最弱勇者と最強村娘、隣町を目指す
「ふぅ……森って意外と広いのね」
フィオナは額の汗を拭いながら、大きく伸びをした。
二人が森へ入ってから、すでに半日が経っていた。道なき道を進み、枝をかき分けながら歩くのは、フィオナにとってはなかなかの重労働だった。
「フィオナさん、大丈夫ですか?」
レイナが心配そうに歩調を合わせる。
「だ、大丈夫よ! これくらい……」
ズルッ。
「うわぁぁっ!!?」
フィオナは足を滑らせ、そのまま見事に転んだ。
「きゃっ!?」
バシャッ!!
フィオナの全身が泥水まみれになった。
「うぅ……なにこれ、最悪……」
しょんぼりと起き上がるフィオナに、レイナは慌てて手を差し出した。
「す、すみません! 気をつけてくださいね」
「うぅ……これは絶対、森のせいよ。私のせいじゃないわ」
ぷくっと頬を膨らませながら、フィオナは立ち上がる。
「えっと……服が泥だらけですね。水場を探しましょうか?」
「お願い……このままじゃ勇者の威厳が台無しだわ……」
(……最初から威厳なんてあったかしら)
レイナは心の中で思いつつ、近くの川を探すことにした。
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◆ 小川のほとり ◆
「はぁ~……生き返る~……」
フィオナは川の水で顔を洗いながら、気持ちよさそうにため息をついた。
レイナはその間、近くで魚を獲ろうとしていた。
「よいしょ……」
パシャッ!
「え? ……すごっ!? それ、素手で捕まえたの?」
「はい。簡単ですよ?」
レイナは無邪気に笑いながら、大きな魚を片手に持ち上げる。
「普通、そんな簡単に捕れないのよ……」
「そうなんですか?」
「そうなのよ!! もう、何なのよあんた!! 村娘って何だっけ!? どこの修羅の村なの!?」
フィオナは思わず叫んだ。
「え、えぇと……普通の村ですよ? でも、私より強い人もいましたし……」
「まだ上がいるの!?」
フィオナのツッコミは止まらない。
だが、その時だった。
「グルルル……」
森の奥から低い唸り声が聞こえた。
「……またモンスター?」
フィオナは警戒しながら、レイナの後ろにさりげなく隠れる。
「たぶん……」
レイナがじっと茂みを見つめると――
「グオオオ!!!」
突如、茂みの中から二体のゴルベアが飛び出してきた!
「えええ!? なんでこんな連続で出てくるのよ!?」
フィオナが叫ぶ。
「フィオナさん、後ろに下がってください!」
レイナがすっと前に出た。
「えええ!? いや、戦うの!? さっきみたいにワンパンで倒すの!?」
「……ちょっと試したいことがあるので、少しだけ遊んでみますね」
「遊ぶなぁぁぁっ!!!」
フィオナの悲鳴をよそに、レイナは軽く膝を曲げ、構えを取る。
ゴルベアの一体が吠えながら前進し、その巨大な爪を振りかざした。
しかし――
バシッ!!
「ぐぅっ!?」
レイナは片手でゴルベアの腕を掴み、そのまま地面に叩きつけた。
ドガァン!!
土煙が舞い上がる。フィオナは絶句した。
「……は? え、今の何?」
「……やっぱり筋力だけでいけますね」
レイナは楽しそうに呟いた。
「た、試すなぁぁぁ!!!」
もう一体のゴルベアが襲いかかる。しかしレイナは冷静だった。
「よいしょっ!」
バキィッ!!!
今度は拳で頭を殴りつける。衝撃でゴルベアはそのまま気絶した。
「……うそでしょ……?」
呆然と立ち尽くすフィオナ。
レイナは何事もなかったかのように笑顔を向けた。
「フィオナさん、もう大丈夫ですよ!」
「どこがよ!!!」
森の中に、フィオナのツッコミが響き渡った。
森を抜け、しばらく歩いた先に見えてきたのは、木造の城壁に囲まれた賑やかな町だった。
「やっと着いたぁぁぁ……!」
フィオナは両腕を大きく広げ、町の入口で深呼吸をした。
「はぁ~、文明の香りがするわ……!」
「お疲れさまでした、フィオナさん」
レイナは変わらず穏やかな笑顔を浮かべながら、一歩後ろをついてくる。
「よし、まずはギルドに行きましょう!」
「そうですね。ええと、確か町の中央に……」
「ちょっと待ったぁぁぁぁ!!」
突然、横から大声が飛んできた。
フィオナとレイナが驚いて振り向くと、鎧を着た男がこちらへ走ってくる。
「お、お前たち! 今どこから来た!?」
「えっ?」
「ええと、森を抜けて……」
レイナが答えようとすると、男の顔がみるみる青ざめた。
「ま、まさか……あの森を歩いてきたのか!?」
「ええ、まあ」
「そんなバカな!? あの森には最近、凶暴な魔獣が出没していて、誰も通れないはず……!」
「……あ、もしかしてゴルベアのこと?」
フィオナが何気なく口にすると、男の目が飛び出そうになった。
「ご、ごる……!? お前たち、まさか……あれを倒したのか!?」
「えっと……まあ、うん」
フィオナはちらりとレイナを見る。レイナは「???」といった顔で首をかしげている。
(いやいや、もっと驚きなさいよ!)
「す、すごい……!」
男は感動したように手を握りしめた。
「お、お前たちはどこの騎士団の者だ!? いや、まさか冒険者か!? それとも……!」
「勇者でーす!」
「村娘です」
「……はい?」
男は硬直した。
「……すみません、今なんと?」
「勇者でーす!」
「村娘です」
「いや、待て!? それでどうしてゴルベアを!? しかも二体も!??」
「ええと、レイナがワンパンで……」
「ワンパン……!?」
男はぐらりとよろめいた。
「はは……ははは……」
「えっ、ちょ、なんで笑って……?」
「ま、また化け物級の新人が……!」
男は何やら震えながら天を仰いだ。
「いや、違うんです。私は普通の村娘で……」
レイナが謙遜しようとするが、男は完全に話を聞いていなかった。
「よし、お前たち、ギルドに行け! 今すぐだ!」
「……いや、行くつもりだったんだけど……」
フィオナが小声でツッコむと、男は「当然だ!」と力強く頷いた。
「いいか、ギルドでちゃんと登録してくれ! この町にまた一人、いや二人、伝説級の冒険者が生まれるのだからな!」
「えっ、いや……」
「それとお前たちの武勇伝、酒場で語らせてもらうぞ!!」
「勝手に広めないでぇぇぇ!!」
フィオナの叫びが響き渡る中、彼女たちは無理やりギルドへと向かうことになった。