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ゾディアックは、資料室から出てくるところだったが
「おっ」
サンライズを見て、足を止めた。
「お、おはよう」
「もう昼過ぎだよ」
サンライズが言うと、
「だよな」
とつぶやいて下を向いたまま自分のフロアに戻って行く。
来るなとも言われないので、彼はついて行った。
席につくなり、ゾディアックは隣の空いた椅子をさりげなく指さした。
サンライズはそこに座って、少し言葉をさがす。
「あのさ……何と言うのか」
またローズマリーにPTSDですね、と言われてしまう。
「とにかくごめん、そう言いたくて」
それから少しきつい目で、彼を見据える。
「あと、オレにナイフ突き付けたのは、かなりショックだったからな、一応言っとく」
「ああ」
ゾディアックは、いたたまれないように下を向いた。
「オマエ……初めてなのによくやったと思うよ、ブルっちまうのも、誰にでも経験あるし」
「こわくて、震えてたんじゃあないからな」
そう、言ってみたが全然説得力のある言い方ではなかった。
それでも、ゾディアックはしょんぼりしたように下を向いて座っていた。
やがて、目をあげてぽつりと
「悪かったよ、ごめん」
確かに、彼のせいでは全然ない。そんなことはどちらも百も承知だった。
「あのさ」
サンライズは椅子に座ったまま、彼の脇に近づいた。
「オレ、支部長に呼ばれた時にさ……ベイカーの件だったが、ついでに言ってやったよ」
「え? 何て」
「あんな合宿、今回限りにしてください、ってさ」
「へええ」
かなり驚いている。
「そんなこと、言ってきたの? あの人に。すげえな、オマエ」
「そうかな」
「誰もそんな事言えないさ、怖くて」
「あの人? 支部長が?」
「て言うかさ……リーダー合宿って、ここのお約束みたいなもんだろ? 本部でもどこの支部でも必ず企画されてるし」
「何であんなコトする必要がある?」
「そりゃ……」
ゾディアックにも答えられないようだった。
サンライズは支部長にこう言ったのだった。
「わざわざ生き残るための訓練なぞ、必要ありません。
私たちには、不必要な憎悪や陰謀などに惑わされる時間などないと思います。本来のシゴトで、そんな目には存分に遭っていますから。
余計な憎しみ合いや謀りごとで、わずかな時間でもああして心をすり減らすのならば、何も考えずにみんなで飲みに行ったほうがどれだけ有益か分かりません。
人生と同じで、困難な場面は真剣勝負だと思うんです。そういう場に行き当たったらそこで真剣に憎しみや悪意に向き合って戦えば、十分かと」
支部長は、いつものように穏やかな目で彼を眺めていたが、やがて、うん、と一つうなずいてこう告げた。
「キミの言いたいことは解った。東日本支部では廃止の方向で検討しておくよ」
あっさりと、意見を聞いてくれたのだ。サンライズはかえってあっけにとられたように、その場に立ち尽くしてしまった。
それでも、言ってよかった。支部長室を出てから、ようやく胸のつかえが少しだけ取れたようだった。
それに、仲間の二人にもちゃんと口がきけたし。
やはり、自分にはケンカは向いていないようだ。




