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誘惑の村、骨抜きの男たち

フィオナたちが村の入り口にたどり着くと、そこにはひっそりとした静けさが漂っていた。


「……思ったより、人が少ないわね」


フィオナが眉をひそめながら、村の中へと足を踏み入れる。


昼間だというのに、窓を閉め切った家が多く、道を歩いているのはわずかな村人たちだけ。しかも、そのほとんどがぼんやりとした表情をしており、まるで夢の中にいるかのようだった。


「こ、これは……」


ヴェロニカが少し顔を青ざめさせる。


「まさか、もうこんなにやられてるの!?」


「うわぁ……本当に骨抜きにされてるんですね」


レイナが近くの男を観察すると、彼は目を虚ろにしながらフラフラと歩いていた。


「ねぇ、おじさん、大丈夫?」


フィオナが声をかけると、男はゆっくりと彼女の方を向いた。


「ん……? ああ、君たちは……新しいお姫様かい……?」


「は?」


フィオナの顔が引きつる。


「いや、違うんだけど!?」


「フフ……サキュバス様は素晴らしいお方だ……あの優しい声……甘い香り……もう、何も考えたくない……」


男はうっとりとした表情で宙を仰ぎ、ふらふらとその場に座り込んでしまった。


「ダメだ、この人、完全にやられてる……」


ヴェロニカが深刻な顔でため息をつく。


「すごいですね……こんなに簡単に人を支配できるなんて」


レイナは驚きつつも、じっと周囲を観察していた。


確かに、村の男性たちは皆、骨抜きになっているようだったが、女性たちは比較的しっかりしている様子だった。


「女性には影響が少ないみたいですね」


「そうね……でも油断は禁物よ。強力なサキュバスなら、女性も魅了する力を持ってるかもしれないわ」


ヴェロニカが警戒しながら周囲を見渡す。


「とにかく、村長さんの話を聞いてみましょう!」


フィオナが気を取り直し、村の奥へと歩き出す。



村の一番大きな建物――村長の屋敷に到着すると、中から慌ただしい声が聞こえてきた。


「……村長! しっかりしてください!」


扉を開けると、中では数人の女性が村長を介抱していた。


「お、おお……君たちは……」


年老いた村長は、疲れ切った顔でフィオナたちを見上げる。


「ギルドから派遣された勇者フィオナよ! あんたたちの村を救いに来たわ!」


フィオナは胸を張って宣言するが、村長はぼんやりとした表情のまま、力なく頷いた。


「助かる……もう、村の男たちはみんなサキュバスに夢中で……仕事もしないし、何もかもが停滞してしまっている……」


「サキュバスはどこにいるんですか?」


レイナが冷静に尋ねると、村長はゆっくりと答えた。


「夜になると、森の奥にある廃教会に姿を現し、男たちを呼び寄せるのだ……」


「廃教会?」


フィオナが眉をひそめる。


「元々は、村に仕えていた神官たちが使っていた場所らしい……だが、数年前に放棄され、それ以来、誰も近づかなくなった……」


「なるほど……そこにサキュバスが巣食っているわけね」


ヴェロニカが腕を組んで考え込む。


「でも、どうやって男たちを引き寄せてるの?」


フィオナが首をかしげると、村長は静かに息を吐いた。


「……夜になると、甘い声が村中に響くのだ……“さあ、私のもとへいらして”……と……」


「……うわぁ、ホラーじみてるわね」


フィオナが背筋をゾッとさせる。


「それを聞いた男たちは、まるで操られるようにふらふらと森へ向かってしまう……私も何度か必死に抵抗したが……気がつけば、いつも朝になっていて……」


「つまり、村長さんも骨抜きにされたってことですね」


レイナが冷静に指摘すると、村長はガックリと肩を落とした。


「そうだ……すまない……」


「いや、別に責めてるわけじゃないんだけど……」


「とにかく、サキュバスを倒せばこの状況も解決するのね!」


フィオナが拳を握りしめる。


「ええ、そのはずです」


ヴェロニカが頷く。


「でも問題は、どうやってサキュバスに近づくか……」


レイナが慎重に考える。


「村の男たちは“呼び声”に導かれて教会に向かっている……ならば、私たちもそれに乗じて潜入するのが一番自然では?」


「なるほど……」


フィオナは腕を組んで頷いた。


「夜になったら、村の男たちに紛れて森へ向かうわよ!」


「でも、私たち女性ですし、変装でもするんですか?」


「うっ……確かに、女性が行ったらバレるかも……」


ヴェロニカが腕を組んで考え込む。


「だったら、フィオナさんだけ行けばいいんじゃないですか?」


レイナがさらりと言う。


「えっ?」


「フィオナさん、身長も低いし、少年のふりをすれば、たぶん気づかれませんよ?」


「ちょっ!? 何それ!? 私だけ!??」


「そ、そうね! それは良いアイデアだわ!」


ヴェロニカも同意し、フィオナをじっと見つめる。


「ちょっと待って! 私が単独潜入って、めちゃくちゃ危なくない!??」


「いえいえ、私たちがこっそり後をつけますから大丈夫です!」


「だからそれが怖いんじゃないのよぉぉ!!」


フィオナの叫びが、虚ろな村の空に響き渡った。


夜が訪れた。


フィオナたちは村長の屋敷で休みながら、サキュバスの呼び声が響くのを待っていた。窓の外には満月が輝き、静まり返った村には、どこか不気味な雰囲気が漂っている。


「……なんだか、空気が違うわね」


ヴェロニカが腕を組みながら呟く。


「昼間よりも甘い香りが濃くなってますね」


レイナも慎重に窓の外を見つめる。確かに、村全体に妖艶な気配が満ちているようだった。


「そろそろ……来るわよ」


ヴェロニカが警戒を強めたその時――


「……さあ、私のもとへ……♡」


囁くような甘美な声が、夜の静寂を破った。


「っ……!!」


フィオナは思わず身を強張らせる。村のどこからともなく響いてくるその声は、耳元で囁かれたかのように直接脳に響くようだった。


「疲れたでしょう……休みたいでしょう……私が、あなたを癒してあげるわ……♡」


「や、やばい……」


フィオナは額に汗を浮かべる。


言葉が、甘く心地よい。まるで優しく包み込むように、心の隙間に入り込んでくる。


「こ、こんなの卑怯でしょ!! 戦う前からメンタル攻撃してくるなんて!」


「しっかりしてください、フィオナさん!」


レイナがフィオナの肩を軽く叩く。


「私たち女性だから大丈夫って思ってましたけど……これ、意外と危ないですね」


「そうね……うっかり気を抜くと、ふらっと森に向かってしまいそう」


ヴェロニカも少し顔をしかめる。


「さあ……来て……♡」


その時、村のあちこちの家から、ふらふらと男たちが出てくるのが見えた。


虚ろな目をしたまま、彼らはまるで夢遊病者のようにゆっくりと森へ向かって歩き始める。


「……本当に操られてるんだ」


フィオナはゴクリと唾を飲み込んだ。


「さて、作戦通りね」


ヴェロニカがフィオナをじっと見る。


「フィオナ、あなたも村の男たちに紛れて森へ向かうのよ」


「……ほんっとうに、私が行くの!?」


フィオナは半泣きになりながら、自分の格好を見る。


短めのズボンに、上から羽織ったゆるめのシャツ。髪も帽子の中に隠してあるため、パッと見は少年のように見えなくもない。


「大丈夫です! フィオナさん、小柄だし、ちょっと少年っぽくすればバレませんよ!」


「なんであんたそんなノリノリなのよぉぉ!!」


「私たちも後からこっそりついていきますから、安心してくださいね」


レイナが優しく微笑む。


「うぅ……本当にこれ、大丈夫なの……?」


「さあ、早くしなさい! ぐずぐずしてると遅れるわよ!」


「うわぁぁぁぁ!! もう、ヤケよヤケ!! 行けばいいんでしょ!!」


フィオナは泣きそうになりながら、村の男たちの列へと紛れ込んだ。



フィオナは、虚ろな男たちの後を歩きながら、ひたすら心を落ち着かせようとしていた。


(だ、大丈夫……大丈夫よ、フィオナ! あんたは勇者なんだから、こんなのに負けてたまるもんですか!)


月明かりの下、森の中の細い道を進んでいく。先頭を歩く男たちは、何かに引き寄せられるように、迷いなく進んでいた。


やがて、森の奥に古びた建物が見えてくる。


「……あれが、廃教会?」


崩れかけた石造りの建物。屋根は半壊し、ツタが絡みついているが、扉の奥からは妖しげな紫色の光が漏れていた。


(やばい……なんかすごく“魔王の城”っぽい雰囲気……!)


フィオナは冷や汗をかきながら、慎重に歩を進めた。


廃教会の扉がゆっくりと開かれる。


中は意外にも綺麗に整えられており、祭壇の前にはふかふかのクッションや豪華なソファが並んでいた。そして、その中心に、妖艶な姿をした一人の女性が座っていた。


「……来たわね♡」


彼女はゆっくりと立ち上がり、扇情的な笑みを浮かべながら歩み寄ってくる。


艶やかな黒髪が腰まで流れ、漆黒のドレスが彼女のしなやかな体を引き立てる。大きな翼を持ち、瞳は深い紅色に輝いていた。


「ようこそ、私の可愛い子猫ちゃんたち……♡」


サキュバスが囁くように言うと、男たちは恍惚とした表情を浮かべ、彼女の足元へと跪いた。


「……やばい」


フィオナは直感で思った。


(こいつ、格が違う!!)





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