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「残念だが、知り合いは極端に少ない」

 一瞬、ベイカーが棒立ちになったところにサンライズは頭から突っ込んだ。

 足をすくうつもりだった。が、急激な動きが悪かったのか、目眩が起こってやや進路が脇にブレた、そこを冷静に観察していたベイカー、彼の背中に両膝を揃えて落とす。そのまま潰された。


 研修の時に上官から言われたことが頭によぎる。オマエ、後ろにも目が必要だな。背中が弱過ぎ。油断大敵火がボーボー、ほら、もう殺られちまったぞ。


 馬乗りになったベイカーが彼の腕をとった。ぐいと後ろにひねり上げる。

「あああ」

 一応、何をするこのオタンコナス、と言ってやったつもりだ。

「降参するか?」

 ベイカーはそのまま彼を立たせて壁に押し付けた。腕がもげそうだ。しかも怪我した方の肩があり得ないくらいひねられている。

「降参しろ」

 言葉にならず、とにかく首を縦に振った。

 ベイカーは、くるりと彼をひねって前を向かせ、向きあった下腹に思い切り、ひざ蹴りを入れる。

 声も出ない。サンライズは彼にいったんもたれかかり、抱きつくようにしがみついたが引きはがされ、そのまま床に崩れ落ちた。


 彼は、腹を両手で押さえ、かがみこんだまま痛みに耐えている。


「叩きのめすのは無しにしてやった、嘘は言ってない、蹴りを入れただけだ」

 ベイカーもぜいぜいしている。

「さあ、詫びを入れてもらおうか。手をついて頭を地面につけて謝れ」


 サンライズ、あちこち痛くてそれどころではない。


「やれ、リーダーの命令だ」

 だいぶたってから、サンライズは両手を彼の前についた。

 右肩はまだ火がついているようだ。それでも何とか顔を上げた。


「頭もつくんだ」

 言われた通り頭も地面につける。

 がんがん痛む頭に、下の床が冷たくて気持ちいい。

 そのままでいさせてくれればいいのに、まだ余計なことを言うベイカー。

「お許しください、言ってみろ」

「お許しください」

 頭をつけたまま、何の感情も込めずに口に出す。


 言ってやるよ、何度でも、減るもんじゃあなし。

 それに今オレに必要なのは、プライドじゃない……時間だ。


 ベイカーは嗤っている。

「もう一度だ、今度はちゃんと感情を込めろ」

「申し訳ありません」

 とりあえず頭に響かない程度に大声を出す。

「もう一度」「申し訳ありません」


 プライドを簡単に捨てられる人間に対して、ベイカーは甲斐のない復讐を続けていた。

 それでも口調からあまり真剣味が感じられないのをようやく察したのか、急に彼は黙りこんだ。

「よし」

 少し考えてから、彼が言って靴の先をサンライズの頭に乗せた。


「靴を舐めろ」


 サンライズはぼんやりと彼の顔を見上げた。

 暗がりに敵となった男の黒いシルエットが覆いかぶさっている。


 待てよ、これは研修でやったぞ。屈辱への対応。

 靴を舐めなさいというオーダーにどう対処するか? 拘束されていないという条件その一、相手が慢心により油断している場合、両手で靴のかかとを持ち、半回転させながら上にひねり上げ反動で相手の両脚間に一歩入り込み……ダメ、却下。

 その二、相手に油断がない場合、とりあえず靴を舐める。靴クリームにアレルギーがないか予め検査しておくとよい。舐めることで相手に油断が生まれ、隙が出来る可能性に賭け……イヤだなあ、オレ、アレルギーあるか調べてないや。しかし冷静に考えてそんなモノ調べるバカがどこの世界にいる。


「舐めろ」


 靴が頭の脇に降りた。サンライズはのろのろと頭を起こし、まず床から手をひきはがす。


 靴はかなりマズイだろうなあ。暗い中で見ても、泥の中をくぐったり山道を踏みしめたりしていた靴は、かなり美食からは程遠いようにみえた。


「早よせえや、このクソガキ」ベイカーが本性をむき出しにした。

「オマエは奴隷と同じなんだ、オレの命令は何でもきけ」


 顔を蹴られる、目を固く閉じたせつな。


 リフトの箱が急にひと揺れした。「!」ベイカーがよろけ、サンライズも壁に飛ばされる。


「誰かいるか」

 上から叫び声がした。と、隙間に懐中電灯の明かりがさした。

 ベイカーが制すより早く、サンライズが叫ぶ。

「ここだ! 2人」

「コードを」

「04班ベイカー、サンライズ」

「少し待て、そこを動くなよ」上の声がいったん遠ざかる。ベイカーはぼうぜんと天井を見上げた。


 ヘリの音が聞こえる。しかし、救護班が来たと言うことは、たぶんMIROCのものだ。

「あれ」

 サンライズは落ち着きはらってつぶやく。

「人買いのヘリ、来ないなあ。帰っちゃったのかなあ」

「……この腐れ外道め」

 ベイカーの両手が、サンライズの首にのびた。

「せめてオレが始末をつけてやる、死ね」

「おおい」急にはっきりした声が、すぐ上から響いた。

「だいじょうぶか? ベイカー、サンライズだな? こちら救助班グランパ。判ったら状態を教えてくれ」

 ベイカー、耳のタグを見ようと手を当てて、硬直した。

「まさか」

 サンライズが、タグの色を確認しながら落ち着いた声で応える。

「サンライズ、タグはオレンジ、重傷。ベイカーはタグ紛失」

「サンライズはオレンジで重傷、ベイカーは紛失、だから死亡。了解。」ストレッチャー持ってこい、あとバッグ一つ、ロープも二組、あともう一人寄こせ、上でてきぱきとグランパ班のリーダーが仕切っている声が聞こえてくる。

「それと『クウォーク』、出番だぞ」

「サンライズ、オマエ」

 ベイカーはまだ片手を耳に当てたままだった。

「さっきオレからタグを取りやがったな、抱きついた時か」

「ゴールにはこだわってないんだろう?」

 天井がはがされ、白い照明光が狭い箱の中に満ちた。ベイカーもサンライズも、目の下に深い隈ができたようにみえる。

「だったらタグも要らないわけだ、そうだろ?」

 一言返そうとしたベイカーは、

「ベイカー」

 グランパの背後から、誰かに呼びかけられ、ぎょっとしたように目を見開いた。

 サンライズもその声に反応して身を起こした。


 グランパの陰から下をのぞいた作業服の男は、光線銃をベイカーに向けていた。


「……ヤルタ?」

「研修を済ませたから、開発部のコードに戻りましたがね」

 眼鏡の小柄な姿は、爽やかに笑っていた。

「クウォークです、研修お疲れ様、それと」

 サンライズもぽかんと口を開けたまま、ヤルタ、もといクウォークを見守っている。

「ふたつばかり、言っておきたいんですが」

 ヤルタはまずサンライズに顎をしゃくってからベイカーに向かって言った。

「メガネのコオトコ、ってバカにするのは、感心しませんね、今後止めていただきたい。それと」

 後ろに回していた光線銃を前で構え直す。

 ベイカーが、ごくりと喉を鳴らしたのが聞こえた。

「ベイカーさん、私の開発した機械を持ち出してますよね、返していただきたいんですが」


 サンライズは呆然とつぶやいた。

「アンタが、作ったんだ……」


「ではベイカーさん、失礼」

 丁寧な口調とは裏腹に、クウォークはかなり長めに光線銃を発射した。

 まともに撃たれたベイカー、呆然とした表情のまま壁際まで吹っ飛ばされ、失神。


「すみません、一応ルールですから」

 死亡者は意識のないまま現場から連れ出されるという規則だった。


 十分、承知の上です、ありがとう。心の中で礼を述べるサンライズに、今度はグランパが尋ねる。

「で、キミのタグがオレンジだっけ?」

 そう念押しされてサンライズは自分のタグを再確認する。

「あ」

 いつの間にか、タグは赤に変わっていた。

「死んでる」

 言ったとたんに、光線銃の赤い光が直撃。サンライズも床に伸びた。

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