第6話 絆か契約か、黒龍との対決
前回、圧倒的な力を持つ黒龍が美咲に「契約」を迫りました。
今回は、その真意と美咲の選択が問われる大きな山場です。
仲間たちの絆、そして嗅覚チートの真価が試されます。
黒い風が荒れ狂い、蔵の屋根がきしんだ。
黒龍の視線はまっすぐに私を射抜き、田酒の手が必死に私の腕を引き留める。二つの力がせめぎ合い、その間に立つ私の身体は、どちらにも傾くことができなかった。
「美咲! 奴の言葉に惑わされるな!」
「違う……俺こそが、お前を救える!」
黒龍の声は雷鳴のように響き渡った。
十四代は顔を歪め、肩をすくめながらも鋭く告げる。
「君のやり方は支配だ、黒龍。愛ではない。彼女は物じゃないんだ」
南部美人が腰の剣を抜いた。
「彼女を無理やり連れ去るなら、この剣で止める」
越乃寒梅も冷静に一歩前へ出る。
「黒龍。孤独は力では埋まらない。君が本当に欲しいのは、力ではなく……」
「黙れ!」
黒龍が叫ぶと、周囲の空気が震えた。地面が割れ、冷たい風が吹き荒れる。
仲間たちが私のために、それぞれのやり方で立ち向かってくれている。その温かさが、私を強くした。
私は必死に立ち上がり、その香りを嗅ぎ取った。
──強烈な甘美さと共に、鋭い孤独の苦味があった。
それは、幼い子供が泣きじゃくりながら誰かを求めるような、切実な寂しさの香りだった。
この圧倒的な力は、孤独を埋めるための、ただの殻にすぎない。
「黒龍さん……あなた、ずっとひとりだったんですね」
私の言葉に、彼の動きが止まった。
金剛石の瞳が揺らぎ、私をじっと見つめる。
「俺の孤独を……嗅ぎ取ったのか」
その声は、雷鳴のような響きを失い、ただの青年の声になっていた。
私は、彼の心に触れたことを確信し、続ける。
「はい。あなたの香りには、力や誇りよりも深い寂しさが混じっている。だからこそ……放っておけない」
田酒が強く私の肩を掴む。
「美咲!」
私の心も揺れていた。
田酒との絆。そして、黒龍の孤独。
黒龍の言う通り、彼と契約すれば蔵は一瞬で甦るだろう。けれどそれは、彼という圧倒的な力に、私が依存することになる。
一方、田酒と共に歩む道は、きっと険しい。それでも、それは私自身が未来を切り開く道だ。
「俺と契約しろ、美咲。蔵も未来も、すべてお前に捧げよう」
「違う! 俺と一緒に、この旅を、この蔵を、一から築き上げるんだ!」
二人の声がぶつかり合い、空気が張り裂ける。
私は深く息を吸い込み、香りで心を決めた。
──甘美な誘惑の奥にある孤独を救うことはできるかもしれない。けれど、それは彼を支配することになる。私が選ぶのは……。
「黒龍さん……あなたを救うのは、私じゃない」
その瞬間、黒龍の周囲で荒れ狂っていた風が、鎮まり始めた。
彼はゆっくりと目を閉じ、微かに笑った。
「……そうか。やはり、俺は孤独な王だな」
轟音が静寂に変わり、夜の空気が澄み渡る。
仲間たちが肩の力を抜くのを感じながら、私は田酒の温もりを強く握りしめた。
私の手は、もう二度と離れないと、そう固く誓いながら。
◇
キャラクター紹介
桜井 美咲
本作の主人公。22歳。亡くなった父の酒蔵「桜井酒造」を継ぐことになった。嗅覚が異常に鋭く、香りの奥にある隠された感情や真実まで感じ取ることができる「嗅覚チート」の持ち主。
田酒
日本酒に宿る精霊の一人。黒髪で、雪解け水のように澄んだ瞳を持つ青年。美咲と共に蔵再建の旅に出る。
十四代
山形県が誇る日本酒に宿る精霊。華やかで人懐っこいが、その裏に微かな虚しさを抱えている。
南部美人
岩手県が誇る日本酒に宿る精霊。寡黙で、常に剣を携えている。仲間を守ることに強い誇りを持つ、誠実で不器用な青年。
越乃寒梅
新潟県が誇る日本酒に宿る精霊。白銀の髪と鋭い瞳を持つ、冷徹な参謀。厳しい言葉を投げかけるが、その奥には誰かを守りたいという優しさが隠されている。
黒龍
福井県が誇る日本酒に宿る精霊。圧倒的な力を持ち、他の精霊を寄せ付けない孤高の王。その強さの裏に、深い孤独を抱えている。
第6話では、黒龍との本格的な対決と美咲の選択を描きました。
嗅覚チートが黒龍の孤独を暴き、彼女の決断へと繋がりました。
次回、第7話では黒龍のその後と、蔵再建へ向けたクライマックスが描かれます。
物語はいよいよ佳境です。