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週明け、フロアに帰ってみると、いつもの風景が広がっていた。
ローズマリーは机の上に溜まった書類をかき回している。
「たかが4、5日でどうしてこうゴミが溜まるんだろう? カンジンなものがないし」
ブツブツ言っていたが、ぱっと顔をあげてサンライズを認めると
「ねえ飲み会のチラシ、まだ持ってたら見せて」
「合宿行く前に捨てちゃったよ」
「ばかだなあ、あおきくんは」
カイシャから補助が出るんだぜ、アレ、と言いながらまだ探している。
まだ脇にいた彼に、ローズマリーが書類をかき回しながら声をかけた。
「何か、お悩みゴトですか」
相談料高いぞ、とつけ加える。
「すごくツマラナイことなんですが」
サンライズは何と言おうか言葉を選ぶ。
「何と言うか……あの合宿、かなりその何だ」
うまく言えない。
「わかった」
ローズマリーがまじめな顔でこちらを見上げる。
「それはですね、多分PTSD、心的外傷後ストレス障害、というヤツですよ、具体的には、アナタのようにすごく説明がヘタになったりしますね、労災の対象です」
「アホかキミは」
それでもつい笑い出す。
ローズマリーは椅子に寄りかかってから、ふう、と息を吐いた。
「見たんだって? オレとゾーさんの一騎打ち」
「ああ」
やはりコイツは、オレが何を聞きたいのか判ってたんだ。
ローズマリーが続ける。
「一騎打ちじゃねえな、後ろからあのスパニッシュ野郎が狙ってたから」
ヒキョウだよ、オレはポルトガル語なら少しは知ってるが、スペイン語は苦手。似てるようで何かと違うんだ。
言いながらも、実際はそんなことを言いたいわけではないのが、サンライズにもすぐ分かった。
「あの時はあの時、でもね」
ようやく、ローズマリーが教えてくれた。
「気が済むんなら、連れには後からナシつけてもいいと思うよ、オレは。たいがいの連中はそんな幼稚園みたいなことはしてないだろうけどね……オマエはそれが気になってたんだろう?」
渋々、彼はうなずいた。
ローズマリーはふわりと笑った。オンナはそれで騙される。
「まあ、実のところオレも今朝ゾーさんに謝った、蹴っちゃってゴメン、ってさ」
ゾディアックは少し、きょとんとしていたらしいが
「ああ……オレもすまんかった」
あっさりそう答えたそうだ。
「元々、ヤツと親しくなったきっかけは、前回の研修だったしね」
お互い、まだ新米に近かった二人は、敵として早いうちに出遭っていた。
「ヤツは、オレに飛びかかって首根っこを切り裂こうとした」
昔からナイフ使いの名手だったらしい。
「前回は、オレの勝ちだった。後ろ向きで股間を蹴りつけてやったんだ」
ゾディアックは崖から落ちた。
救助隊が見つけるまで14時間もかかったそうだ。
「カイシャに戻ってから、ヤツが詰め寄ってきた。おいこの色男。オマエ、どういうつもりだ、オレの子種が無くなったらどうしてくれる、って」
そこでローズマリー、しれっとして答えた。
「どうせしばらくはケッコンなんて考えてないだろ? いいじゃん、そんならそんで、オンナに訴えられても裁判で勝てるぞ。オレの子じゃありません、ってさ」
ゾディアックは、黙りこんだ。
しばらくその発言の意味を考えていたらしいが、
「オマエ、セクハラで訴えられるぞ」
そう呟いてまだ何か言い足そうとしたが、面倒くさくなったらしく、急に
「じゃあ今夜飲みにいこうぜ」と言ったのだと。
ローズマリーの口調はサバサバしていた。
「オレらが呑み連れになったのはあの合宿のおかげだった。まあ……あんなクソみたいな研修でも、一つくらいは取り柄がないとな」
サンライズは礼を言って、「じゃあ相談料千円」と差し出された手をばちんとはじいてすぐにゾディアックを探しに行った。




