第4話 冷徹なる参謀、越乃寒梅
前回は南部美人との出会いを描きました。
今回は、新潟の精霊「越乃寒梅」が登場します。冷徹で現実主義な彼は、美咲に厳しい選択を迫ります。
嗅覚チートがまたも真実を暴く回です。
南部美人との出会いを経て、私たちの旅は新潟へと続いた。
日本一の米どころ、雪国特有の澄んだ空気。白壁の蔵が並ぶ道を行く人々は、吐く息を白く染めながらも、どこか誇らしげな表情をしていた。
その凛とした空気の中で、私は自然と背筋を正していた。次に会う精霊が、この土地の空気をそのまま纏っているかのように感じられたからだ。
「ここにいるのは、越乃寒梅。冷静で、誰よりも現実的な参謀だ」
田酒が囁く声も、どこか緊張しているように聞こえた。
十四代はいつもの軽口を封印し、南部美人は剣に手をかけたまま、警戒を怠らない。
私たちが訪れた蔵は、他とは一線を画すほどに整然としていた。研ぎ澄まされたかのように無駄がなく、塵一つ落ちていない。
その完璧な美しさの中で、私たちを出迎えたのは、雪景色に溶け込むような青年だった。
白銀の髪を肩まで流し、切れ長の瞳は氷刃のように鋭い。長身で、その所作の一つ一つが無駄がなく、すべてが研ぎ澄まされている。彼の香りは、まさに冷たい氷雪のようだった。一滴の不純物も許さない、完璧な清らかさ。
彼は感情を表に出さず、ただ静かに私たちを見据えていた。
「……桜井美咲。君が噂の嗅覚の娘か」
彼の声は蔵の中の氷柱のように冷ややかで、胸の奥にまで響くようだった。
私はごくりと唾を飲み込み、頷く。すると、彼は迷いなく、そして感情を全く感じさせない声で告げた。
「俺から忠告しよう。酒蔵を捨てろ。未来はない」
「えっ……」
唐突な言葉に、胸が締め付けられる。
私は、父の蔵を甦らせるために、ここに来たのに。
仲間たちがざわめき、十四代が「おい、それはさすがに言いすぎだろ」と口を開く。
だが、彼の視線は揺るがなかった。
「現実を見ろ。資金も人手もない。時代は変わった。感傷だけで伝統は守れない」
その冷徹な言葉に、私の心は打ち砕かれそうになった。
しかし、その瞬間、私の嗅覚が、彼の香りの奥に隠された、ほんのわずかな違和感を捉えた。
──冷たい氷雪のような香りの奥に、かすかな甘みが潜んでいる。
それは、切り捨てる言葉の裏に隠された、温かさだった。
まるで、これ以上傷つかないように、先に痛い言葉を投げかけているかのように。
冷たさで自分を武装し、他者を遠ざけようとしているけれど、その本質は、誰よりも繊細で優しい。
私は、思わず言葉をこぼしていた。
「本当は……私を守りたいんですよね?」
私の言葉に、越乃寒梅の瞳が鋭さを失い、一瞬だけ大きく揺らぐ。
彼は驚きと、どこか戸惑いが混ざった表情を浮かべた。
「……ふむ。恐ろしい娘だ。俺の心の奥底まで嗅ぎ取るか」
彼は口元に微かな笑みを浮かべ、しかしすぐに表情を戻した。
「だが、覚えておけ。優しさだけでは人は救えない。時に、冷徹な判断こそが、最善の策となる。それが俺の役割だ」
その言葉は、まるで自分自身に言い聞かせているかのようだった。
十四代が苦笑し、南部美人が腕を組む。田酒は私を心配そうに見つめていた。
越乃寒梅の言葉は厳しかったけれど、不思議と胸は温かかった。
冷たい言葉と裏腹に、彼の香りは確かに、私の未来を案じる守護の気持ちを伝えていたからだ。
──私の嗅覚チートは、優しさを隠そうとする人の心をも暴いてしまう。
私はこの旅で、自分の能力の真価を、そしてその責任の重さを、改めて感じていた。
◇
キャラクター紹介
桜井 美咲
本作の主人公。22歳。亡くなった父の酒蔵「桜井酒造」を継ぐことになった。嗅覚が異常に鋭く、香りの奥にある隠された感情や真実まで感じ取ることができる「嗅覚チート」の持ち主。
田酒
日本酒に宿る精霊の一人。黒髪で、雪解け水のように澄んだ瞳を持つ青年。美咲と共に蔵再建の旅に出る。
十四代
山形県が誇る日本酒に宿る精霊。華やかで人懐っこいが、その裏に微かな虚しさを抱えている。
南部美人
岩手県が誇る日本酒に宿る精霊。寡黙で、常に剣を携えている。仲間を守ることに強い誇りを持つ、誠実で不器用な青年。
越乃寒梅
新潟県が誇る日本酒に宿る精霊。白銀の髪と鋭い瞳を持つ、冷徹な参謀。現実主義で、厳しい言葉を投げかけるが、その奥には誰かを守りたいという優しさが隠されている。
第4話では「越乃寒梅」が登場しました。
冷徹で現実主義な参謀ですが、嗅覚チートによって隠された優しさが垣間見えました。
次回、第5話はいよいよ「黒龍」との出会い。
物語が大きく動き、試されるのは美咲の心と、田酒との絆です。