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淡白だと思っていた旦那様は

作者: piyo

最後は旦那様視点が入ります。


今振り返ってみても、結婚当初、夫婦となった私たちの間には、愛は無かった。こちらから愛することも、向こうから愛されることも、今後起こりえないと思っていた。


しかし、今更なんなのだろう。旦那様の顔を見ただけで心拍数が上がる事態になるとは、この時の私は全く想像だにしていなかった。




***




「クリスティナ・リシャールと申します。今後よろしくお願いします。」

「トビアス・デンバーだ。こちらこそよろしく。」



婚礼姿の男女が向かい合い、淡々と挨拶をする。

今日から夫婦となるというのに、互いにその表情は硬い。


二人が結婚することになった経緯といえば、それぞれの家が同じ派閥に属していたこと、そして当主の子ども同士の年齢が近かったことから、政治的影響力を強めるために婚姻を結ぶこととなった、まぁ所謂政略結婚である。さらに言えば、トビアスは軍に所属しているため、屋敷の管理を安心して任せることができるしっかりした嫁を望んでいた。


ちなみに、これまで互いに全く面識はない。今の結婚式の場が、二人の初顔合わせである。



「…」

「…」



(どうしよう…とっかかりが無さすぎて、何を話せばいいかわからないわ…)



自己紹介で名前を名乗りあったはいいが、それからの会話が続かない。


「お仕事は軍隊に勤めていらっしゃるんでしたっけ?」


捻り出した結果、彼のお仕事の話を振ることにする。確か陸軍で大尉とか偉そうな階級と聞いたような聞いてないような・・・ううん、うろ覚え。


「ああ、陸軍の第一部隊に所属している。職業柄、家は不在がちになるかもしれないが、できるだけ帰れるようにするつもりだ。」

「そうですか。承知しました。家のことはお任せ下さい、一通りの教育は受けておりますので。」

「ああ。」

「…」


「ええと、あなたは乗馬が得意だと聞いた。」

「ええ、はしたないかもしれませんが、颯爽と馬であちこちを駆けるのはとても気持ちがよくて好きなんです。」

「そうか。近頃は車が主流だから、貴重な趣味だと思う。」

「はい。そう言って貰えると嬉しいです。」

「…」

「…」



お互いに探り探りで、聞かれたことには答えるのだが、深堀りする前に話題が終了してしまう。その後もニ、三やりとりを続けたのだが、この調子である。


クリスティナは決して社交性が無い訳ではない。それはトビアスも然り。

しかし、誰にでも相性というものはある。会話が弾む弾まないは時と場合による…という相手も存在するのだ。


淡々とした人、それが私が彼に感じた印象だ。


(これから旦那様とうまくやっていかなきゃだけど、この先もずっとこんな感じなのかな…)


クリスティナは一抹の不安を抱えながら、挙式の時間まで気まずい時間を過ごした。





クリスティナが気まずいと思った時間を乗り越えた後の挙式は、何の問題もなく、恙無く終わった。もっと感動するものかも思ったが、思いの外呆気なかった。


感動よりも、誓いのキスでトビアスが屈んだときに、クリスティナの頭に彼の顎がクリティカルヒットした珍事のほうが記憶の割合を占めている。ただ、これは参列者ともに温かな笑いとなって場が和ごんだ。


挙式後の披露パーティも同じように、恙無く終了した。互いに親族や友人の相手をし、気疲れはしたが、周囲から祝福され幸せな時間となった。



そして、問題はここからである。



(一応、今夜が初夜なんだけど…)



まだお互いに出会って一日も経ってない相手と事をいたすのだろうか?



挙式前の、ビックリするくらいの会話の弾まなさを思い出し、クリスティナは溜息をついた。


共通の何かがあれば、と思い、あのとき色々聞き出したのだが、驚くくらい噛み合うものが無かった。


例えば、トビアスは読書と言えば歴史書や戦術書などの実用書が多く、小説といったフィクションの類はこれまでほとんど読んだことが無いらしい。クリスティナは寧ろフィクションものしか読まない。お互いの蔵書が全く被ることなく、新居の本棚には多様なジャンルが並ぶことになるだろう。


それから、彼の趣味はチェスと言っていたが、リシャール家にはチェス盤すらなく、クリスティナはこれまでチェスをしたことが無かった。残念ながら彼の相手は出来そうにない。


食に関していうと、トビアスは食べれたらいいという無頓着ぶりで、お菓子作りが好きなクリスティナとしては、なんと作り甲斐が無さそうな、とガッカリしてしまった。



(顔を見ても特にドキドキしないし、ザ・政略結婚って感じよね、たぶん同じことを彼も感じてると思うわ…)



彼は軍人らしく、その身体は服の上からでも筋肉質であることがわかる。また、明るい金髪はかろうじて後ろに撫でつけられており、仕事上邪魔にならないためかかなり短いのだが、それが彼の雰囲気には合っている。それから日に焼けた肌に深い青い瞳。恐らくではあるが、彼はモテる部類の人間だ。


…けれども、自分の琴線にはヒットしなかった。何様だと思うかもしれないが、仕方がない。


ちなみに恋愛に疎いとかそういう訳ではない。お付き合いしていた男性もいたし(浮気されて別れた)、憧れていた人(学生時代のオジサマ教師)もいた。彼らとは既に縁が切れているので、どうこうしたいという気持ちは微塵もないが、彼らに感じた胸のトキメキというものを、クリスティナはトビアスに感じることができなかった。



ぼんやりとそれらのことを考えていると、扉をノックする音が聞こえた。


「どうぞ」


クリスティナの返事とともに、湯を浴びさっぱりした様子のトビアスが入ってくる。


正装姿と違って緩い格好をしており、彼の筋肉質な身体がよりはっきりとわかる。髪も自然とふんわりとしており、年齢より少し若く見えた。


クリスティナと言えば、夜着を身に纏い、すけすけ具合がなんとも言えない色気を漂わせている。


部屋に入ってきたトビアスは、クリスティナを見るなり、一直線にベッドに腰かけていた彼女の横に座る。


あれ、テーブルにワインとか用意したんだけど、こっちに来るんだ。


「今日は一日お疲れ様でございました。」

真横に来たトビアスを見上げ、労りの声をかける。


「ああ、貴方もお疲れ様。それで…私達は今日から夫婦だ。」

「はい、そうですね。」

「お互い手探りな部分もあるとは思うが、仲良くやっていこう。」


あら、思ったよりも友好的。


「もちろんですわ。末永くよろしくお願いいたします、旦那様。」


そう言ってニコリと笑いかけた途端、後ろへ押し倒される。

…会話らしい会話をせず、突如としておっ始まってしまった。


心の準備が、なんて野暮なことは言わないが、もっと会話を成り立たせてからでもよいのでは?


行為の最中も互いに必要最低限の声しか発さず、式と同様に恙無く事を終えた。





クリスティナの思い描いていた結婚生活というのは、朝はいってらっしゃい、帰りはおかえりなさいと旦那様をお見送り、お出迎えすることであった。


けれども現実は違う。


軍でも役職についているトビアスは、結婚式の翌日から、日の昇るかどうかくらいの絶妙な時間に家を出て、クリスティナは結婚初日から寂しい時間を過ごすこととなった。

帰りも執事より旦那様は深夜の帰宅となることから先に就寝するように言われ、おかえりなさいと言うことも無いまま一人就寝した。


次の日からはクリスティナは屋敷の管理の仕事を少しずつ始めていった。これまでは忙しいトビアスに代わって執事のアーロンが引き受けていたようだが、彼からその役目を引き継ぐことにしたのだ。


そんな感じで新婚の蜜月など私たち夫婦の間には存在しなかった。

日中は引き継ぎで忙しく、余暇の時間には挨拶がてら実家から連れてきた愛馬で駆け、領内を見て回った。

領地経営については義両親が現役のため、今のところ挨拶周りくらいしか出番はない。


屋敷の使用人たちも義両親も領民もみんな良い人ばかりで、ハードだと思っていた結婚生活はハッキリいって楽勝だった。

…旦那様との仲が深まらないことを除いては。





その日の夜、クリスティナはやけに寝苦しく、喉の渇きで目が覚めた。ベッド脇の時計を確認すると、まだ就寝してから1時間も経っていなかった。


部屋の脇にあるテーブル上の水差しから一口分だけコップに注ぐ。

それを口含んだところで、扉が開く音が聞こえ、トビアスが部屋に入ってきたのだとわかった。


「旦那様、帰ってらっしゃったんですね。おかえりなさい。」

「…こんな時間まで起きていたのか?」

「いえ、喉が渇いて目が覚めましたの。またすぐに休むつもりです。」

コップをかざして水を飲んでいたことを示す。


「そうか。」


彼とこの部屋で顔を合わすのは久しぶりのことである。いつもクリスティナの就寝後に帰宅し、クリスティナの目が覚める頃には彼は家を出ているのだから。


持っていたコップをテーブルに置いて、いそいそとベッドに入り端に寄る。「それではおやすみなさい」、と言おうとしたところ、何かが上に覆い被さってきた。


「!?」


何かというのは旦那様の大きな身体で。

どうかしたのか、と顔を覗くと、そのまま何の前触れもなく自分の口が旦那様の口で塞がれてしまった。


ええ、いきなり?私寝ようとしてたのに?


初夜以来、約一ヶ月ぶり。ご無沙汰してたこともあって、拒否はできない。

しかし、結婚式以来一日足りとも休みはなく、毎晩深夜に帰宅し、早朝に出て行く生活を続けてよく体力が続くもんだなぁと思う。


特に抵抗することもなく、受け入れた結果、次の日は盛大に朝寝坊してしまった。もちろん、旦那様はとっくに仕事に行ってしまっていた。


自分しかいないベッドの横に目をやる。


昨夜はここに彼がいて、私は彼の大きな身体に抱き締められて寝た。暫くの間、何故だかそのことに緊張して寝付けず、初夜には感じることのなかった温かさを感じた。


(…久しぶりに会った旦那様は、少しだけ格好良く見えたかもしれない)


そういえば、と、クリスティナは自分が彼に寄り添う努力をしてなかったことに今更ながら気付く。


彼は顔を合わさなくとも、この部屋には毎晩帰ってきて一緒に寝ているらしい(自分はぐーすか寝ているので全く気付いて無かったが)。


今日からは寝る前に置き手紙をしてみようかしら?


思いつきの行動だったが、なんとなく彼は返事をくれるような気がした。





『お疲れ様です、おやすみなさい。』



置き手紙をして寝ることにした初日の内容はたった一文。お疲れのところ長々と書いても読むのが億劫に思われてもいけないと思い、シンプルな文にしてみた。代わりに、文字の下に今日食べた晩御飯のメインディッシュの絵を添えてみる。


すると翌朝、


『おはよう。行ってくる。』

綺麗な文字で書かれた短い文とともに、奇妙な絵が描かれていた。それから、鶏のクリーム煮?と私が描いた絵に対する答えらしきものも。


「うん、正解。だけど、この絵は何かしら…」


目があるので、生き物のような、何か。口があるのだが、クチバシもある。鳥のつもりなのだろうか。


「フフ…」


思わず声が漏れた。彼は字は綺麗、でも絵が苦手。

彼の知らなかった一面を知った。





それからと言うもの、置き手紙のやりとりは続いた。定型文は変わらず、しかしクリスティナが書く手紙にはトビアスの描いた絵の答えを追記するようになった。


「あれはワインの瓶、な気がする」


今朝の手紙に描かれていたトビアスの芸術的な絵は、細長い何か。瓶の形状にも見えるし、建物のようにも見えるが、前者に賭けることにした。


そうして答えを書いているところに、部屋の扉が開かれる音が聞こえてきた。


「ただいま」


ばっと振り向いた先に、この時間には居るはずのない旦那様が立っていた。


「旦那様!今日は早かったのですね。」


慌てて彼の元に駆け寄る。

早かったといっても、もう自分はベッドに入ろうとしていた時間なのだが。


「ああ、やっと任務が片付いた。明日からは暫く纏まった休みが取れそうだ。」

「まあ、それはお疲れ様でございました。」


これまで彼の仕事の詳細を聞く機会も無かったこともあり、何かしらの任務で帰宅が遅くなっていたことを初めて知った。…私ってば、旦那様に興味が無さすぎるにも程がある。


「新婚なのに放置していてすまなかった。明日は貴方の好きなところに出掛けよう。」


旦那様はそう言いながら、私の髪を撫でてくる。

放置していたという自覚はあったということ、それから私を優先しようとしてくれることに喜びを感じる。


「いいえ、お疲れでしょう、せっかくのお休みです、明日はゆっくり家でのんびりしましょう?」


三カ月も休み無し。しかも早朝深夜残業が常態化する異常な勤怠状況では、どれだけの体力馬鹿であっても休息が必要になる時期だろう。


「いや、だがしかし」

「私、あなたとチェスをしたくてウズウズしていたんです。一日遊戯をして過ごすのも贅沢じゃありませんか?」


そう、旦那様と置き手紙のやりとりを始めると同時に、私は彼の好きなチェスを覚えることにしたのだ。


最初はルールすらわからず、使用人でチェス好きな子に教わって基本ルールを身に着けた。それから執事のアーロンがチェスの名手だと知って、彼に教えを乞うた。

私には戦略というものがまるで無く、行き当たりばったりで速攻で負けるパターンばっかりなのだが、それでも得意だという彼と一戦交えてみたかった。



…提案したものの、旦那様から返事がない。髪を撫でていた手が止まった。あれ、これは外したか?どこか出掛けたい場所があったのかしら?


「旦那さ、」


言い終わらないうちに口を塞がれた。いつもより長く、深い。同時に、トビアスの手がクリスティナの身体を優しく撫で回す。クリスティナもぎこちなくトビアスの身体に手を回す。心臓がうるさい。


(これまでは仕方がないなあという気持ちしか湧かなかったのに、不思議。)


あっという間に横抱きにされ、ベッドに転がされる。

前は義務的な感じで淡々と事を成す感じだったのが、今回はねっとりと濃厚に甘やかされる。


「クリスティナ」


甘い声で名前を囁いてくる旦那様。こうして名前を呼ばれたのは今日が初めてなのではないだろうか。


(旦那様ってこんな熱を持った人なんだっけ?)


クリスティナは情事の熱に浮かされた頭でボンヤリとトビアスのことを考えながら彼の顔を撫でると、物欲しそうな顔でもしてたのかキスの嵐が降ってきた。

…なんだかめちゃくちゃ愛されてるみたいだ。でも、悪くない。悪くないどころか…





翌朝、クリスティナの目が覚めると、いつも自分以外は無人のはずのベッドにトビアスが寝ていた。


(うわ、本当にいる!)


休みと言ってたのは本当だったようだ。新婚三カ月目にして、彼の寝顔を見るのは初めてのことなので、かなり新鮮だ。


トビアスの睫毛は髪と一緒で明るい金色をしており、綺麗な鼻筋と絶妙なバランスの大きさの口が寝息を立てている。


(こうして改めて見ると、旦那様って本当にイケメンだわ)


これまで全く意識したことが無かったのに、なんならタイプじゃないわ、なんて思ってたのに、今朝はめちゃくちゃ格好良く見える。


ふと手を伸ばし、彼の硬い腕に触れる。無駄な脂肪が一切なく、まるで芸術作品の彫刻のようである。


そのまま彼の頬に手を滑らせその唇を撫でて、自分の唇を寄せてみる。


寝てるところを起こしたらいけないと思いつつ、自分の好奇心が勝った。私がこの唇をうばったら、彼はどんな反応をするんだろう?と。


エイ、と触れ合わせたところ、ガッツリと抱き寄せられてしまった。


「何を企んでた?」


笑いながら、トビアスがクリスティナに尋ねる。


「起きてらっしゃったのですね?!」


急に恥ずかしくなって、彼の腕から逃げようと身体を捩るがビクともしない。


「ああ、可愛い妻がこちらをじっと見てる気配を感じて起きた。」


可愛い、とは。この人はこんなことも平気で言える人なんだ。


「だって旦那様がイケメン過ぎるから…」


素直に気持ちをこぼす。すると旦那様は虚を突かれたような顔をして、それから手で口を覆った。


「旦那様?」


耳が赤い。え、照れてる。嘘でしょ、言われ慣れてるだろうに、照れるの?


「やだ、可愛い…」


思わず声に出してしまった。今日は失言祭りだわ。


「うるさい」


そう言って旦那様が私の脇をこしょこしょしだす。

ひー、やめて、くすぐったい!


「今日は君の言う通り、家でのんびりしよう。それから、チェスで勝負して、負けたほうが勝ったほうの言うことを聞くゲームがしたい。」

「まあ、なんて旦那様が有利なゲームなんでしょう!」


なんなの!旦那様って、めちゃくちゃ可愛い人ではないか。


私は完全に見誤っていた。

彼は決して淡々とした人なんかではなかった。自分の欲望に素直で、でも他人に優しい可愛らしい人だったんだ。




***




淡白な人だと思った。



事前に政略結婚の相手の詳細については聞いていた。

クリスティナ・リシャール、25歳。才女として有名で、リシャール家の領地経営は当主である兄をサポートしていた彼女のおかげで勢い付いたとも言われていた。


自分はいずれデンバー家の当主を継ぐ身ではあるが、当面は軍の仕事をするつもりでいた。そのため、妻には経営ノウハウを持ってる者が望ましく、その点、クリスティナは打ってつけの人物であった。


彼女は社交の場でも顔が広く、当たり障りの無い性格をしているという。添付されていた写真を見ると、容姿も非常に整っており、ストレートの黒髪に淡い緑の瞳は清楚な美人というのがピッタリという印象だった。


さぞかし周りの男たちが放っておししかなかっただろうと思っていたが、彼女自身に結婚というものに興味がなく、仕事を優先してきたためこれまで未婚であったようだ。

彼女には長年付き合っていた男性がいたらしいが、政略結婚が成り立ったときにはキレイに関係を精算していた。そんな割り切りのいいところも淡白な人という印象に拍車をかけた。


ただ、趣味は乗馬と聞いて少し安心した。偏見ではあるが、動物好きに悪い奴はいない。



結婚式の場で、初めて彼女と対面したときは、まるで人形のようだと思った。

緊張しているわけでも無く、まるでこちらに興味が無いのが見てとれた。会話をしていても、こういう返しが好きなんでしょ?と言わんばかりの受け答えで、彼女の本心がわからない。


俺としては温かい家庭を作りたいと思っていたが、この子とは厳しいかもな、と不安に感じ始めていた。が、


挙式のときに、俺がやらかした。


誓いのキスでクリスティナの口に顔を寄せようとした際、大きな身長差のせいもあって俺の顎がクリスティナの頭にクリティカルヒットしてしまった。


盛大に舌を噛んで悶絶する俺を見て、頭を押さえつつ笑顔でこちらを見たクリスティナ。


そのあどけない表情を見て、


(あ、この子も人間だ)


たぶん、俺はこの瞬間、妻となるこの女性に恋に落ちたのだと思う。



初夜のことは反省したい。清楚な雰囲気の婚礼衣装から一転、色気がダダ漏れな格好を見て、一瞬で理性が飛んだ。結果、ガッツキ過ぎて、会話らしい会話もないまま無理をさせてしまった。

しかし、それも彼女らしく、淡々と受け入れてくれていた。


結婚式の翌日からはいつもと変わらず出勤の毎日。

結婚式のために一日休暇をとっただけで、隊の任務は変わらず続行中だ。


けれども、どんなに深夜になろうとも、意地でもクリスティナの待つ家に帰ることにしていた。執事から彼女の状況について報告を受け、一緒のベッドで寝ることが毎日の癒し。隣で寝ている彼女のさらさらとした髪を撫でる。おそらく、俺がいつも一緒に寝てることすら気付いてないのだろう。


「クリスティナ」


構ってやれなくてごめん。執事から屋敷の管理の引き継ぎを早々に終え、女主人として手腕を発揮していると聞いた。また、領内にも頻繁に顔を出して領民との交流を図っており、義両親の元にも積極的に通って良い関係を築いているらしい。最初から頑張り過ぎだ。


「早く君とのんびり過ごしたいよ。」


彼女はそんなこと望んでないかもしれない。俺に興味の欠片も無いことは承知している。けれども、一方的でもいい、彼女と幸せな家庭を築いていきたい、今は心からそう思える。




―――そうして、結婚から三カ月後、トビアスの望みはようやく叶うことになったのだった。




(おわり)

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― 新着の感想 ―
ヒトって変わるものですよねえ、いい意味で。←おおむねロクデモナイ感じに使われがちですが本当にいい意味で。 うっすら透明に近い日々に温かい色がほんのり乗せられていくようでじんわりふんわりと温かい気持ちに…
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