『囚われのヴィヨレ』
とりあえず当面の間は1日1個更新頑張ります
ここはどこかの世界の、どこかの王国である。中世のような街並みの、美しい国だ。
そこに、ヴィヨレという少女がいた。その少女は10代後半くらいで、育ての親である老夫婦と仲睦まじく暮らしている。
「いただきます!」
午後の昼下がり。市場でパン屋さんにおまけしてもらったバケットにバターを塗り、畑でとれた野菜で作ったサラダを口いっぱいにほおばる。
バケットの外側の香ばしい風味と内側のふわふわとした優しい甘みが口いっぱいに広がる。
「おいしい!!」
「ヴィヨレは本当においしそうに食べるなぁ。」
「ふふふ。のどに詰まらせないように食べるのよ。」
老夫婦との食事の時間は、ヴィヨレにとって毎日の楽しみだった。
「だっておいしいんだも〇✕△…」
「ほら言わんこっちゃない。牛乳飲みなさい!牛乳!!」
彼女はひとしきり食事を楽しんだ後、最近できた「お気に入りの場所」へ足を運ぶ。
「おばあさま、今から出かけるわ!」
「まあ。またあの花畑かい?好きだねぇ。」
「うふふ。お気に入りの場所なの。今まで見つけたお花畑の中で一番素敵な場所!」
「まあ行っておいで。日が沈む前には帰ってくるんだよ。暗いと人さらいも増えるからね。」
「はあい。」
少女は花畑へ向かった。そして少女は、自身が向き合わなければならない事実と対面することになるのである。
「いつきても心が穏やかになるわ…。なんて素敵な場所なのかしら。ふふふ。」
様々な種類の花が咲き乱れる。その一つ一つが、風でゆらゆらと踊る。
少女はしばらく花冠づくりにいそしんだ後、少し退屈してぼうっと花畑の先を眺めた。
そして、少女はあることに気が付いた。
「あれ…紫の花が、一列に並んでる…?」
そう。花畑の中で、ひとつだけ列をなしている花があった。暖かさをはらんだ紫のそれは、まるで道しるべかのように、並んでいた。
「………。」
冒険したい年頃だ。ヴィヨレがそれを追わないわけがなかった。
ヴィヨレは歩き続けた。2,3時間はたっただろうか。
「はぁ…はぁ…。このままじゃ日焼けしちゃうわ。」
それでも歩き続けると、やっと紫の列に終わりが見えた。
が、紫の花は不思議なことに、列が進むのに比例してだんだんと地中に埋まっているのであった。
「変ね。土の中はどうなっているのかしら。」
ヴィヨレは完全に埋まった紫の花…つまり最後の一輪を掘り起こしてみることにした。
手で土を掘り起こしかけた、その瞬間。光が瞬いた。
そしてその瞬間、紫の花々がヴィヨレに歌いかける。
「♪思いだして。目を覚まして。忘れてはいけないわ。」
「♪あの頃のこと。お願い。目を覚まして。」
花々が口々に歌いかける。少女は混乱する。そしてそのさなか、あることを思い出すのだ。
「私…この世界の住民じゃない。」
「んーと。私の本名はまな。日本文学科に所属する大学2年生。十九歳。趣味は日本の古典文学を読むこと。今のところ思い出せるのはこんな感じかあ…。」
翌日、また、いや、ヴィヨレと呼んでおこう。
ヴィヨレは図書館に行き、自らの情報をまとめていた。
昨日、謎の花が突然歌い出した瞬間、彼女は記憶を取り戻したのである。
そう。彼女は、いわば「転生者」なのだ。
彼女は本来女子大生で、大学で講義を受けているはずだった。が、何かの拍子にこのやたら中世っぽい世界に転生してしまったのだ。
そして、こういった女性が主人公の転生物はたいてい、乙女ゲームか何かに転生することが多いのである。
ヴィヨレは思った。
「これ、私が遊んでた『囚われのヴィヨレ』のヴィヨレじゃん。」と。
『囚われのヴィヨレ』は簡単に言うと、清純派の主人公『ヴィヨレ』が王国の王子「ヘレヨン」に監禁され、その中でも愛を深めていく…という乙女ゲームで、世界観は中世ヨーロッパという感じだが、要所要所に日本の古典文学ネタが各種に散らばっている作品だと言われている。
なぜ西洋の世界に日本の古典文学を合わせようと思ったのかは、作者のみぞ知る。
話はそれてしまったが、つまりはヤンデレ物である。
ここでお察しの方も多いと思う。
要は、ヴィヨレは明日か明後日かはわからないが、いずれ何かしらのタイミングで拉致監禁されるのだ。
「めっちゃやばいじゃん!!」
ヴィヨレは動揺した。
というのも、彼女は老夫婦とのささやかな暖かい生活を楽しみまくっていた。
いくら自分が遊んでたゲームに転生で来たとは言え、いくらそのゲームのヒーローに愛されるからと言って、さらわれるのはなんか怖いしキモいのである。
でも、現代に戻りたいかと言われるとそうでもない。
レポートはあるし、バイトもあるし、いずれは就活もある。
現代に戻ってそれらと向き合いたいかと言われると、ここみたいな『赤毛のアン』や『若草物語』的ないい雰囲気の世界でのんびり生きていた方がよっぽど良い。
できるなら働きたくないし。
「老夫婦の元では暮らしたいけど、王子にさらわれるのはちょっとなぁ…」
王子にさらわれることを嫌がるなんて、いい御身分である。しかし、彼女は真剣だった。
「なんとかして回避できないかなあ…。王子にヴィヨレがさらわれるまでって、ヴィヨレ何してたんだろう。」
というのも、ゲームはヴィヨレがさらわれて檻の中にいるところから始まるため、どういった経緯でさらわれたのかは不明なのだ。
「うーん。」
ヴィヨレは頭を抱えた。しかし、思いつけと言われて思いつくのなら、苦労はしないだろう。
「あーーーもう!!!!!」
誘拐されたら花畑にも行けないじゃない!美味しいご飯だって食べられないし!!!
それに…何よりおばあちゃんとおじいちゃんに会えなくなる…。
2人とも高齢だし、心配かけたら寿命縮まりそうだし…。
そう思うと、なんだかとても心臓がギュッとなった。
「……。とりあえず、今の私にできることは、さらわれる前に2人に親孝行することだわ。」
そう考えたヴィヨレは、調べ物をしていた手を止め、まっすぐに老夫婦の元へ向かった。
その日はいつも以上に、料理も、洗濯も、皿洗いも必死に手伝った。おばあちゃんが目をまんまるくするまで。
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