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「本部の特務についた時だった、初めてシェイカーについての噂を聞いたのは……」
ベイカーが得意げに語り出したのを、サンライズは痺れるような疲れの波と闘いながら、どこかぼんやりと聞いていた。
ベイカーは、まさか本当に『シェイク』という能力で他人の意思を自由に操る人間がいるとは思ってもいなかったのだそうだ。
『シェイカー』という称号は、ネゴシエーションの巧みな特務エージェントに冠せられる単なる飾りだと考えていた。
開発部に異動となった時、偶然見たファイルがベイカーの運命を変えた。
部内でも管理者のみが閲覧可能の個人ファイルに、本部や各支部の特務課について特記事項をまとめたものがあった。
その中にたった一人、『シェイカー』の文字がつく人物がいた。
東日本支部に入局したばかりの人物、しかも元郵便局の窓口担当。
「それが、オマエだった、サンライズ」
ベイカーには信じられなかった。
シェイカーはベテランの特務エージェントだとばかり思っていたのに、こんな新人にどうしてこの記述が?
異動願いを出して、その男を観察することに決めた。
ちょうど同じタイミングで、サンライズもリーダーに昇格していた。あまりにも早い出世だと、やっかみ半分、好奇心半分で支部内の噂にもなっていた。
見た所、なんの変哲もないただのカイシャインに見えた。
「オマエは、いつ見ても、どこで見ても平凡そのものだった、メガネのコオトコ、つまらんヤツ、腕力もなく、知性も感じられない、特別な能力があるようにはとうてい思えない」
「お褒め頂き光栄です」
サンライズ、一応そう答えておいた。
しかし、昨年の秋にバンコクで無事、任務をこなしてきた話を聞いた時に、ベイカーはピンときたのだ。
彼自身は運がよかっただけ、と言ってたと聞いたし、任務自体はそれほど難しいものではなかったはずだが、新米リーダーとしてはかなりハデな展開になったらしく、これもまた支部で何かと噂になった。
話を詳しく聞いてから、不正アクセスでその詳細レポートを閲覧した。開発部に提出された内部資料も独自のツテで読むことができた。
全てを見終わって、疑いは確信に変わった。
ヤツは正真正銘のシェイカーだ。
その頃、彼は投資に失敗して多額の借金を抱えていた。
自信過剰な男にありがちなことだが、引き際というものに疎いのは彼も同じなようだ、とサンライズは心のどこかでひっそり独り解説を入れる。
ベイカーは、ついに大金を掴むのにちょうどいい売りモノを思いついた。
それが、シェイカーだった。
「オマエのような人材が欲しい組織はいくらでもある。その中でも一番高く買ってくれるところが、ロシアにあった」
民主化と共に急激に経済的な成長をみせた、ロシアン・マフィアの一組織が彼の提案に飛び付いた。
「彼らはやり手でね、日本各地にも営業所を持っているんだ。何でも売り買いする、まあ、総合商社、ってやつだね」
コンピュータなどの精密機器も、先端技術の設計図も、可愛いお姉ちゃんも、オマエのようなオッサンも電話一本で引き取ってくれるんだ、そしてすぐキャッシュで払ってくれる。ありがたい会社なんだよ。
「この合宿が終了する前に、ぜひとも彼らに連絡をしたい。邪魔が入らないうちにヘリで迎えに来てもらえるから。連絡してから三時間以内で着く、と言ってたしね」




