けないだろう。


 ここ数日の出来事を、俺はノートにまとめた。

 反乱軍の件について、ワヌーム隊現隊長、ムナーク・ワヌームソン隊長に報告するため、俺は電話を手に取った。

  (トーマ・タツェリオの場合――続)

言葉づかいとか変なところがあったかもしれませんが……(とても不安)

取りあえず今の段階では、この話で中間部終了です。

もしかしたら、作者のきまぐれによって後半が長くなるかも?

その辺は、書きながら決めていきたいと思います。


次回から後半へ入っていきます。久しぶりにレオン・シュノーを出すつもりです。書き始めた当初は、あのキャラを主要キャラにするつもりだったのに、ほとんど名前が出てきていない……! これからはちゃんと話に参加させてあげたいですね。

何はともあれ、引き続き読んでいただけると嬉しいです。

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