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姫君の選択  作者: momo
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忠誠の重み

 


 シアが姿を消した事でクロードとオルグは混乱していた。


 まさか窓から逃亡を試みるとは―――


 それを聞いたケミカルは爆笑し、オルグの冷ややかな視線を受けそそくさと捜しに出かけるも、どうせ城の何処かにいるのだからと大した心配もせず適当に散策しながら時間を潰していた。

 それなのに宰相のモーリスと鉢合わせてしまった事で、シアがクロムハウルに連れられ城を出た事を聞き、それをクロードの耳に入れる為に走り回る騎士を追いかける…と言う迷惑な状況に立たされる。

 

 「おいっ、何でお前はそんなにくつろいでいるんだよ?!」

 その時オルグは城で与えられている部屋に籠り、書類を手に仕事をしていた。

 人が散々クロードを捜しまわっていると言うのに、シアが消えて血相を変えていたのは何処のどいつだと捲し立てる。

 「全くお前は…今までかかってクロードを追っていたのですか?父上から話を聞いてクロードは既にシア殿を迎えに行っています。」

 「って―――陛下の行き先なんて分からないだろ?」

 「父には予想が付いていたようですからそこに向かったのでしょう。」

 「なんだよそれ―――」

 シアを捜せと言われ、次はモーリスによってクロードへの伝言を頼まれる。なのに当のクロードはシアを捜しながらケミカルより先にモーリスに会い、シアの行き先の情報まで仕入れていたのだ。

 「用が済んだのならさっさと出て行って下さい。邪魔です。」

 書類に目を落としたまま見向きもせず言い放ったオルグに、ケミカルは眉間に皺を寄せ側に置かれた長椅子に腰を下ろした。

 ゼロとゼロリオが同一人物であった事が見抜けず無能呼ばわりされたうえに邪魔者扱いとは、流石のケミカルもオルグの口の悪さに腹が立つ。

 「お前は何でそんなに落ち着いていられる訳?」

 「シア殿の事でしたら愚問です。」

 「なんで?」

 何ずれた返事をしているんだとケミカルが片眉を上げると、オルグは溜息を付きながら書類を机に戻した。

 「陛下とご一緒だと言う事はライディン騎士団長も側におられると言う事です。それに陛下ご自身とて剣はかなりの腕をお持ちなのですから心配には及ばないでしょう?」

 何を馬鹿な事を聞いて来るのだと言いたげなオルグに、ケミカルはにやりと嫌な笑いを浮かべる。

 「お前、それ真面目に言ってんの?」

 ケミカルは面白そうに口角を上げた。

 「クロードの奴血相変えてシアを捜してたじゃないか。あいつがあんなに焦ってるのなんて初めて見たよ。シアを見る目も何か意味有り気でいつだって付かず離れず側にいるし、シアだってゼロリオが駄目なら傍らで守ってくれる騎士とってなってもおかしくないんじゃないのか?」

 恋愛ではよくある形だし―――

 久し振りに見付けたオルグの弱みにケミカルは容赦なく攻撃を仕掛ける。

 だがオルグとて長い付き合いのケミカルの手の内くらい容易く読み取れた。

 「クロードの行動は純粋な忠誠心の成せる業ですよ。それにもしそうだとしても、シア殿にはアセンデートの王子よりクロードを選んで頂ける方がこちらとしても有り難いですから。」

 それよりも―――とオルグは深い溜息を落とす。

 「私としてはシア殿にも陛下にも、お前だけは選んでもらいたくはないですね。」

 それはこちらとて同じ意見だと思いつつ、ケミカルはにやりと笑って見せた。

 「ライバルとして俺にだけはシアを渡したくないって?」

 するとオルグからは何を馬鹿なと満面の笑みが返される。

 「お前が国王になりなどしたら私の仕事が増えるからに決まっているではないですか。」

 オルグの言葉にケミカルはふとその光景を想像してしまった。

 執務机に縛り付けられ無理矢理仕事をさせられる己の姿に、冷酷な微笑みを浮かべたオルグの姿。

 「それはこっちも勘弁―――」

 全ての自由を失う位ならオルグにいびられるだけの現在の方が何十倍も楽だ。

 想像しただけで具合が悪くなる。

 ケミカルは身体を丸めてオルグの前から退散した。

 












 母が待ち望んでいた黄色の花。

 王との約束だったのかは知れないが、これは恐らく見えないもので結ばれているという証であったのだろう。真相はシアには分からないが、今年も違える事なく届いた花束にきっとアデリは喜んでいる。

 死して後やっと王の手で花束が渡されたというのは悲しいが、それでもアデリの墓前にひざまずくクロムハウルは満足そうだ。

 いったい何を語っているのだろう―――

 クロムハウルに対して否定的だったシアの心は自分でも驚く程解かされていた。

 (これは王様から贈られてこそ意味があるんだろうな―――)

 シアは両手一杯に摘んだ黄色の花束に顔を寄せ匂いを嗅ぎながら振り返った。

 

 少し離れた場所で王とシアの行動に目を光らせているライディンと数人の従者たち。シアは彼らに向かって歩き出すが、その中に背の高い見慣れた騎士を認め思わず足を止める。

 (やばっ!)

 背の高さから遠目にも確実にクロードだと分かり、シアは思わず後ずさってしまった。

 二度としないと言いながら、今度はクロードを置き去りに城を抜け出してしまったのだ。オルグの言葉に混乱したとはいえ、クロードは何も悪くはない。

 護衛の騎士として側にいるのが仕事であるクロードの事だ。シアが消えた事で散々捜し回り余計な手を煩わせたに違いない。

 (怒ってる…よね?)

 自分なら怒る、間違いなく激怒する。

 シアの額に嫌な汗が滲んだ。

 

 クロードはモーリスから王がシアを連れて所領の森に向かった事を聞きいたが、安堵の息を漏らす所か悔しさに唇を噛んだ。

 王が個人で所有する森。そこに入るには王自身の許可が必要で、シアが王に連れて行かれたと言う状況ではクロードが勝手に踏み込むには許されない場所だった。

 それでもクロードは禁を犯しシアを追うか思案していた所、王はアデリの墓前に向かうのではないかというモーリスの発言により、森に向かって入れ違いになる事を恐れたクロードは都外れにある墓地へと向かった。

 陽が沈み辺りが暗くなってからも現れないシアに不安が募る。国王の護衛として騎士団長であるライディンがいるのだから大丈夫だと自分に言い聞かせるも、ライディンの最優先はクロムハウル王だと分かっているだけに気が気ではない。遠くに一行の影が見えた時、クロードはやっとの事安堵の息を付いた。

 自分がここにいると知れば折角母親の墓標を訪れる事が出来たシアに水を指す事になると思い、クロードは近くの木陰に身を隠す。

 辺りが暗い為、ライディンには気付かれはしたもののシアはクロードに気が付かない様子だった。

 王と共にアデリの墓前に立つシアの後ろ姿を見守りつつ、シアが振り返った所でクロードは主へと歩み寄って行き、改めてシアの姿を目にしたクロードは自身のマントを剥ぎ取り走り出した。


 慌てて駆け寄ってきたクロードがシアにマントを被せる。

 昼間とは違って気温が下がっていた。だが月明かりの下ではあったが寒さを感じていなかった為、シアは思わず首を傾げる。

 「あの…」

 「ご無事で何よりでした。」

 腰を屈めてマントのボタンを留めながら、心底ほっとした様なクロードの声にシアは肩身が狭くなる。

 部屋着姿で裸足のまま飛び出して来たのだ。クロードがそれを気遣ってくれマントを貸してくれたのだと思うと申し訳なかった。

 「ごめんなさい。」

 怒られた方がどんなにすっきりするだろう。

 それなのにクロードは優しい眼差しを向けている。

 そのクロードがシアから離れ跪いて深く礼を取ったので後ろを振り返ると、クロムハウルがこちらに歩み寄って来ていた。

 「姫を連れ出し申し訳なかったな。」

 「全ては私の不手際です。」

 「いくらそなたとて三階の窓から抜け出されては致し方あるまい。」

 高らかに笑う王に、クロードは更に深く頭を下げた。

 「では姫を騎士に返すとしよう。」

 クロムハウルに背を押されたシアはクロードの方へと押し出される。

 シアは王ではなく、クロードの乗って来た馬に乗せられ城へと戻って行った。

 


 裸足で走り回って戻ってきたシアの姿に侍女は蒼白になるが、窓から抜け出した事を知っていた為、何処となくあきらめたような態度で黙々と作業をこなした。

 身体を洗われ夜着に着替えさせられてから掌の傷の手当てを受ける。

 就寝の挨拶を済ませた侍女が部屋を後にすると、入れ替わりにクロードが姿を現した。

 「今宵よりこちらで直宿とのいをさせていただきます。」

 いつもなら隣の居間までしか踏み入れないクロードだったが、シアが窓を抜け出す事が出来ると知った以上それでは十分でないと踏んだのだ。

 クロードは一晩中寝室にてシアの警護をすると言っているのである。

 自分の仕出かした事で管理が厳しくなるのは仕方がないとしても、いくら護衛とは言えクロードの様に見目秀麗な騎士に一晩中側にいられてはとてもじゃないが落ち付かない。


 (っていうより駄目でしょうが?!)


 「あの、クロードさん。わたしもう逃げたりしませんから。」

 実行犯であるシアの言葉では説得力がない事など重々承知だが、流石に未婚の男女が同じ部屋で一夜を過ごすとなると問題が生じるのではないだろうか―――と言うのが一般人であるシアの意見。もしかしたら身分ある者達の常識は違っているのかもしれないが、流石にこれだけは避けたかった。

 勿論破壊的な美貌を持つクロードとどうこうなるとか高飛車な発想は微塵も持ってはいない。その為自分からこんな事を言うのはおこがましい限りではあったが、一応常識と言う物を優先してもらえたらなぁ…とは思う。

 「シア様が抜け出せたと言う事はここから賊が侵入できると言う証です。確固たる警備体勢が整うまではこちらでお守りさせて頂きます。」

 賊の筆頭には勿論アセンデートの王子であるゼロリオが上げられている。

 クロードはシアが脱走した窓辺に寄るとシアに背を向けた。

 堂々と宣言されては文句の言い様がない。

 シアは溜息を付いて寝台に潜り込む。

 背を向けられているとはいえ…クロードに同じ部屋にいられて眠れるだろうか?


 今日は朝から大変だった。

 セフィーロ王女に目通りして喧嘩ごしの会話をしてしまい、しかもそこでゼロに再会した。ゼロがアセンデートの王子だと知って腰が抜けそうなほど驚いたが、今は何となく気持ちは落ち着いている。初めから届かない存在だと思っていたからかもしれないが、脱走した先でクロムハウル王に会ったのが気持ちが落ち着いた理由かもしれない。摘み取り持ち帰った花は侍女が花瓶に挿し綺麗に活けてくれた。

 シアは寝転んだまま、背を向けて窓際に立つ長身のクロードをみつめる。

 「そうやって一晩中起きてるの?」

 シアの問いかけにクロードが身体を僅かに部屋の中へと向けた。

 「眠っていても不審な気配があれば目が覚めますが、今夜はこのまま見張りを続けるつもりです。」

 「クロードさんっていったい何時寝てるの?」

 夜は何時も寝室の外、居間の方で寝ずの番をしているし、朝からはオルグがシアに講義を解いている間に騎士としての仕事をこなしている様子。ケミカルと二人きりになる時もあるが、殆どの時間をクロードはシアにつぎ込んでいる。いったい何時寝ているのだろうと言うのは前から疑問に思っていた事だった。

 「私は睡眠時間は少なくても平気なのです。十分に事足りておりますのでご心配には及びません。」

 「ふ~ん…でも眠たくなったらそこで仮眠取ってくれて構わないからね。」

 シアは壁にそって置かれた長椅子を指差す。

 「顔に傷のある人がクロードさんはすごいって感じの事を言ってたけど、わたしのせいで睡眠不足になって身体を壊されたら申し訳ないわ。」

 「それはライディン騎士団長ですね。」

 「騎士団長?」

 「あの方の顔の傷はクロムハウル王が王太子であった頃に賊に襲われ、王を庇い出来た傷です。」

 「え―――?」

 シアの背に冷たい物が伝う。

 ライディンの顔の傷を見てそれが剣によるものだと言うのは分かっていたが、背景にある現実がシアの日常とかけ離れていて、それでも先程まで側にいた人達を襲った惨劇に身が凍った。

 命に代えても守り抜く―――そう誓っていたクロードの言葉がけっして軽い物ではないと突き付けられた。

 シアの体に流れる王の血が、シアの行動一つで忠誠を誓ってくれたクロードの身を危険に曝してしまうのだ。

 不安に駆られるシアに、クロードが優しく微笑んだ。

 「大丈夫です、私は強いですからご安心ください。」

 どんなに強くても命は一つだ。

 シアは自分のとって来た行動を思い出し俯いた。

 自分を守らなくてもいい、放っておいてと言ってもクロードは何があってもシアを助けるのだろう。

 今更だが、出会った時からクロードの態度は他の人たちと少し違う。何よりも最優先はシアで、必ず近くに存在し続けていた。注がれる優しさのこもった瞳はシアがここに存在しているだけで嬉しいと言った感じなのだ。

 シアはもう街に住んでパンをこねていた娘とは違う。ここにいる限り、ラウンウッドの王女としての現実が付き纏い、それに伴う役目を負わなければならなくなるのだ。

 他国の王子と結ばれるのは歓迎できない、駄目だと言ったオルグの言葉が脳裏をかすめる。

 彼の言葉は、王女としてのシアに向けられた当然の言葉なのだろう。それを理解できていないシアは腹を立て、勝手な行動で彼らに迷惑をかけてばかりだった。

 ゼロに対する気持ちはまだはっきりとは分からない。自分一人の問題ではなく、ゼロにも関わる問題なのだ。

 何故出会ってしまったのだろう?

 本来なら出会う筈もない異国の王子と街の娘。

 (ゼロはわたしが誰なのか知っていたのかな?)

 自分には知らされていなかった出生の秘密を、自分の知らない人たちは知っていた。

 出会う筈のないゼロとシアが出会ったのは偶然ではないとシアも薄々感じてはいる。

 「ゼロはゼロではないのかな。」

 自分に見せた姿が嘘だったとは思えないけれど疑問は尽きない。

 呟いたシアにクロードが目を向けると、シアは瞼を落とし静かな寝息を立てていた。

 

 

  

  


 

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