最弱勇者、村娘を仲間にする。
「いやあああああっ!!」
フィオナは全速力で走っていた。
後ろからは唸り声を上げる巨大なオーク。どこをどう間違えたのか、彼女はスライムどころか、いきなり上級モンスターと遭遇してしまったのだ。
「ちょ、ちょっと待って! まだレベル1なんだけど!?」
もちろん待ってくれるはずもなく、オークは巨体を揺らしながら迫ってくる。フィオナの足はすでに限界だった。
「こ、ここまでか……!」
バタッ!
ついに足がもつれ、彼女は地面に転がった。目の前には大きな棍棒を振り上げるオーク。
(ダメ、動けない……! もう終わり……!)
「――ちょっと、ごめんなさいね」
その時。
優しげな声とともに、何かがフィオナの頭上を飛び越えた。
ズドンッ!!!
「……へ?」
地面が揺れるほどの衝撃音。恐る恐る顔を上げると、そこには――
「……倒しておきましたよ?」
栗色のロングヘアを揺らし、柔らかく微笑む少女が立っていた。
巨大なオークは……地面にめり込んでいる。
「え?」
「え?」
「……え?」
「……あの、大丈夫ですか?」
フィオナはぼんやりと目の前の少女を見上げた。
彼女は栗色のロングヘアを揺らし、心配そうに覗き込んでいる。
「え? あ、うん……私は大丈夫だけど……その……」
フィオナはゴクリと喉を鳴らし、ゆっくりと地面に埋まったオークを指さした。
「……あなたは、何者?」
少女は一瞬きょとんとしたが、すぐにふわりと微笑んだ。
「私はレイナといいます。この近くの村で暮らしていて……あ、そうだ! もしよければ、うちに来ませんか? 怪我をしているようですし」
「……え? えぇ?」
(いや、いやいや! そんな軽いノリでオークを倒せるってどういうこと!?)
フィオナの頭は混乱した。
普通の村娘が、素手でオークを地面にめり込ませるなんてありえるのか? いや、ありえない。少なくとも、常識的には。
(……でも、ここで断ったらヤバい気がする)
なぜか本能的にそう悟ったフィオナは、ぎこちなく頷いた。
「……じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……」
こうして、勇者フィオナは村娘レイナに拾われることになった。
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レイナの家は、質素だけれどどこか温かみのある農家だった。
フィオナは手当てを受けつつ、レイナに改めて話を聞くことにした。
「それで、レイナ。あんた、何なの?」
「……何って?」
「いや、普通の村娘がオークをワンパンで沈める?」
「あれくらいなら、誰でもできるのでは?」
「できないわよ!?」
フィオナは思わずテーブルを叩いた。
「おかしいでしょ! 私なんて勇者なのにスライムにすら勝てないのよ!? なんで村娘のあんたがそんな化け物じみた強さを……」
「えっと……私、昔から体を動かすのが得意で……」
レイナは少し恥ずかしそうに目を伏せた。
「村での仕事は力仕事が多いですし、狩りもしますし、なんだかんだでこうなりました」
「いや、それでそうはならないわよね!?」
フィオナは頭を抱えた。
(なにこれ、私の方が「普通じゃない」ってこと!?)
しかし、考えても仕方ない。
「……まあいいわ。とりあえず助けてくれてありがと」
「いえいえ、困っている人を放っておけないので」
レイナはにこりと笑う。その笑顔はまるで聖女のようだった。
フィオナは思った。
(……いや、いい子すぎない!?)
「――で、フィオナさんはこれからどうするんですか?」
レイナは紅茶を淹れながら、興味深そうに尋ねた。
「ん? もちろん魔王討伐よ!」
フィオナは椅子の上で偉そうに腕を組む。
「私、勇者だもの! 魔王を倒して、世界を平和にするって決まってるの!」
「……へぇ、そうなんですね」
レイナは感心したように頷いた。
「でも、フィオナさんって……戦えないんですよね?」
「うっ……!」
痛いところを突かれて、フィオナは目をそらした。
(ぐぬぬ……この村娘、地味に鋭い……!)
「し、しばらく旅をしながら、修行する予定なの! だからまずは隣町に行って、冒険者登録をして……」
「……なるほど」
レイナは考え込むように頬に手を当てた。そして、何かを決意したように口を開く。
「それなら、私も一緒に行っていいですか?」
「……え?」
「フィオナさん、一人では危険ですよね? 私、体力には自信がありますし、少しでもお手伝いできればと思って」
フィオナは数秒、無言になった。
「……いや、えっと、いいの?」
「はい!」
「私、魔王討伐するのよ? 危険よ?」
「大丈夫です! もともと村での生活も大変でしたし!」
(いや、オークをワンパンする村娘が「大変な生活」って何……!?)
フィオナは頭を抱えたが、正直なところ、この申し出はめちゃくちゃ助かる。
「……ま、まあ、いいわ! 私が正式に『お供』として雇ってあげるわ!」
「わぁ、嬉しいです!」
(本当は私が助けてもらう立場なのに、なぜか上から目線になってしまった……)
フィオナは心の中でそっとツッコんだ。
こうして、最強村娘・レイナは最弱勇者・フィオナの旅に巻き込まれることになった――。