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狼の独争  作者: 紅崎樹
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アンネ・スカーレットの場合

5 アンネ・スカーレットの場合

 カティリア・エンネッシュが暫く学校に来なくなった。一、二週間ほど休むらしい。何があったのか詳しい話は知らないが、割と騒ぐ方の男子なので、暫くは隣が静かで有難い。

「あ、ルビー」

 ふと顔を上げると、シルビア・ヴァリュースが教室に入ってきたところだった。

「おはよう、ルビー」

 私が声をかけると、シルビアは困ったような笑みを浮かべた。

「おはよう、アンネちゃん」

 そしてこれから、きっといつものお決まり台詞を言うのだ。

「ありがとうね」

 ……やはり。

「私は、あんたに礼を言われるようなことをした覚えはないよ」

「だって、そうやって声をかけてくれるの、アンネちゃんだけだもの」

 シルビアは悲しそうに笑うと、自分の席へ行ってしまった。

 ――声をかけてくれるの、アンネちゃんだけだもの。

 彼女の言葉を心の中で思い返して、悲しくなった。

 シルビアは今年に入ってから、クラスメートから避けられているのだ。主となってやっているのはカサル・ゾアークだ。シルビアは大人しい性格で、頭もよく、いざという時に頼りになるとてもいい娘だ。だから去年までは、周りからも慕われていて、男子からも好かれるような娘だった。

 それがカサルには面白くなかったのだろう。今年に入ってから、シルビアについての変な噂を流し、男子に変なことを吹き込み、女子にはシルビアに極力近寄らないようにと言い始めた。

 あれだけシルビアのことを「いい奴だよな」と言っていた男子も、まるであり得ないような噂をそのまま信じたのだから、驚くよりも呆れてしまった。何処まで単純なのだと言う話である。女子は女子で、カサルの反感を買うのが怖くて、言われるがままにシルビアから離れていった。

 なんてくだらない。私はそう思った。もともとカサルなんて大嫌いだったし、シルビアとはもともと仲がよかったから、私はシルビアに声をかけ続けた。初期は「私と関われば、アンネちゃんも避けられちゃうんじゃ……」とかなんとか言って、私と話すことを頑なに拒絶していたけど、最終的には彼女の方が折れた。今では、困ったような笑みを浮かべつつも私と話してくれるようになった。

 クラスでの私の立場はというと、そこまで変わっていない。誰にも避けられないし、むしろカサルが近寄ってくるようになったくらいだ。目的は多分、私を言いくるめること。私はカサルなんて眼中にないから、いつも無視を決めこんでいるけれど。

 とにかく、本当にくだらないと思う。こんなことを始めたカサルも、言いくるめられてしまった男子も女子も。

 皆、幼稚だ。


「アンネ、だっけ?」

 カナ・ギダワークに声をかけられたのは、彼女が転校してきて一週間と少しが経った頃だった。

「そう、だけど」

 私の名前なんかよく覚えていたものだ、と感心した。この一週間、何の接点もなく過ごしていたというのに。それにしても、どうして急に声をかけられたのだろう。

「よかった。間違ってたらどうしようかと思った」

 彼女はそう言って笑った。

 第一印象は、とても大人な娘、だった。この教室に居る誰よりも大人で、幼稚な私たちなんかとはまるで違う世界の住民なんだと、何故だかそんな気がした。

 しかしそんな印象とは違い、彼女はとても明るくフレンドリーな人だった。今のところ直接話すのはこれが初めてだが、教室での様子を見ていた限りそんな感じだ。積極的にこのクラスに馴染もうとしているのが感じられた。

 それでも、このクラスのくだらない男子や女子たちに比べれば、ずっと大人なのだろうと私は思うのだ。

 私は、話したこともなかった彼女のことを心のどこかで好いていた。

「私、まだこの学校に来て一週間ぽっちじゃない? だからどこまで訊いていいのか……って感じなんだけど、シルビアのことについて教えてほしいなあ……と思って」

 少し声のトーンを落として彼女は言った。

「ルビーのことを?」

「うん。様子を見ている限り、あの娘、皆から無視されがちだったから。もしや……と思ってね」

 単なる興味本位か。それともそういった世話を焼くのが好きなのか。

 話の展開によっては、私は彼女を嫌いになるだろうと思った。

 そんなことを考えている時点で、私も十分幼稚だろうか。

「ねえ、シルビアって、どんな娘?」

「あの娘はいい娘だよ。優しいし、頭もよくてとっても頼りになる。周りから避けられているのは、くだらない理由からで、別にあの娘がどうかしているからじゃない」

 答えている途中、それにしてもぐいぐい来るタイプだなあと思っていた。シルビアは押しが弱いから、こういうタイプの人と話すのにはあまり慣れていない。

「くだらない、理由……」

 カナは暫く考えるそぶりをして、それから言った。

「ありがとう。なんとなく理解できた。よりよい友好関係を気づいていく為の、今後の参考にさせてもらうよ」

 微笑む彼女を見て、どうやら興味本位ではなかったようだと思った。今の話だけでどう『理解』したのか気になる所だが、そこまで問題は無いだろう。なんとなく、そう思った。やはり私は、彼女のことを好いているのだと再認識した。

「ああ、そうだ。カサルとはもう仲良くなった?」

 カナが私の席から離れていこうとしたとき、私はふと思い出してそう切り出した。

「……なんで急に?」

「あいつとは関わらない方がいいよ。あなたの今後の友好関係がいいものになるよう、一つ忠告しておこうと思ってね」

 私がそう言うと、彼女は二言三言礼を言い、今度こそ私の席から離れていった。

 ちょうどその時、朝活動の開始時刻を知らせるチャイムが鳴った。


 翌日。教室に入ると、シルビアが誰かと一緒に話していた。本来それは何の変哲もない光景のはずなのだが、ここ最近は私以外の奴と居るところを見ていなかったので、正直驚いた。一体誰と話しているのだろうと思えば、それはカナだった。

「おはよう、二人とも」

 声をかけると、二人から「おはよう」と返ってきた。

「アンネ、昨日の情報バッチシ有効活用させて貰ったよ」

 明るく笑いながら親指を立てるカナ。シルビアが不思議そうに首を傾けていたが、私は「それはよかった」とだけ返すことにした。

「あ、ねえ、アンネちゃん。カナちゃん、凄いんだよ。色々なことを知ってるの。まだ話し始めて少ししか経ってないけど、情報量が半端じゃないの」

 普段は大人しいシルビアが、珍しく興奮している。シルビアが楽しそうで何よりだが、少しだけ不満だった。

(私と話すときも、このくらい楽しそうにしてくれればいいのに)

 しかし。

「へえ……。どんな話をしていたの?」

 シルビアの興味をそそるような面白い話など私にはできないのだから無理もないか、と思い直すことにして、私は何食わぬ顔で二人の会話に入っていった。


 放課後、私はいつものようにシルビアと一緒に帰宅した。私たちは帰る方向が同じだ。第六区内の南西の方。学校からは徒歩一時間ほどの距離である。

 いつものように他愛のない会話をし、私の家の前で別れた。彼女の家の位置を私は詳しく知らない。思えば、どういう家族構成でどういった生活をしているのか、彼女のプライベートを私は何一つとして知らなかった。


「アンネ、ちょっと話があるの」

 夕食を済ませると、母が徐にそう切り出した。私は露骨にけげんな表情を浮かべるが、母は私のことを呼び止めて再び席に着くように言った。私は渋々それに従う。

「話って、何」

 なんとなく予想はついていた。また、学校での様子についてなのだろう。今までに幾度となく繰り返されてきたやり取り。私は、この時間がとてつもなく嫌だった。

「最近、どう? 学校では、変わりない?」

 さり気なさを装って訊いているつもりなのだろうが、明らかに不自然である。私は適当に頷いておいた。

 質問はさらに続く。

「転校生が来たんだってね。お隣のマエルちゃんのお母さんから聞いたの。女の子なんだって? 仲良くなれた?」

 声が震えている。わざわざこんな風に話す機会まで設けて、そんな風に娘に問う母はとても哀れだった。そんな母を見るのは嫌いだった。

(私のせいだ)

 私がこんな奴だから、それが母を苦しめているということくらい重々承知している。それでも母にぶっきらぼうな態度をとってしまうのは、やはり私が幼稚だからだ。

 いつになったら私は大人になれるのだろう。

「ねえアンナ。あんた、近頃また、学校の話をしようとしなくなったじゃない? 母さん、何かあったんじゃないかって、気が気じゃないのよ。……こんなこと言いたくないけどね、もしかしてまた」

「うるさい」

 母の台詞の続きを聞きたくなかった。

「母さんが心配しているような状況にはなっていないし、母さんに心配されなくても私は十分やっていけるの。金輪際あの話を私の前でしないで。……ちょっと外に出て来るよ」

 私は無造作に席を立つと、そのまま玄関へと向かった。

 外に出ると、辺りはもうすっかり暗くなっていた。夜風に当たり頭が冷やされて、少しは気分が落ち着いた。

 ――もしかしてまた。

 ――いじめにあっているんじゃないの。

 母は、時々そうして私に訊いてくるようになった。もう何年も前のことなのに。

 私は小学校に上がる際、このデジウカに来た。元はケターナという島に住んでいたのだが、父の仕事の関係でこちらに住むことになった。ケターナはチャートキタン国の第三都市のひとつとも言われているが、デジウカほど開拓が進んではいなかった。人間の手の入っていない自然が残っていたし、空気も澄んでいた。

 住民の人柄も違った。ケターナの人々は皆温厚で、飾り気のない人が多かった。その分、他人の中に居ても生き苦しくなかった。

 それに比べデジウカでは、枠にとらわれている人だらけだ。皆がみんな他人の目を気にし、見た目をよくしようと自分を着飾って、集団行動を好む。

 小学一年生だった当時の私は、そんなクラスメートたちと馴れ合おうとはしなかった。

 そんな態度が良くなかったのだろう、私は一か月もたたないうちに虐めの対象になった。たった六歳や七歳の子供が虐めをするなど末恐ろしい事であるが、事実なのだから仕方ない。

 心配性の母はその事実を知ってショックを受けた。まさか、自分の娘がそんな風になるとは思っても見なかったのだろう。

 ――もっとみんなと仲良くしなさい。

 虐められていたことが母にばれてから、耳に胼胝ができるほど言い聞かせられた。それを聞くのにうんざりして、仕方なく私はクラスメートと馴れ合うことにした。上っ面だけの、薄っぺらい友情ごっこをすることにしたのだ。

 シルビアに出合ったのは、小学五年生に上がってからだ。彼女は、デジウカの隣に位置するリギーツェから越してきたのだ。その年になると周りの女子は少しずつ色気づいてきて、容姿を気にしたりこっそり香水を使いだしたりしていた。そんなことをしても甘ったるくなるだけなのに、とうんざりしてそんな彼女たちのことを見ていた。

 そんな私にとって、シルビアの存在は救いだった。今まで周りに居なかった、飾り気のない優しい人柄。周りの女子にそそのかされて、周りの色に染まっていくような娘でもなかった。

 何より、甘ったるい香水をつけるような娘ではなかった。そのことが私にはとても嬉しく思えた。

 彼女とは、すぐに仲良くなれた。彼女となら、上っ面だけの関係で無く、きちんとした付き合いができると思った。今でもその思いは変わらない。

 母が、どうして未だにあそこまで神経質でいるのか私にはわからない。しかし、あんな弱気な母は見たくないし、あんなふうに黒歴史を蒸し返されていい気がするわけがない。

 それにしても、あんなふうに家を出てきてしまったことに関しては反省している。流石に、あれはやり過ぎた。ついカッとして家を飛び出してきてしまったが……。

「……そろそろ帰ろう」

 気晴らしにその辺を散策していたのだが、気持ちが落ち着いたところで家に戻ることにした。

 それにしても、少し遠くまで気過ぎてしまった。気分的に人気の少ない通りを選んで歩いていたから、辺りには誰も見当たらない。周りに人家もないので、今頃になって心もとなくなってきた。早く家に帰ろう。そうこうしているうちに、今度は家出をしたんじゃないかといって母が心配し出してしまう。

 と、ビルの陰から人影がこちらに向かって歩いてきた。薄暗くてよく見えないが、夜に誰かとすれ違うというのはあまり好きではない。昼間であれば、少しくらいなら離れていても相手がどんな人だかわかるのに。

 少し近づくと、背格好的に子供だということが分かった。なんとなく見覚えがある気がする。クラスメートだったら嫌だな、と思った。

 相手との距離がわずかになって、私はその人物がカナだと思った。髪を後ろでまとめているが、背格好がそっくりだ。微かに見える肌の色も白く、薄暗い闇の中で、淡く光を帯びているかのようだった。帽子を深くかぶり、黒いパーカーにジーンズという全体的に暗い色の格好だったから、余計にそう見えたのかもしれないが。

「カナ」

 迷わず私は声をかけた。そこまで親しくなったわけではないが、すれ違いざまに挨拶をするくらいはして当然だろう。

 しかし、私の声に反応して顔を上げたその人は、顔のつくりはカナそのものなのにまるで別人だった。

「こんばんは、お姉さん」

 にやり、と歯を見せながら笑った。男なのかも女なのかもわからない。こいつはカナではなかったのだ。カナはこんな下品な笑い方をするような娘ではない、と思い直した。

「俺を誰かと勘違いしたようだねえ。誰かと待ち合わせでもしていたのかい?」

 そいつはそう続けた。ケタケタと、不気味な笑い声を上げながら。一人称から男だろうと仮定する。

「そういう訳ではないけれど。ごめんなさい。背格好がね、知り合いにあまりにも似ていたものだからつい声をかけてしまって」

「謝る必要はないさ。それよりお姉さん、早くお家に帰った方がいいぜ」

 先ほどまでの下品なにやけ顔が一変した。少し早口になり、真剣な表情をしている。

「それは、どうして?」

「反乱軍。知らない? ……説明している時間ないから、また今度誰かに教えてもらうといい。とにかく今は、お姉さん、早く帰るべきだよ」

 私が此処に居ると都合が悪いらしい。さらにそいつは、捲くし立てるように続けた。

「用がないんなら……いや、用があったとしても直ちに家に帰れ」

 命令形になった。まるで我儘を言って大人にしかられている気分だ。それなのに目の前に立っているのは私よりも小さい子なのだから、全く不思議な感覚である。

「世の中には、知るべきではない事実もあるんだ。いいか、何を見てしまっても……」

 そこで、そいつは言葉に詰まった。

 此処まで真剣に言われてしまえば、帰らないわけにはいかない。まるで上からな言い方だが、不思議とすんなり言葉が入ってきた。

「わかった。まっすぐ帰るよ」

 私は肯定の意を示すと歩き始めた。振り向いて、声をかける。

「何故だか知らないけど、いろいろ教えてくれてどうも」

「これが俺の仕事だ。いいから早く」

 腕をぶんぶんと振り追い払う動作をされてしまった。仕方なく、私は再度歩き始める。

「ダッシュ!」

 さらに後ろから指示を出された。何なのだ一体。どれだけ急かされればいいのだろうか。私は体力のある方ではないので、取りあえずあいつの死角に入るまでは走った。

 丁度あいつが来た道を曲がり、そこで私は速度を落とした。

 ――世の中には、知るべきではない事実もあるんだ。

 ――何を見てしまっても……

 歩きながら、先ほど言われた言葉たちを思い出す。最後に『これが俺の仕事だ』と言っていたが、結局彼は何だったのだろう。警察……にしては若すぎるか。ボランティアのパトロール活動中だったとか?

 考え事をしながら歩くと、どうしても歩くペースが落ちてしまう。早く帰れとあんなに言われたのだから、私は考えることを一時断念した。『反乱軍』という言葉は初めて聞いたが、きっとろくな連中ではないのだろう。此処は大人しく忠告に従っておくべきだ。

 しばらく歩いたところで、どこからか銃声が聞こえた。

 この国では、一般人の銃の所有を認められている。しかし、デジウカ独自の決まりにより、デジウカ内での銃の所有は禁止されているはずだ。だから、銃声が聞こえるなどよっぽどのことがあったに違いない。

 ――まっすぐ帰るよ。

 先程の彼に言ったセリフを忘れていたわけではないが、少しだけ、と銃声が聞こえた方へ足を向けた。その時は、遠くから様子を見るだけのつもりだったのだ。

 銃声が聞こえたのは、廃ビルなどが並ぶ裏通りの方だった。人家は無く、この道を通る人など滅多にいないので、辺りはしんとしている。私の足音が響くほどに。

 少し行くと、いつもなら静かな裏通りが少し騒がしいことに気づいた。「こっちだ」「追手が来るぞ」「そっち頼む」「走れ」等々、複数人の色々な声があちこちから聞こえる。しかも、かなり近いところに居るみたいだ。私は慌てて建物と建物の隙間に隠れた。

 暫くその場でじっとしていると、人の気配を感じた。私はそっと身を乗り出す。息遣いが荒い。その人物は、私が隠れていることに気づかず立ち止まって息を整えている。

 目を凝らすとその人物の顔が認識できた。そして、その手に握られている拳銃も。


(なんでルビーが、こんなところに?!)


 私は自分の目が信じられなかった。私の視線の先で拳銃を握り息を整えているのは、私のよく知る顔――シルビア・ヴァリュースだったのだ。私の見間違いなのではないかと思い何度も目を凝らしたが、何度やってもそれはシルビアの顔にしか見えなかった。

「来るぞ!」

 太く低い男性の声に、シルビアは振り返るとまた走り出した。

 私はすぐに建物の隙間から出て、シルビアの走って行った方に向かって叫んだ。

「ルビー!!」

 しかし、シルビアはその声に気づかずただひたすら前を向いて走っている。

(なんで、こんなこと)

 追わなければ。

 あの娘を止めなければ。

「おい手前! そんなとこで何やってんだ!」

 不意に、後ろから声をかけられた。その声は、先程シルビアに「来るぞ!」と声をかけた男性のものだった。体が硬直し、後ろを振り向くことすらできない。

「……何だよ、何とか言えばいいじゃねえか。まさか、国のもんじゃねえだろうな。追手の仲間か?」

 私は、答えない。否、声を上げるどころか、首を動かすことすらできないのだ。私に話しかけている男も、拳銃を持っているのだろうか。そう思うと、内臓を強く握りしめられているかのような感覚に襲われた。

 後ろから複数の足音が聞こえる。

「やべえな……。とにかく、もう一度訊こう。お前は国のもんか」

 私は恐怖のあまり悪寒に襲われていた。それを無言の肯定と取ったのだろう、次の瞬間、腹部に痛みが走り俯せに倒れた。

 背後から聞こえた銃声。

 私は打たれたのだ。

 ぼやける視界に、大きな足が去っていくのを見た。

 男の言っていた『俺の相棒』とはシルビアのことなのだろう。

 ――世の中には、知るべきではない事実もあるんだ。

 先程の子の言葉がよみがえる。

「全く、そうだったよ……」

 私は彼の忠告を無視したから、なるようになったのだ。

 このまま私は、朝を迎える前にも死んでしまうだろう。私は結局、最期まで、まともな判断もできない子供のままだった。

 私の人生は、こんなところで終わってしまうのか。

 私は、大人になることすらできないまま死んでいくしかないのか。

 私は、私は――……

  (アンネ・スカーレットの場合――断)

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