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ベイカーと歩き出して、20分はたった頃だろうか。
伏せろ、と言われる直前、気配に気づいた。
サンライズは咄嗟に地に這いつくばる。
(見ろ)
ベイカーが黙ったまま指で伝えた。
サンライズは音を立てないよう前に移動し、低く崖になった縁まで気をつけながら身を寄せると、暗視スコープ越しに、少し離れた下の空き地をみた。
信じられない光景だった。
ローズマリーが、じりじりと間合いを詰めている。スコープをつけてキャップをかぶってはいるが、まさしく彼だ。前髪の色を抜いた部分が白く浮いてみえる。
向かい合う人影をみて、さらにぎょっとなった。
ゾディアックだ。
彼も素手だった。少し離れたローズマリー側に、持っていたらしい光線銃が落ちているのがサンライズからも見えた。たぶん、相手に蹴り落とされたのだろう。
ローズマリーが低く構え、大きくステップを踏みながら身体を揺らしているのに対し、ゾディアックはほとんど棒立ちの状態で、しかも右手首を押さえたまま、しかし油断なく間を空けている。
以前ローズマリーと格闘技の話になった時、サンちゃん何か習ってる? と聞かれてローズマリーは何かやってるの? と逆に聞いてみたら、ブラジル人の連れにカポエイラ習ってる、と答えたことがあった。
今見ているのがそうだろうか?
その時にはにこにこしながらこうも言っていた。
「カポエイラはねえ、音楽に乗せて踊るのと武術とがミックスされたようなもんだしね、相手に蹴りとか当てないんだよ、普通は」
だからオレがやってるのも単なるお遊びだよ、と笑っていたが、今はかなり真剣に、相手を追いつめているようだった。
しかも、当て身も食らわしたようだ。
ゾディアックは、しかしただ単に呆然としているわけではなさそうだ。口元をいつになく真剣に引き締め、常に相手に正面を向けるように立っている。まったく隙がない。
しかし、積極的に攻撃を仕掛ける様子はみえない。こう着状態のようにもみえた。
ベイカーはどう出るつもりだ?
サンライズが目を走らせると、彼は軽く肩をすくめる。
「少し位置が悪い、終わるのを待とう」
「終わるのを」、誰かが誰かにヤラれるのを、文字通り高みの見物でやり過ごすようだ。
サンライズは複雑な思いでまた、彼らの方を見やる。
ゾーさん、どうするつもりなんだ?
まさか、飲み連れなので遠慮しているのか?
そんなつもりはないことは、間もなく分かった。
ゾディアック、手首を掴んだまま気づかれないくらいわずかに片足を後ろにずらしていた。表情は全く変わらない。ローズマリー、さらに間合いを詰めた。
と、暗闇から突然、誰かが叫んだ。
「アルスエーロ!」
同時に、ゾディアックが目にもとまらぬ速さでその場に伏せた。
今度はローズマリーが棒立ちになって声の方を向く、と赤い光線が斜め前から彼の胸を撃ち抜いた。
衝撃はさほどなかったはずだが、彼は、びくっと身を起こし、その場に崩れ落ちた。
完全に全身の筋肉がマヒしてしまったらしい。
ゾディアックはゆっくりと彼の傍に寄り、まず自分の銃を拾い上げてから薮に隠れていた仲間に合図した。
藪から一人姿を現した。カナリヤのリーダー、ジャッカルだろう。小柄な浅黒い肌のこのリーダーは、野生動物のようにしなやかな動きで、倒れた敵の前に歩み寄った。
二人は仰向けになった敵の脇に立ち、まず、銃の先でそっと小突いて、抵抗する様子がないのを確認してから、彼の耳からタブをもぎ取った。
ローズマリーは、ぴくりともしなかった。
ゴーグルを剥がされた時、目を見開いたままなのに気づいた。
本当に死んでしまったのか? サンライズは更に身を乗り出した。
ゾディアックが顔を近づけ、脈をみながら息をしているのを確認したらしく、ジャッカルを見上げて何か小声で伝えた。彼は軽くうなずいて、取り上げたタブを端末に通している。はい、これで0一班リーダーのローズマリーは一巻の終わり。
ゾディアックが無線で本部に連絡を入れている。しばらくすると、この場に回収部隊がやって来て、『死体』を持ち去ってくれる手はずになっている。
二人きりの『カナリヤ』チームは、音も立てずに薮の中に姿を消していった。
実際に見ていてもまるで他人事のように思えていた『戦い』が、急にサンライズの上にも重くのしかかってきた。
ローズマリーとゾディアックが殺し合いをした。次は、オレとゾディアックの番か?
寒くはないはずなのに、腕に鳥肌がたっているのがわかる。
「移動」
ベイカーが手を振って合図した。彼らは、同じように音も立てずに『カナリヤ』の消えた薮の方に前進していった。




