努力を奪われた人間のその後は
シリーズはこれで終わりです。
多くの方に読んでいただき誠にありがとうございます。
色々な感想をいただき、とても嬉しかったです。
誤字脱字報告はありがたく使わせていただいております。この場を借りて感謝をあなたのおかげで拙い文がよりよくなりました。
私はエリスという。
最近になって少し有名になった新人作家だ。
私は馬車に揺られ久しぶりに領地へと帰ってきた。
最初はこの土地についてあまりいい思いはなかった。
だが、今は帰ってきたという気分にもなる。
私はここに来たばかりの当時のことを振り返る。
◆
領地に連れてこられたばかりの頃は絶望しかなかった。
今まで積み上げてきたものを奪われ、すべてを否定された気分だった。
天才を前に努力なんて無意味——。
——でも、だからと言って全てを奪っていいわけがないじゃない。
だが、最初は両親や妹の所為にしていたが、ここで過ごすうちに自分が至らないのではないかと思った。
私は誰かのために頑張っていたのではない。
自分が誰かに認めてもらいたい。
利己的で、妹に何か1つ勝ちたくて、褒められたくて。
私の根本はそればかりだった。
だが、やめることができなかった。
どこか箍が外れたように称賛ばかり得ようとしていた自分が堪らなく嫌いになった。思えばこの時は私はすべて奪われたショックで精神的に疲れていたんだろう。
両親が月に1回は私の様子を見にこちらにやってくる。
両親が笑顔で私に手を振る。
だが、私はその笑顔を見た瞬間に、ものすごく気味の悪いものを見てしまったように部屋へと閉じこもってしまった。
——無理……。
生理的な嫌悪感というのだろうか。
傍にいるだけで胸の内で何かが渦巻き、不快になる。吐きそうになり気分が悪い。その日1日はベッドの上で過ごした。
そして、それはその日だけではなかった。
今日も領地に来た両親が帰った。
「……エリス様。お二人ともお帰りになられました」
いなくなったのと同時に私は部屋から出ることができた。
「そう……」
「エリス様。恐れながら申し上げますが、ご当主様たちがお気の毒です……」
若いメイドにそう言われる。
扉の向こうで泣きながら何度も謝罪を繰り返す父や妹の結婚式に参列してほしいという母を見ていたメイドたちは私に言う。
——何も知らないくせに……。
こんなことを考えてしまうから私はまだ納得できていない部分があるんだろう。
実際、能力不足が原因で周囲から見限られただけの人間が逆恨みで喚いているだけだ。
けれども、理屈ではないのだ。
あの人たちの姿を見るたびに、私の積み上げてきたものを奪われたことを思い出してしまう。それが悔しくて仕方がない。
向こうも奪った自覚があるから謝るのだろう。謝罪をされたからといってあの人たちを許さないといけないのか。
何度も謝罪し、私に罪悪感を抱かせようとしているのではないかとそう思えた。
休ませたかったのなら領主の仕事なんて任せない。休ませたいよりも厄介払いをしたかったのだと思ってしまう。これから先は私では耐えられないと、見限られたのだとそう思ってしまう。
私の心は家族に対しての猜疑心に満ちていた。
最初の2年間は身体を休めた。
余裕も出てきて、ガーデニングという新しい趣味もできた。
不便と思っていた土地だが、穏やかな雰囲気で王都よりも騒がしくない。
それにここに来てからいろいろなことが上手く回るようになった。
書類のミスも少なくなって、急な仕事もない。誰かが私を陥れようとしていたのではないかと思ったが、考えすぎだろう。
ここにいる日々が徐々に悪くないと思えてきた。だが、父に感謝など絶対にしない。
植物はいい。
マメに世話をすれば成果としてはっきりあらわれる。お礼と言わんばかりに綺麗な花を咲かせてくれる。
育てた花を活けているとメイドがこちらへとやってきた。
「エリス様。お手紙が届いております」
「私に?」
メイドから手紙が渡される。
手紙の主はかつて取引をしたことのある商会の人だった。色々と教授してもらった恩人でもある。
手紙を開き読む。
事業は進んでいるが、クリスティーナの運営にはいろいろと問題があるということだった。利益を追求することばかりに目をとらわれすぎて、相手側の話をなかなか汲み取ってくれない。現場のことを知らなさ過ぎて、机上の空論のようなことばかり言う。その影響もあって中には土地を追われた人もいるようだった。残った人たちも地質の変化などで行っていた産業にも影響が出たという。
「……」
この手紙を読んで私は申し訳なさを覚えた。
だが、事業に介入することは私にはもうできない。できたとしても断固拒否だ。また奪われたらたまったものではない。
——私からこれ以上奪わせるものですか。
私は行くあてがない人には私の土地に来ることを提案する手紙を出した。
自分勝手な償いのようなもので受け入れてくれるかは分からなかった。幸いにも、住む場所を奪われた人たちには願ってもない話だったという。
猜疑心に満ちていた私は所領を受け取る際の条件の中に「いかなる理由があろうとも所領の運営に相手方の判断に干渉しないものとする」という一文を加えた。
こればかりは反対されると思ったが、よく読んでもいないのか私に対しての申し訳なさもあるのか父はすんなりとサインしたので肩透かしを食らった気分だった。どちらでもいいが、その判断は不手際とか失態などと言われても仕方がないものだ。
できる限りのことをしていこうと私は彼らを受け入れた。
何もない土地だからこそ、何かを始めるにはうってつけだった。
新しく葡萄を育てたいという人もいれば、この土地でチーズを作ってみたいという人もいた。彼らと話し合い、新しく物事を始めた。
「ありがとうございます」
「領主様のおかげです」
久しぶりに聞いた私を認めてくれる言葉。
けれども、私が家族に対する思いは何一つ変わることはなかった。
次第に家族と和解するように勧めてくるこの屋敷のメイドたちにも苛立ちを覚えるようになった。
家族に対しての私の中の暗い感情はずっと変わらないままでいた。
努力というものは必ずしも報われるものではない。
むしろ、報われないことの方が多いだろう。「努力をしたから認めろ」と言うのはそれは傲慢だ。努力は報われなければならないなんて強い言葉を使うつもりもない。
けれども、一番身近であるはずの家族に知っていてほしかったというのはそんなに悪いことだったのかと今でも思ってしまう。
◆
そして、領地に来て5年が経過した時に両親と一緒に子供を連れた妹夫婦が来た。
妹が作ったというバラを活けてある花瓶ごと掴み床に叩きつけ割ってやった。
「領主様、何を!?」
「……ねえ、この花の前に活けてあった私が育てた花はどうしたの?」
「え、あ……」
私の花は捨てられた。妹の育てた新種のバラに比べれば私の育てた花は取るに足らないものだったようだ。
これを見た他人は醜い嫉妬だと言うだろう。
確かに嫉妬だ。妹の優れた点に引け目を感じ、恨みや憎しみを伴うことがある感情だ。
だが、それが何だというのだ。
私は聖人ではない、どこにでもいる普通の人間なのだ。それならば憎みだってするし恨みもする。
私が花瓶を叩き割り、バラを握りつぶしている場面を見ている妹に問いかける。
「ねえ。どうして私の屋敷に来たの? 貴女が来ると迷惑なのだけれど。私から奪ったものを見せつけたかったの?」
「ち、違います。私たちは……お姉さまと仲直りがしたくて……」
本気で言っているらしい。
ああ、私はこの人たちが堪らなく嫌いなんだ。
許せないなんてものではなく、嫌いなんだ。
この人たちを見ると私の心がぐちゃぐちゃになる。これはある意味恐怖と同列な感情なのかもしれない。
誰だって、許すことのできない領域があるだろう。
私の場合は人が大切にしていることを踏みにじられた時だ。
だから、同じことをした。
「そんな無駄な努力をする暇があれば仕事をしなさい。すきでしょう? 私から奪ってまで手に入れたものなんだから」
傷つくと分かっている言葉を平気でぶつけられるくらいにこの人たちが嫌いだ。どこまでも腹立たしい。
この屋敷にいるメイドたちを全員解雇した。
対応が過剰なのかもしれない、けれども何度も家族との和解を勧め、私のことを家族に密告している人間がいることも分かっている。私が大切に育てた花と知っておきながら何の相談もなく破棄した使用人たちを私は信用できなくなっていた。
慌てて帰る妹たち。
使用人たちが荷物を馬車に積み込む横で妹の子供がはしゃいでいた。走り回っているといきなり転んだ。どうやら何かにつまずいたようだ。結構な勢いで転んだので両親や妹夫婦は慌てふためいて泣き出した子供をなだめる。
それを見て思わず笑ってしまった。
◆
私はどうやら嫌いどころか家族が慌てふためく様子を見て笑ってしまうような人間に成ってしまったらしい。家族に対してだけここまでの感情を抱ける。ある意味特別なのだろう。
実際に手を出してしまえば非は完全に私だ。
罪を償うために牢の中に入るなんていうのは絶対にあり得ない。
それくらいの理性は働く。その一線だけは越えてはいけないことが大切だ。
——だが、本当に殺人という人間の中で最大のタブーを犯すとなると?
次々と考えが浮かんでくる。禁忌に触れているようでゾクゾクする。
陰湿だという自覚はある。考えてはいけないと思うが、そんないい子な私は別の私に塗りつぶされる。
この時、私の中でミズ・フューリーという人物が浮かび上がった。
私ができないことをできてしまう存在。
湧き上がる空想を代わりに行ってくれるもう一人の——私。
だが、彼女には身体がない。
私はペンを取り、書き綴る。
止まらなかった。
ミズ・フューリーが私の中で暗躍し、動き、復讐をする。
神出鬼没、理性的に事を成し、影すらもつかませぬ闇の存在。
そんな彼女を書き、言葉にするだけで私の中の黒い感情が紙面に移っていく。
思えば愚痴なんて誰にも言ったことがなかった。
両親にも、妹にも、長年仕えてくれた侍女にも。元婚約者は論外。
弱みを見せてしまうと彼らの「正しい言葉」で消されると分かっていたから言えなかった。
「は、はははっ!」
1つの物語を書き終え、ペンを置く。
楽しくてつい徹夜してしまった。
久しぶりだ、けれどもこれまで感じたことがないほどの達成感が身体を満たす。
しかし、少し疲れた。全力で遊んだかのような満足感を感じたのも久しぶりだった。
「お茶を……」
ああ、そういえば使用人は全員解雇したのだった。
これから屋敷で働いてくれる人を探さないと。
◆
正直、『サン゠ジュスト家の怪死事件』を出版するにはかなりの勇気が必要だった。
小説を書く場合、より強く自分が露見する。これが私なのだと表現しているようなものだった。そして、周りに何を思われようとも私の復讐を成し遂げるためにも必要なことだった。
費用は自費出版にして、印刷と販売は昔の伝手を使わせてもらった。
妹にすべてを奪われたと思っていたが私にはまだ残っていたものがあった。
それが人との繋がりだった。
今の領民たちをはじめとして、私が仕事でつないできた縁はまだ活きていた。それが分かっただけでもうれしかった。
そして、この『サン゠ジュスト家の怪死事件』は瞬く間に私の想像すら及ばないほどのベストセラーとなった。私の手から離れ、自由にふるまう彼女そのもののようだった。私はそれを祝福する。
評価されているのは小説だ。
現実では行えない犯罪をもしも私がしたらという想像を書き、それが共感を呼ぶとまで言われれば私と同じ思いを抱えている人もいるということだ。世の中って結構荒んでいるのね。
これは私の復讐だ。
サン゠ジュスト家のモデルがサンチェス家だということは読む人間が読めばわかるだろう。
だが、私は事実を肯定するつもりはない。明言するつもりもない。
周囲がどのように想像するかを眺めさせてもらう。
だが、限りなく人に事実だと、私の心象だと思わせることにする。
その仕掛けの1つが私自身だ。
『サン゠ジュスト家の怪死事件』の主人公であるミズ・フューリー。
高度な知性と冷酷さを持ち合わせ、金銭欲よりも「完全犯罪を成し遂げる」ということを重要視し、自ら前面に出るより、背後から他人を操ることを好む策謀家にして統率者だ。黒いドレスを纏い、マスカレードマスクがトレードマークの美しい女性。
招かれたあるパーティーで私は彼女に成りきった。
私がしばらく療養で王都から離れていたことは社交界では噂になっていた。そんな女に何があったのかと思うほどに私は化け、用意された舞台に上がった。
ミズ・フューリー=私であるという図式が出来上がるように。
成果は上々だった。
小説のファンという方たちが私をパーティに誘うことも増えてきた。
かなり衝撃的な内容を書いたつもりだったがフィクションはフィクションと割り切られているようだ。私に対しての嫌悪感はない。むしろ、中には崇拝者のような人も出てきたくらいだ。
そして、ついに私の前に妹夫婦が現れた。
その会場が仮面舞踏会だったのは偶然だった。
サンチェス家の事業の影響で飲めなくなったワインを探しているという方がいたので私はその方にワインを渡すために仮面舞踏会に参加した。
だが、その結果、最高のシチュエーションで私は妹夫婦の前に立つことができた。
妹は失神してしまうほどにショックを受け、ザイアンに至ってはいきなり私のことを犯罪者呼ばわりした。見当違いな推理を披露して大恥をかき、笑い者となった日は私も宿泊しているホテルのベッドの中で笑った。
ザイアンの実家であるアンカーストレム家もいろいろと大変らしい。
前当主らが行ってきた強引な土地の買い上げなど問題視されていたこともあり、その賠償などの対応に追われるザイアンの兄に引退を勧められ表舞台から姿を消したようだ。そういえばこの人たちのことはすっかり忘れていた。
それはサンチェス家もだ。
この通信事業はいずれサンチェス家のみではなく国主導で動いていくことになるだろう。
国は、世界に広がりを見せ始めている通信事業には複数事業者を雇い、政府が強く監督する形に持っていきたいと思っている。
事実、私がまだ事業に関わっていた時にも接触はあった。
本当に軽い接触だったのでその時の狙いは分からなかったが、事業から離れた身であるからこそ見えてくることもある。おそらく政府は通信塔など費用はサンチェス家やアンカーストレム家に出させる腹積もりだ。
事業に携わらせはするが、主導権は政府が持つ。
事業者も複数に分けられ当初、得られるはずだった利益は得られないだろう。けれども——
——私みたいに全部、奪われるよりはマシでしょう。
◆
私は今、各地を巡っている。
通信塔が建ち、変わっていく国の様子を眺める。
いずれ私の領地にも通信塔が建つのであろうが、あの穏やかな田舎に大きな人工物はそぐわない。この領地——ナスターシャはこのままでいい。この景観を損ねないように、通信等の技術がもう少し発展することを願おう。
サンチェス家の様子を送ってくれる人が私の知り合いにいる。
私が小説を書いた意味はあの人たちによく伝わったようだ。
大衆は娯楽として感じるがあの人たちには私からの殺意に感じただろう。
そして、あの日以降家族からの接触や連絡はない。
ようやく私が自分たちと関わりたくないのだろうと理解できたようだった。
——こんな娘を持って気の毒でしたね。
『ご愛読、ありがとうございました』
最大限の皮肉を込めた手紙を送る。
私はサンチェス家の跡取りから外れる手続きを済ませてある。
もう両親の関心や愛だとか婚約者とか遺産も何もかも私はいらない。拗ねているだけ? バカを言わないでほしい。誰が何と言おうと私が嫌なのだ。
私にはこのナスターシャさえあればいい。
両親が私にくれた唯一の贈り物だと思う。
領地の全権を私が持っており、私の独立財産だ。もうサンチェス家も手出しすることはできない。そもそもこの領地に来ることはないだろう。
私の復讐はこれで終わりだ。
後悔なんてものは全くない。
むしろやってやったという達成感が大きい。
「おかえりなさいませ。領主様」
領地で雇ったメイドが私を出迎える。
もともとは田舎で家事手伝いをしていただけの女の子のため貴族の礼儀は拙いが必死にこの屋敷の役に立とうとしている様子に好感を覚える。
「ええ。みんなが作ったワインは喜んでもらえたわよ。商会からも売ってほしいと頼まれたわ」
「本当ですか!?」
こうして私を出迎えてくれる温かい場所で私は私でいられる。
「復讐は何も生まない」と言われるがそれは当事者じゃない人だから言える綺麗事だ。
復讐は間違ったものではない。
復讐をしなければ自分がつぶれてしまうから。どうしても行き場のない思いというものがある。
だが、復讐の過程で自分で自分を追い詰めすぎてつぶれてしまうこともあるし、成し終えた後もどうなるかは分からない。
復讐という感情は使い道が重要だと私は思う。
私の場合は創作だった。生きようとする活力さえ湧いてきた。事を成し終えても、私は生きている。
だから、私は「復讐」という行為を愛してる。
誰が何と言おうと私は……私は完全に成し終えた。
◆
自身の復讐を終えたミズ・フューリー。
彼女の復讐は終わったが、彼女はその後、エリスが書く様々な小説や舞台脚本に暗躍する黒幕的な存在となる。
あまりにも人気があるため、実在の人物と見なして紙面上の存在である彼女に宛てて手紙を書くファンもいた。
「私を捕まえられるなら、捕まえてごらんなさい」
ミズ・フューリーの有名なセリフである。
新しい物語が浮かんだら連載版として新たに書き上げたいと思います。
それまではしばしお待ちください。




