トーマ・タツェリオの場合-2
4 トーマ・タツェリオの場合‐2
「っはあ! 疲れたぁ!」
ウルフが騒がしく仕事から帰ってきた。仕事上、変死体を扱うことが多いから、こうして騒ぎでもしないと精神が持たないのだろう。恐らくウルフなりの精神バランスの取り方だ。
「トーマ、悪いけど水汲んでもらえる? キンキンに冷えたやつね」
言われるままに冷水を用意した。それを渡すと、コップ一杯分の冷水を一息で飲み切った。「くぅ……冷てえ!」とか言いつつも、一滴も残していない。そう言えば五年前にもこんな風に仕事終わりに水を飲んでいたな、と思い出した。
「今回のもすごかったぜぇ。それに、レイの殺った死体と一つ屋根の下で過ごしてたカティリアもすごいよな。ありゃ死んでから一週間くらいは経ってたんじゃねえか? って思うよ」
『レイ』。世にも恐ろしい殺人鬼の名だ。毎回死体を必要以上に引っ掻き回して、金目のものを取るわけでもなく去っていく。まさに人を殺すためだけの犯行で、これまでに何十人もの命を奪っておきながら未だに捕まったことがない。何故そいつが『レイ』なのか、今一由来は知らないが。
それにしても。
「い、一週間だぁ?」
「そーそー。大分腐食が進んでたからなぁ。むしろ、よくそこまでばれずにいられたなあって感じだったぜ」
レイの犯行現場と言えば、一目見ただけでも吐き気がするような恐ろしさで有名だ。人間が人間の原型を留めておらず、ぐちゃぐちゃという以外に表しようのないような肉塊がそこにはある。俺も一度だけ担当したことがあるが、もう二度と見たくないと思った。
それが、何だって。
一週間?
そんな恐ろしい家で、一週間も生活していたというのか。
「そいつ、神経狂ってないか?」
「俺もそれ言った」
ウルフは、言いながらケラケラと笑っている。
「やっぱそう思うよなあ」
俺は、それに対して頷くだけに留めておいた。
――レイの現場を見て来た直後に、そんな風に笑えるお前もどうかしてるよ。
そんな台詞が喉まで出かけたが、寸でのところで飲み込んだ。
こいつのそういうぶっ飛んだ神経は、俺たちの仕事上かなり有利だ。上はそういった点でもこいつのことを買っている。ならば、俺が今そんなことを言えばそれもまた負け惜しみのようではないか。
「それで。暫くは休めそうか?」
訊くと、ウルフはゆっくりと首を振った。
「いや、ちょいと気になる奴等がいる。『カナ』のクラスだけでもな。他のクラスにまで目を向ければ、もっとたくさんいるんだろうさ」
「そうか」
頼りきられるというのもなかなか大変なものだ。
(トーマ・タツェリオの場合――続)
トーマは、こんな感じでこれからも挟んでいきます。ウルフの一番身近にいるので、使い勝手のいい奴です(笑)