ヘレヨンと仲良くなろう作戦①
私は考え抜いた末、使用人の方を通じてヘレヨンを誘い出すことにした。
場所は外の庭。
花が咲き誇り、ほのかに涼しい風の流れる、美しい庭だ。
「もうじきヘレヨン様がいらっしゃいます。」
そう使用人の方がおっしゃると、程なくしてヘレヨンが来た。
「やあ。元気そうで何よりだよ。」
ヘレヨンがにこやかに話しかけてくる。
まあ元気ですけど。ある意味ね。
そう思いつつ、その思いを自分の中に閉じ込める。
「ええ。ヘレヨン様も使用人の方々もお優しくて、この生活に慣れてきましたわ。」
無理矢理笑顔を作りながら私はそう言った。
「そうか。それは良かったよ。」
そう言ってヘレヨンは会釈した。
私も会釈する。
2人で笑い合っていると、おもむろにヘレヨンは私に近づいてきた。
そして、私に耳打ちする。
「それで?僕を出し抜く方法は見つかったかい?」
心臓の鼓動が早まる。
やっぱり気付いて……。
「い、一体何のことでしょう?」
「しらを切るつもり?言っておくけど、僕から何か聞き出そうとしてるなら無駄だよ。分かってるから。」
「!?」
「それじゃあ、今から庭でゆっくりしようか。」
ヘレヨンは何事もなかったかのように笑って、私から顔を離した。
完っっっ全にバレてる……。
そりゃそうか。さっきまで警戒されてたのにいきなり擦り寄られたら怪しくも思うよね。
自分の浅はかさに嫌気がさす。
しかし、来てしまった以上は何かプラスになることをしないと。
ヘレヨンと(表面上)仲良くなるなり、情報を得るなり。
使用人と別れ、ヘレヨンと2人で歩き出す。
そして、大きな木が生い茂る場所へついた。
「ここ、僕のお気に入りの場所なんだ。」
ヘレヨンが言う。
確かに、大きな木の影が日除けになって気持ちよさそう。
おまけに、下は芝生になっていて柔らかそうだ。
私はヘレヨンと木の下に腰掛けた。
そして、私は早速「王子と仲良くなろう大作戦」
を決行することにした。
作戦内容は簡単。
ヘレヨンにとにかく媚びる!媚びて媚びて媚びまくる!!!
「ヘレヨン様ぁ〜」
私は嘘とわからない程度に猫撫で声を出す。そして、なけなしの上目遣いをする。
「私、さっき悲しかったんですのよ。」
「……。どうしてだい?」
ヘレヨンが聞き返す。今のところは真顔だ。
何も響いてなさそうだ。
ふん。これくらいは想定内だし。
第2段階へ移る。
私はヘレヨンの手を取った。
「!?」
ヘレヨンが一瞬目を見開く。
「だって。ヘレヨン様が私をお疑いになるから。私はただ、ヘレヨン様とお話ししたかっただけなのに……。」
少し伏せ目にして目線を逸らす。
どうだ、私の精一杯の演技は!?
「……!!」
ヘレヨンが赤面する。
えっ!?ダメ元だったけど、意外と効果ある!?
私はさらに続ける。
「まだお会いしたばかりですし、ヘレヨン様のこと、もっと知りたいです。私に教えてくださいませんか?」
「……。」
ごくり。唾を飲み込みながらヘレヨンの反応を伺う。
「……。」
「全く、君という人は仕方ないね。」
よし!こいつ意外とちょろいかも!!!
私は心の中で小躍りする。
「では早速。ヘレヨン様はどうして私を好きになってくださったの?」
「……。それはこの間も言ったけど。」
ヘレヨンが途端に不機嫌になる。
どうやら過去に話したことを覚えてないと嫌らしい。
「ごっごめんなさい!一目惚れ、ですよね!!」
「……。そうだよ。君を街で見かけた時、特に理由はないのだけど、この人だ!って思ったんだよね。」
不機嫌になりながらも、ヘレヨンはそう言った。
本当に私を好きになった理由はなさそうだ。私はヴィヨレ、つまりヒロインに転生しているから、自動的にヒロイン補正で惚れられたのだろう。
迷惑な話だわ。
「そうだったんですね。一目惚れってロマンチック……✨」
本当のところを言えば、「一目惚れ」は嫌いだ。
初対面の人間に抱いた感情の深さなんて、たかが知れている。
が、私の命のために適当に話を合わせておく。
「ちなみに、ヘレヨン様は趣味とかありますの?」
「趣味か……。外国の品集めかな…。最近は東洋の品々を仕入れているよ。」
「へぇ。どんな物を集めていらっしゃるの?」
「ふふ。内緒。でも大きい物だよ。」
ヘレヨンは楽しそうに話す。
「大きい物?たくさん集めていたら、城がいっぱいになりそうですね。ご両親に「場所をとる!」って怒られないんですか?」
自分で言ってはっとする。ヘレヨンこんなこと言ったらキレそう……!
それに我ながら庶民的発想すぎる……!!
おそるおそるヘレヨンの様子を伺うと、ヘレヨンは笑っていた。
「あはは。君って本当に面白いね。僕は王子だよ。保管場所なんてたくさんあるに決まっている。」
どうやら、私が多少失礼なことを言っても怒らないらしい。
「そ、そうですよね……。」
「それに、僕の家は代々収集癖があるんだ。僕の父、ヘレアン王は銃を集めていたしね。だから怒ったりしないよ。」
「お父様……?そうですよね!現国王のお父様がいらっしゃいますよね!」
「そう。僕の家は代々王を輩出してきた家系。僕はその中でも、現女王と王の1人息子。選ばれるべくして皇太子になっている。」
ヘレヨンはそういうと、得意げになる。
「正直、父の愛人の子達とは比べ物にならないよ。あんな余計な血の混じる奴らなんか、相手ですらない。血統的に僕が1番純粋なのだから。」
ヘレヨンは自らの血統を誇りに思っているようだった。
「……。ご自身の血統に自信をお持ちなんですね。」
「当たり前だ。この国では、現王と女王との血の繋がりが重要視されているんだ。僕のような国王直系の子供と憎むべき愛人の子は、文字通り住む世界が違う。同じ家系でも、僕の家系は建物も学校も違う場所で育てられる。」
聞けば、ヘレヨンの家の子供はクラス分けされていて、ヘレヨンのような直系の子は最高級の衣食住が提供されるが、血が薄ければ薄いほど粗末な建物で過ごすことになるらしい。
中には、栄養失調で倒れる子もいるほどだそうだ。
なんてえこひいきの激しい家系なのかしら。
思わずドン引きしながら話を聞く。
そして、一つ気になったことを聞いてみる。
「ですが、ヘレヨン様は一人息子なんでしょう?もしヘレヨン様が倒れでもしたら、王位継承権はどうなるのですか?」
王子は途端に真顔になる。
「……。そうなると、王位継承は別の家に移る。別の家の方が元王と現女王との繋がりが濃くなるからだ。同時にそれは、僕の家の血でなくなることを意味する。だから僕は、倒れるわけにはいかないんだ。」
そう言いながら顔を背けるヘレヨンは、真っ直ぐ前を見据えていた。
「僕は選ばれた存在だ。生まれた時から、王になることを義務付けられた存在。他の血の薄い反吐野郎とは違ってね。だから、政治の勉強も手を抜かないと決めている。いずれ王になった時には、今以上に平和な国を作ってみせる。」
差別意識は強いが、責任感も人一倍らしい。
自分の血統をアイデンティティにして生きている反面、努力も怠らない。
おばあさまとおじいさまさえ殺してなければ、素直に尊敬できたのになあ……
「ご立派ですね……それに」
私が口を開こうとした、その時。




