レオン・シュノーの場合-6
24 レオン・シュノーの場合-6
六月十三日。晴天。
今日は建国記念日だ。テレビをつけると、どの局もパレードの話題で持ち切りだ。僕はパレードを現場に行ってみようとは思わない。テレビの音を聞き流しながら、僕は昨年の今日のことを思い出していた。
昨年の四月、僕の通う学校に転校してきたカナ・ギダワーク。彼女と、アンネとカティリアと共に第五区にある遊園地へ遊びに行ったのだった。そこで知ったカナの本当の姿。そして――
「緊急速報です! ただいま、建国記念パレード中の国王様を襲う少年が現れたとの情報が入りました! すでにかなりの被害者が出ています。少年は小刀を持っているとのことです。身長はやや低め。黒いパーカーにジーンズを着用しています――」
突然、緊迫した様子のアナウンサーの声が聞こえて来た。僕はテレビに目をやる。画面には、パレード中の国王様の乗るオープンカーとその警護に付いている人たちが映し出されている。心臓辺りが赤く染まっている人たちが地面に何人も転がっていた。そして、犯人と思われる少年の姿も……。
「!?」
僕はその姿を見て驚いた。見覚えがある。
(行かなきゃ)
僕は家を飛び出した。
大通りは、今も犯行が続いているというのに見物人で溢れかえっていた。人が多すぎて僕の身長では見ることができない。何とか頑張って他人の合間を潜り抜けながら最前列に田とりつくと、やはりそこには僕の知る人物がいた。
犯人である少年は――否少女は、一年前に此処を去ったカナ・ギダワークだ。いや、カナではないのだったか。しかし、とにかく。腰まであった髪はとても短くなっていたが、彼女を見間違えるわけがなかった。
「――カナ!」
僕は思わず叫んだ。少し遅れて彼女もこちらをちらりと振り向いた。しかし、直ぐに顔を戻して人を殺しにかかる。刃渡り十数センチほどの小刀で胸を一突きする。そして抜き、また別の人の胸を突く。顔をきょろきょろと動かしながら、機械的に人を殺していた。
(嘘だろ……)
彼女がカナであることは確かなのに、あれを彼女だと認めたくなかった。
暫くして、カナは国王の乗るオープンカーに向かって行った。運転手はすでに殺されていて、国王は自分から逃げることもできず車内で縮こまっていた。
「や、止めてくれっ! かっ、金をやろう! 幾らでもくれてやる、だから命だけは……!」
国王は声を震わせながら叫んだ。何とも哀れな姿だ。しかしカナは歩みを止めない。オープンカーの前まで来ると立ち止まった。
「金、ねえ……」
カナは口を開いた。声を張り上げているわけでもないのに、不思議とこちらまではっきりと聞こえてくる。とても通る良い声だ。
「あんたはそんなんだから国民に愛想つかされんだよ」
通る声だけれどとても冷たい声だ。
「一体今までにどれだけの人が苦しんだと思ってんだ?! 自己中なお前のせいで、どれだけたくさんの人が貧しい思いをしてきた? 勿論、全ての人々が豊かに暮らせる国を創れなんて言わねえ。そんなことはただの綺麗ごとだ。ただ、あんたらが贅沢している金でどれほどの建物を建てられるかと思うと、どれほどの民が貧困を免れるだろうかと考えている自分がいた。俺はそんな自分がおかしくて仕方がないんだ。そんな事考えたって、意味なんてないのに。そう、お前みたいなやつが国王の座に居る限りな!」
そしてカナは小刀を振りかざした。
「自分の命にかける金があるんだったら、それを国民のために使おうとか思わなかったのかよ糞ジジイ!」
次の瞬間、この国の王は無様にも心臓を貫かれて死んだ。
僕は歴史的な瞬間を目撃してしまったのだ。そして国王を殺したのは、短時間とは言え関わりの合った元クラスメートだ。驚きのあまり暫く口がふさがらなかった。
と、カナは国王の胸から抜いた小刀を放り投げ、代わりに拳銃を取り出した。まだ何かやるつもりなのか……!?
「これ、テレビ回ってるんだよなあ?」
ふと僕たちの方に向き直り、カナは声を張り上げてそう問うてきた。
その瞬間、誰もが首を傾げたくなっただろう。あの犯人は何がしたいのだ、と。
「お、見っけー」
何やら言いながら、カナの綺麗な顔にはそぐわない下品な笑みを浮かべる。右手の拳銃を握りなおしながら。
「此処に居る奴ら、よおぉく聴け! 俺は殺人鬼だ! 大勢の命を殺めたし、今日もこうして国王を殺した。殺人は犯罪だ! しかし、国王が死んだのはチャンスだとは思わないか? 国王の親族もあらかた殺した。これで暫くは国王を置くことができない。今までみたいな王宮中心の国を変えるには、こんなことでも起こらない限り無理だったろう? やろうと思っても、国王の命で鎮圧されたからな」
そして一度言葉を切り、にやりと笑う。
「このチャンスを利用するかしないは、あんたらの自由だ」
言い切ると、カナは拳銃を自分の顔へと近づけていく。まさか――そんな!
「ごめん」
最期、そんな風に呟いていたように見えたのは、僕の気のせいだったろうか。
銃口を自分の口に突っ込んだカナは、表情を変えることなくそのまま引き金を引いた。
「……何で」
密かに思いを寄せていた相手の最期に、僕は全身の力が抜けてその場に崩れ落ちた。
六月十三日。晴天。
その日は建国記念日であり、同時に国王の命日となった。
死者数は三十六人だったという。
その後、国は急いで新たな国王を定めようとしたが、各地で反乱が相次いだ。もともと国に対する不満を募らせていた国民が、自称殺人鬼の言葉に背中を押されたのだろう。その年、チャートキタン国は終わりを迎えた。
チャートキタン国は終わった。これからこの国はどうなっていくのか。
それを見届けるのは僕たちの役目である。
(レオン・シュノーの場合――完)
(狼の独争――完)
いよいよ終わってしまいました。最後まで微妙なおちで描写も曖昧でしたね……。僕的にはもっといろいろと書きたかったこととかもあったので、話の流れとはいえこんな形で終わらせてしまったのは少しもったいなかったかもしれないなと思いつつ、この話を書いていました。
ウルフの最期を書くことができたのも、今まで付き合って下さった皆さんのおかげです。本当にありがとうございました。




