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人の死の概念

作者: 青篝
掲載日:2026/07/03

人はいつか死ぬ。

そんな当たり前のことを得意げに

語っていた友人がいた。

彼曰く、死とは恐れるものでも

悲しむべきものでもなく、

それが当然であるように受け入れることで

初めて意味を持つものだという。

彼の話は理解できないことが多く、

私は彼の語りを聞いたところで

いつも軽く流していたのだが、

周囲からどれだけ悪態をつかれながらも

決して自分の論理を曲げなかった彼に、

心のどこかで嫉妬していたのかもしれない。

そして私がその感情に気がついたのは、

線香の匂いがする会場で

白い箱に入った彼を見た時だった。


「お前の方が先なんてな……。

全く、それを受け入れるには

少しばかり早すぎるんじゃないのか?」


自分らしさを中学生の頃に落として

抜け殻のような高校生活を送っていた時、

私は学校の図書室で彼に巡り会った。

彼の読んでいた本は分厚く、

タイトルも日本語ではなかったから

その時彼が何を読んでいたのかは分からない。

けれど、まるで自分の前世の記憶を

辿るかのように本に目を落とす彼が

私にはとても儚い存在に見えた。

それから何度か放課後に図書室へ行くと、

彼はいつも違う椅子に座っていた。

空いている席はたくさんあるのに、

いつも違う場所に座っている。

ただ、一心不乱に本を読んでいた彼の目は

いつも真っ直ぐで純粋だった。


「本、好きなのか?」


特に目的とか用があった訳ではないのに、

私は彼に話しかけていた。


「……」


図書室だからと静かな声で話しかけたのだが、

どうやら彼には聞こえなかったらしい。

彼は本から視線を逸らすことなく、

時折ヒラリとページを捲る。

これだけ集中している彼の読書を

邪魔してしまうのは少し躊躇ったが、

私は彼の肩にそっと手を置いた。

その瞬間、彼は体を大きく震わせて

ゆっくりと私の方へ振り返る。


「本、好きなのか?」


私がもう一度問いかけると、

彼は訝しむような視線を私に向ける。

そして周囲を少し見渡してから

壁にかかった時計を確認すると、

再び私に視線を戻した。


「えっと…閉館の時間はまだですよね?」


「ん?あぁ、閉館まではあと30分あるな」


「じゃあ、僕に何の用ですか?」


お互いの名札の色を見れば、

お互いが同じ二年生だということは分かる。

確かに初対面の人間を相手にして

敬語を使うというのは正しいことだが、

まだ学生である私たちが

そこまで気を遣う必要もないだろう。

第一印象で舐められてしまえば、

その後の関係はろくでもないことになるのだから。


「別に。用って程のことは何もないよ。

ただ君がいつも真剣そうに本読んでるから、

相当な読書家なんだろうなって思っただけ」


私は彼の読んでいる文章に目を通すが、

外国語で書かれた文字の横に日本語で

哲学的なことが書いてあった。

どうやら他国のすごく頭のいい人たちの言葉を

翻訳している内容の本であるようだ。

その一節によると、人は二度死ぬらしい。

一度は生物活動としての終わりを意味する死。

もう一つは人間としての概念的な死。

少し目を通しただけではよく分からないが、

とにかく人の死には二つあるらしい。


「僕が読書家ですか……。

確かにそう見えるかもしれませんが、

僕は本が好きだから本を読んでいるというより、

単純に他にすることがないだけですよ」


他にすることがないとは、彼も彼とて

随分と寂れた高校生活を送っているようだ。

高校二年生とは、受験勉強や就活に

追われることも部活動の先輩に気を遣うこともない

最も自由で何でもできる時期だ。

それなのにすることがないだなんて、

彼は私と同じか私以上に心を落としている。


「ふーん、そうなんだ。

ねぇ、これってどんな本なの?面白い?」


ただ親近感が湧いただけかもしれないが、

私はその時初めて彼に興味を持った。

手始めに彼の読んでいた本について聞くと、

彼は少し戸惑いを見せながらも教えてくれた。


「面白いかどうかは分かりませんけど、

為になる作品ではありますよ。

そうですね……例えばこれ。

『人の終わりは二度訪れる。

一度は生命活動が停止する時。

もう一度はその者の概念が消える時』。

人間の概念ってなんだよって話なんですが、

これは簡単に言うと人に忘れられることです。

たとえ命が終わりを迎えたとしても、

誰かが覚えていてくれる限りは

その人の記憶の中に生き続ける、

みたいなことが書いてあります」


「へぇ、面白いじゃん」


なるほど。人に忘れられた時が

人間が概念的に死ぬということか。

確かにそう言われると、

過去の偉人の名前は後世に語り継がれて

その功績や偉業、人物像が残っている。

直接的に知っていなくとも、

そうした人間が今の時代においても

生きていると言われたなら納得できる。


「他には?何か面白い話ないの?」


「他ですか?そうですね……」


私はその後も図書室へ度々足を運んでは、

彼の難しい話をたくさん聞いた。

他にすることがなかったというものあるが、

世界の賢い人たちの言葉に触れれば

私の心も帰ってくるような気がした。

そのうち彼の方も私に慣れてくれたようで、

高校を卒業する頃には彼は敬語を使わなくなった。

けれど、たくさんの話を聞くにつれて

彼の話はどんどん難しくなり、

また彼の思想観が強くなってきていたので、

私の知り得たいことはもうないとだと悟って

積極的に話を聞くことはなくなっていた。

そして、私たちが出会ってから10年の

月日が流れていたある日、

彼の訃報が私の職場に届いた。


「彼、亡くなったんだってだね。

てっきり君の方が先に連絡を受けて

知ってるものだと思ったんだけど、

まさかただの取り引き相手でしかないうち宛てに

連絡を入れてくるとは驚いたよ。

ほら、君たちは元々知り合いみたいだったし、

パートのおばちゃんたちの間では

君たちは恋仲だろうって言われてたから」


恋仲……か。確かに仲のいい男女を見れば、

そんなことを考えるのも無理はないだろう。

けれど、私と彼はそんな関係ではない。

ただ、他に仲のいい人がいなかっただけだ。


「先月も会ったというのに、

随分と様変わりしてしまったのだな。

親御さんも早くに亡くしたお前には

私以外の友人もいないようだし、

お前が二度目の死を迎えるのも

そう遠い話ではないだろう。

……けれどまぁ、少しは安心しろ。

私だけはお前のことを死ぬまで忘れないからな」

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