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-第4話- 「 ドーキン 」

「おはよっ~! リク!」


  昨日と同じ明るい笑顔のルシアが、ベッドで横になっていた私の視界に飛び込んできた。


「おはよう……朝から元気だね」


 考え事をしていたせいか、浮かない口調で対応してしまった。


「ワタシは、いつだって元気よ!」


 まぁ、元気の無いルシアは、あまり想像したくないな。……と思った。


「ところで、このアースリアに国王とか国を治める人っていないの?」


 この世界に来てから数日経過しているが、お会いできるという感じ? 気配がまったく感じられない……そこでルシアに聞いてみた。


「勇者に推薦された以上はさ~、この世界を救う為に行動するのだから、どう考えても一番最初に会っておかなければいけない人物だと思うんだけど?」


 少し強い口調になってしまった。


「ん~それには色々と事情があって、今すぐお会いするのは無理なんだよね……ごめんね」


 なんか、ルシアを困らせてしまったかな? でも、そんな偉い人に簡単に会えるものでもないか……


「いや、ルシアが謝る事は無いし……こっちこそ気を悪くさせてしまったかな?」


 さっきも思ったが、やはり元気の無いルシアは見たくない。何か変に重苦おもくるしい空気が部屋の中を漂っている。


「今日は、ここ(アースリア)にパン屋さんが無い理由わけを話そうと思って来たの……」


 ルシアは、何とかこの雰囲気の中で口を開てくれた。そして、今からある場所に案内してくれるという話しだ。


 今日も、雲ひとつ無い気持ちのいい青空が広がっていた。私は、歩きながらルシアの方を横目でチラッと見た。会話の無いまま、昨日とは反対方向に歩いて行く。着いた場所には、とても大きな樹があった。たくましい姿で迎えてくれている様だ。その横には、何か建物があったのを思わせる形跡があった。


「ここはねっ……」


 ルシアが話そうとした時……ラークスが樹の陰から現れた。


「ここからは、私が話そう……ありがとうルシア」


 ラークスは、ルシアの代わりに話し始めた。ルシアは、話しの妨げにならぬよう一歩下がって身を引いた。


「1年前は、このアースリアにベーカリーが612軒ありました。このリドの街には、359軒ものベーカリーが存在していました」


 世界の半分以上のパン屋がこの街にあったとは驚きである。パン好きな人達が住む世界? アースリア……か。


「この場所には、アースリアで一番のマイスター、ライスタのベーカリーがありました。でも今は、このように何もありません」


 一体何があったのだろう? それにマイスターとは……


「着いて来て下さい。お話しはそこで致します」


 ラークスは、口をつぐみ歩き出した。しばらく歩いて、着いた先は『MEISTER・MUSEUM (マイスター・ミュージアム)』と書かれた巨大な建物の前だった。昨日は、この前を通るだけだった。改めて見ると大きいな。


「ここは、あらゆる職業のマイスターに関する情報を管理している場所です。さぁ、中に入りましょう」


 重厚なミュージアムの外観を眺めながらエントランスへ入って行く。私は、緊張しながらも好奇心でいっぱいだった。中に入ると、そこには魔法で管理された空間が広がっていた! ミュージアムの外観もすごいが、中に入るとまた圧倒されてしまう程の造りになっていた。


「リク~こっちだよ~!」


 ルシアが遠くの方で手を振っていた。何か元気になったみたいだな……よかった。

ルシアのいる場所に行ってみると『B-MEISTER』という表記があった。


「B-MEISTERとは、ブレッド・マイスターという意味です」


 ラークスと私は、歴代のB-MEISTERの映像の前で足を止めた。


「このB-MEISTERは、アースリアに7人いました。7人しかなる事が出来ないのです」


 さっき聞いたベーカリーの数からして、相当な狭き門という事なのだろう。でも、たったの7人とは、ライスタという人は、その中のトップという事か……


「この称号を受けた者は、アースリアにおいても上位的な存在となります」


 私は、パン屋の……いや、ブレッド・マイスターの存在価値に驚きを隠せなかった。


「どの職業のマイスターもそうですが、ベーカーリー界のマイスターは別格なのです。何よりも国王が、このアースリアで一番パンを愛しています」


 国王が、アースリアで一番パンを愛している。だからB-MEISTERは、別格という事なのか。


「1年前のこと、ドーキンという男が愚かな事をしてしまったのです。ドーキンは、B-MEISTERの称号が欲しいが為に……絶対に使ってはならない禁呪を発動させてしまったのです!」


 禁呪? 俗に言う禁断の魔法といったところか?


「その禁呪とは……」


「自分以外の人々から、製パンレシピの記憶を消し去って、ただパンは美味しい物だという記憶だけを残すという……そんな恐ろしい呪いだったのです」


 何と言うメチャクチャな呪い? ……魔法だ。どんな願いでも叶う魔法なのか?


「記憶を失くした人々は、何をしたらいいのか分からず、正気を失う者まで現れました。特にひどかったのは、マイスターの7人で相当な精神的ダメージを受けました」


「幾らなんでも、そんな事って……正気を失う?」


 少し大げさじゃないかと、この時は思った。パンを作れなくなったマイスターは、ただの人って事になるのかな?


「……それだけ、パンの事を大切にしていたという事ですよ!!」


 ラークスの機嫌を悪くさせてしまった様だ……それに、ルシアの顔が悲しげに見えた。



 私は、すぐに謝罪の言葉をさがした。


「自分もパンを作る者として、軽率な発言……申し訳ない」


 確かに自分も今までパン一筋だから、作れなくなったら……どうなるだろう? 考えただけで、底知れぬ恐怖すら感じた。



 再びラークスは、続きを話し始めた。


「ドーキンは、B-MEISTERと勝手に称しプンパやまのふもとにベーカリーを開きました。でも彼のやった悪行は、この世界の者なら誰もが知っています。どんなにパンが欲しくて食べたくても、誰一人として……」


 ラークスは、言葉を詰まらせた。


「失礼……誰一人として、ドーキンのベーカリーにパンを買いに行く者はいませんでした」


 アースリアの人々のパンに対する姿勢が半端な物ではない事が分かった。


「私たちも、国王にその様な事情のパンをしょくさせる訳にはいきません」


 本当に徹底している。この世界の人々に尊敬すら覚えるくらいだ。


「ドーキンは、パンを作っても誰にも食べてもらえない辛さ? からなのか……ある行動に出たのです。その行動とは、ドーキンを屈服させる事ができたら、すべてを元に戻す……と」


 また、禁呪を使うと言うのか? そんなに何回も使える便利な物なのか? よく考えたら自業自得なんじゃないかって思う。


「製パンレシピの記憶を消した張本人が、何を言ってるかな?」


 本当によっぽど辛かったのか? そこは、本人に聞かないと分からないが……


「そうなのです。製パンレシピを失った今の私たちには、対抗できる者がいませんでした。ただ、記憶を失った時に道具やオーブンの使い方も一緒に忘れてしまったのです」


 そんな事って? 道具の使い方まで……


「ベーカリーにあったオーブンは、その物まで無くなりました」


 B-MEISTERへの憧れもここまで来ると……ただの悲しい悪者だな。


「やさしくて、ふくよかな国王は、好物のパンを食べれないストレスから食欲を失いました。そして、見る見るうちにせていきました」


 何だかラークスの表情がよろしくない。……大丈夫か?


「やさしかった国王は、特に最近……機嫌が悪くイライラしている状態が続いています。このままだと、御身体おからだにも良くない」


 アースリアの国王は、それほどまでにパンを愛しているとは……


「今は、このリドの末端の人々の事さえも気に掛けない始末です。アースリア全体の危機を感じた私たちは、他の世界から協力を求める事にしました。その為の使者というのが、ルシアなのです」


「協力?」


 ……半ば強引? だった気が……ルシアと目が合った。ルシアも私の方を一瞬見たが、少し苦笑いをして視線を外した。


「ワッ……ワタシちょっと向こうに行って来るね……アハハ」


「……」

「……?」


 ラークスは不思議そうな顔をしていたが話しを再び始めた。


「やっとの思いで2人の方を……そして陸殿、あなたを見つけたのです」


 本当に、この異世界アースリアを救うという事なんだな。


 勇者として救うという事の重みを実感した。


 なんと言っても国王を救わなければならない!



第5話に続く……

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