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狼の独争  作者: 紅崎樹
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バキア・ネイシムの場合

13 バキア・ネイシムの場合

 僕は2‐2教室の前まで来ると、深呼吸をしました。そして、

「失礼します。カナ・ギダワーク先輩、いらっしゃいますか?」

 入口の近くに居た女子の先輩に声を掛けました。

(ついに来ました……!)

 僕は、緊張で足の震えが止まりませんでした。

 ついに来たのです。一般人に紛れてこの学校で生活している、弟を殺した殺人鬼の元へ――!


 少し前の話をしましょう。

 僕の弟は、ルチスと言います。おっちょこちょいで抜けているところもありましたがそれは元気で、僕にとって唯一の可愛らしい弟でした。しかしルチスに会うことはもう二度とないのです。

 二年前のある日の放課後、ルチスはいつものように友達と遊びに出かけていきました。小さい頃から仲良くしていたマスッティ君の家へ行ってくると言って、鞄は玄関に置きっぱなし。僕がルチスを見たのは、それが最後となりました。

 夕方、日が暮れてもルチスが帰ってきません。不審に思ってマスッティ君の家に連絡を入れてみたのですが、もう帰ったとのことでした。いくら待ってもルチスは帰ってこなかったので、両親と僕とで探しに出ました。何十分か探し、ルチスは父により見つかりました。

 ぐちゃぐちゃの状態で。

 僕はその現場を見ていません。父に止められました。あんなものを見るのは私だけで十分だ、と。

 話によると、父が見つけた時には、ルチスは殺人鬼レイにより殺されていたそうです。地面に広がる肉塊はルチルの面影がなく、近くに落ちていた靴や服の残骸から判断したと言っていました。あの件では、ワヌーム隊の方たちに本当にお世話になりました。レイはまだ捕まっていませんが、国民のために日々働いてくれているということだけで、本当に有難いです。

 しかし。

 何故ルチスが殺されなければならなかったのか。僕はレイが許せませんでした。僕も何かしたかったのです。ルチスの敵をとりたかったのです。だからと言って、一般人の僕に何ができるわけでもありません。無力な自分を恨みながら、僕は毎日を送っていました。

 そんな時、ある人からこう言われました。

「レイなら今、デジウカに居るよ。第六区に住んでいるカナ・ギダワークという奴に会ってごらん。そいつがレイの正体だ」

 ある人と言うのは、偶然道であった男性です。その人は、とても綺麗な人でした。身体つきから直ぐに男性であることはわかりましたが、思わず女性と見間違えそうになるほどです。線が細く、整った顔立ち。肌は透け通るように白くて、瞳はまるで硝子細工のようでした。

「なんでそんなことを、僕に教えてくれるのですか?」

 僕はつい見惚れそうになりましたが、慌てて訊き返しました。もう少しで信じ切ってしまう所でしたが、明らかに不自然です。

「僕は、他人の考えていることが少しばかりわかるんだ。そういう仕事をしていてね。何なら、きちんと占ってあげようか?」

 とても柔らかな声でした。一語一語が、何故だかすんなりと心に入ってきました。

「あ、いえ、結構です。しかし、占い師さんだったのですか。わざわざご丁寧に教えていただき有難うございました。それでは失礼します」

 僕は一方的に言い切ると、そそくさとその場から立ち去りました。その人があまりにも綺麗で緊張してしまい、直ぐにでもその緊張から解き放たれたかったのです。僕は暫く、その人のことが頭から離れなくなりました。


 数週間前、父の仕事の都合で引っ越すことが決まりました。引っ越し先はデジウカ第六区。家は、十分ほど歩けば海の見える位置にあります。

 その話を聞いて、僕は驚きました。こんなに都合のいい話があるでしょうか。通りすがりの占い師さんから聞いたレイの情報。行けるものなら是非行きたいと思っていた所だったのです。

 そしてその後も、事はトントン拍子に進みます。

 数日前、新しい学校にもそろそろ慣れてきたところで、僕は同級生に訊きました。

「カナ・ギダワークって聞いたことない?」

 すると驚いたことに、この学校の生徒だという答が返ってきました。

「すごく美人な転入生が来たって先輩たちが騒いでたから」

 とのことでした。

 こんなことってあるのでしょうか。僕は少し怖くなったくらいです。もしかしたら、これは仕組まれたことなのかもしれない。そう思いました。カナ・ギダワークがこの学校に居ると知った後も、会いに行くか否か少し悩んでいました。

 そして今日、ようやく踏ん切りがついたというわけです。


「何、かな……?」

 教室から出てきたのは、確かに綺麗な方でした。女子と話すのには慣れていないので、僕は緊張しながらこう言います。

「先輩、初めましてですね。僕は、バキア・ネイシムと言います。話があるので、放課後に聞いていただくことはできますか?」

 僕は、勢いに任せて言い切りました。先輩の顔を見ることもできず、下を向いたまま返答を待ちます。

「いいよ。放課後ね? この教室に居ればいいかな」

「はい。お手数おかけします。それではそのようにお願いします。失礼しました」

 教室の中からの、他の先輩方の視線が居たくてなりませんでした。緊張のせいか、胃がキリキリと痛みました。

(まだまだこれからなんだから)

 自分の教室へ戻ってから、「頑張らないと」と僕は自分のほっぺたを軽く叩きました。


 放課後、2‐2教室へ行くと、カナ先輩が待っていました。

「ああ、バキア。どうぞどうぞ、入って」

 カナ先輩が僕に気づき、こちらを向きます。と、その時僕はあることに気が付きました。

「あの、先輩。本題とは少し逸れちゃうんですけど……ウルフさんってご存知です?」

 そう訊きながらも、僕は既に確信していました。この方は、ワヌーム隊のウルフさんだと。さっき会ったときは顔もまともに見なかったので気づきませんでしたが、身体つきがウルフさんと全く同じです。それから、声のトーン、顔のつくり……他人の空似と言うには少し無理があると思いました。

「だ、誰のことかな……?」

「しらばっくれないで下さいよ。ウルフさんなんでしょう?」

 本来の目的も忘れて、少し嬉しくなりました。まさか、こんなところで知り合いに会えるとは。

 僕は何かにつけて、事件現場に居合わせることが多いんです。ルチスの第一発見者が僕でなかったのが不思議だと言われてしまう程に。そこでワヌーム隊の方とも会うので、いつしか何人の方と顔見知りになっていました。そのうちの一人がウルフさんです。ウルフさんは僕と同じくらいの年齢だと思うのですが、僕よりもずっと大人な人です。言葉遣いが少し荒く格好も質素で、よく男の子と間違えられていました。しかし、身なりを整えて口調を改めるとこれほどにも美人だったとは。今度会う時から、緊張してしまいそうだとちらりと考えました。

「バキア、ちょっと場所を変えようか」

 カナ先輩は、口を開くとそう言いました。


 学校を出てしばらく歩いたところで、カナ先輩は再び口を開きました。

「アカネさぁ、場くらい弁えろよ」

 口調が普段のウルフさんに戻っています。僕の呼び方も、普段のものに戻りました(因みに、『赤』いメガ『ネ』をしているから、『アカネ』なのだそうです。女の子みたいで嫌なのですが、そう言っても直してもらえませんでした)。確かにカナ先輩は美人ですが、やはりこの人はこちらの方が魅力的だと思います。

「すみませんでした」

「で、本題ってのは何だ?」

「単刀直入に聞きますよ、あなたは殺人鬼レイですか?」

 カナ・ギダワークがウルフさんだと分かった今、あの占い師さんの言葉はもう信じていませんでした。ワヌーム隊の人が殺人鬼をやっているなんて、あり得ません。

「もしそうだっつったら、どうするんだ? てか、どうしてそう思うんだよ?」

 今のは、否定と取っていいのでしょうか。

「通りすがりの占い師に聞いたんですよ、カナ・ギダワークがレイの正体だって」

 するとウルフさん、「はあ……」と長いため息を吐きました。

「お前、それが仮に本当の情報だったらどうするつもりだったんだよ? もしカナ・ギダワークがレイだったとしたら、お前確実に死んでたぜ?」

 その口調からして、呆れきっている様子でした。

 言われてみて、僕はその状況を想像してみます。……確かに、僕はとても考えなしのことをしていました。

「すみませんでした……」

「なあアカネ、その占い師どんな奴だった?」

 僕が自分の馬鹿さ加減に項垂れていると、そう尋ねられました。

「どんな奴とは?」

「その言葉の通りだよ。外見とか口調とか……覚えてる限りでいいから」

 あの占い師さんの特徴ならば、事細かに覚えています。僕はなるべく細かく説明をしました。

 説明しているうち、僕は新たなことを思い出しました。

 ――それでは失礼します。

 そう言ってそそくさと立ち去ろうとした後、後ろから呼び止められたのでした。

 ――もし君がカナ・ギダワークに会えたら、これを渡しておいてもらえるかい?

 そう言うと、占い師さんは懐から紙切れを取り出したのです。今こうして思い返してみれば、あの人は最初から、カナ・ギダワークがレイではないということを知っていたのかも知れません。知っていて、紙切れを僕に託したのかも。数字がたくさん並んでいて、結局僕にはそれが何かわからなかったのですが……そういえばあの紙、どこにしまったのでしたっけ?

 新たに思い出した情報も含めウルフさんに伝えました。すると、みるみるウルフさんの眉間にしわが寄り始めます。

「アカネ、その紙見つからなかったらどうなるかわかってるよなあ?」

「は、はい……!」

 台詞からして、どうやらあの紙はウルフさんにとって重要なものだったみたいです。

「今は思い出せませんけど、家を探せば出て来る筈です。明日必ず持ってきますね!」

「うむ、よろしい」

 そう言って頷くウルフさん。もう一度怒られなくて安心しました。


 ウルフさんと別れた後、早速あの紙を探し始めました。十分も経たないうちに、

「あ、あった!」

 皺が寄ったり破れたりしていたらどうしようかと思いましたが、そんなことはありませんでした。これで安心して明日も学校へ行くことができます。

「それにしてもこの数字……何か意味があるのかなぁ?」

  (バキア・ネイシムの場合――続)

バキア・ネイシムの場合でした。

バキアはですます調にしてみました。イメージ的にこんな感じだったので。

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