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狼の独争  作者: 紅崎樹
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アンネ・スカーレットの場合-続

7 アンネ・スカーレット‐続

 気が付くと、見慣れない天井が目に入った。

「あらアンネちゃん、気が付いた?」

 声の主を探すと、其処には若い看護婦さんが立っていた。背景の壁は白く、此処はどうやら病室であるのだと気付いた。

(そういえば私、銃で撃たれたのだっけ)

 少しずつあの夜の記憶がよみがえる。あの夜、家に帰る途中で私は、シルビアが銃を握って追われているところを見たのだ。その後、男に見つかり腹部を撃たれた。その瞬間、てっきりこれから死ぬのだと思っていたのに。

「あの、私……」

「あ、無理して喋らなくてもいいのよ? ……自分が銃で撃たれたことは覚えてるかしら。その後、直ぐに病院に連絡が入ったのよ。不幸中の幸い、当たり所がそこまで悪くなかったから何とか助かったって感じかな。手術の跡が残っちゃうかもしれないけれど、助かって本当によかったわね、アンネちゃん」

 看護婦さんはそう言ってにこりと笑うと「先生を呼んでくるからちょっと待っててね」と言って病室を出ていった。

 私は体を起こし辺りを見渡した。私が横になっていたベッドの他にも三つベッドが備わっているが、どれも使われていない。身体を起こした時になんともなかったところからして、傷口はある程度ふさがっているのだろう。あれから何日か経っているのかもしれない。

(ルビーは……)

 あの夜シルビアは、あそこで何をしていたのだろう。何故、銃を片手に追われるような状況になったのだろう。

 考えても、私にわかることではなかった。

 暫くして先生が来た。話を聞くと、何日かは入院しなければいけないらしい。入院費がかかるとのことで、母に迷惑をかけてしまったな、と思った。

 あの日、あの子供の言う通り真っ直ぐ帰ればこんなことにはならなかったのに。

 

 私が目を覚ましてから一週間と少しが経った。明後日辺りには退院できるそうだ。

病室の戸が開いた。看護婦さんかと思いきや、其処にはいつかの子供が立っていた。

「やあ、お姉さん。気分はどう?」

 黒いパーカーにジーンズ。今日は帽子を被っていないが、病院だろうがどこだろうが自分のスタイルを変えるつもりはないらしい。

 明るいところで見て見ると、そいつは割ときれいな顔立ちをしていた。それでいてあんな下品な笑い方をするのだからなんてもったいないのだろう、と思った。

「こんにちは。見ての通りもう何ともない。それよりあんた、見舞いに来てくれたの? それとも、あんたの忠告を聞かずに無様に撃たれた私を笑いに来た?」

 流石に後者ではないだろうが、見舞いに来てもらうような間柄でもない。

 私の台詞を受けて、そいつは苦笑しながら肩をすくめた。

「花くらいは持ってきた方がいいかとも思ったけど、そんな仲でもないじゃん?」

 どうやら手ぶらで来たことに対して咎められたのだと思ったらしい。その答えからして、見舞いのつもりで来てくれたようだ。

「そうだ、お姉さん。お姉さんは結局あの夜、知るべきではない事実を知ってしまったみたいだけど。そのせいで、あんな目にあってしまったわけだけれど。お姉さんはあの夜、自分の目の前で起きたことを、その目で見てどう思った? 見なきゃよかったって思わなかった?」

 知るべきではない事実。

 自分の目の前で起きたこと。

 シルビアのことを言っているのだと分かった。それを何故こいつが知っているのかは分からないが。

(どう思ったか、か……)

 それは私がさんざん考えていたことだった。何度も考えて、結局は同じ結論にたどり着いた。

「後悔はしてない。私のせいで、例え彼女に迷惑が掛かってしまっていたとしても。私は彼女について何も知らなかったのに、少しだけ、学校とは別の一面を知ることができたんだから。それが違法者としての一面だったとしても」

 全く身勝手な考え方である。自覚はしている。しかしどれだけ時間をかけて考えたところで、最終的にたどり着くのはやはり今の答えなのだ。

 彼女がどんな娘だったとしても、私の親友であることには変わりはないのだから。彼女にも彼女の事情があるのだ、きっと。私には、どんな事情を抱えているのか全く見当もつかないが。

「その彼女のことで、少しばかり報告があってきたんだ」

 そいつは、いつかのような下品な笑みを浮かべながら言った。報告。どういうことだろう。

「彼女――シルビア・ヴァリュース。彼女の家族構成は、お姉さん知らないよね? シルビアは現在独り暮らしをしているんだ。両親はシルビアが幼いころに他界、彼女を引き取った親戚も最近亡くなっている。それもこれも、自分のことしか考えていない国王のせいだと鑑みたシルビアは、反乱軍に入ることを決意。シルビアは反乱軍の一員だったんだ。しかも、割と長いこと入ってたみたいだよ。……けれどもお姉さんの件をきっかけに、シルビアは反乱軍を止めることに決めた。新しくワヌーム隊に入ることになったんだ」

 たんたんと並べられていく情報を、私はただただ困惑しながら聞くしかなかった。何年もの付き合いのあるシルビアについて、今まで知らなかった情報を知り合って二日の子供から聞く。……こんなおかしな話があるだろうか。そもそもこいつは、何故そんな情報を持っているのだ?

「なんで? って顔をしているね。あんまりこういうの言わない方がいいんだろうけど、俺、実はワヌーム隊の者なんだ。だからシルビアの先輩にあたるわけだけど、何か伝えといて欲しい事とかあれば、何でも言っとくぜ? 多分、お姉さんが学校に復帰するころには、シルビアは田舎に飛ばされてるだろうからさ」

 さらに私は面食らった。こんな子供がシルビアの先輩で? 私が学校へ出ていく頃には、シルビアはもうあの学校へは来ないと? どこから突っ込めばいいのかわからない。そもそも、どこまで事実でどこまでが冗談なのか。全てが冗談であって欲しい。切に願った。

「生憎、全部事実だよ」

 まるで私の心の中を読んだかのような返答。

(そんな……)

 シルビアを失うことが、私にとってとてもショックな出来事であることを思い知らされた。私は独りでいることに慣れていたのに、いつの間にかシルビアといることが当たり前になっていた。私にとっての親友は、シルビアだけだった。

「それじゃあ、一つだけ伝えてもらえるかな」

 私は何とか声を絞り出しこう言った。

「今までありがとうって、そう言っといてもらえる?」

 とても在り来たりな言葉しか浮かんでこない自分の語力が恨めしい。

「了解」

 そいつは笑った。その笑みには今までのような気持ち悪さは無く、とても爽やかなものだった。

(なんだ)

 私はつい、その笑みに見惚れた。

(こんな綺麗な笑い方も、出来たのか……)

「おっと、もうこんな時間。それじゃあ俺は、そろそろ失礼するよ。お大事にね、お姉さん。もう二度と、あんな危ないことしちゃ駄目だよー」

 一方的にそう言って、慌ただしく病室から出ていった。


 三日後、私は退院することができた。学校へ行くと、あいつの言った通りシルビアは既に転校していて、代わりにカティリアが戻ってきていた。

 ――知るべきではない事実もあるんだ。

 あいつの台詞を思い出す。

 確かにそうだろう。あいつの言っていることは正しい。しかしあの夜、私がシルビアを見掛けたのは間違いではなかったのだ、と思うことにした。

(こうしてルビーとは離れてしまったけれど――)

 シルビアにとって、反乱軍とやらを抜けてワヌーム隊に入れたことが最善だったのであれば、この傷跡も悪く無い。

 思いながら、腹部に残った縫い跡を、服の上からそっと撫でた。

  (アンネ・スカーレットの場合――完)

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